番外編 乙女の聖戦、前編
「はい! では今年はそんなワケで! 銀次君は今日家に帰って来ないで下さい!」
「そーゆーことでな兄ちゃん!」
「………ごめん、銀兄」
「今年こそはっ………!今年こそはッ………!」
「♪〜〜〜〜」
麻理鐘は笑い。
蒼音は申し訳なさそうに謝罪をし。
香月はぶつぶつと呪詛をつぶやき。
リリィさんは、銀次の腕に抱きついて話を聞いていなかった。
そして母親はまさかり投法の最中だった。
轟ッ!!と空気を裂いて、銀次に大きなカバンがほうられた。投げたのは見目麗しい(はずの)我が母親、武藤楓その人。
八回裏一点ビハインド、ツーアウトでランナー二、三塁。バッタークラーク。脅威のいてまえ打線。チームはもちろん近鉄バファローズ。
バッファローズじゃないよ!小さい「つ」はいらないよ! お兄さんとの約束だよっ!
ばしっ
事も無げに銀次はそのカバンを受け取る。
衝撃波で肩が外れたじゃねーか、と思いつつも心配するなし。
地面にショルダーアタックほらがっちり関節はまった。
…………ごめん、なんか混乱してるや。助けて板東○二。
「……………いや、そうじゃねえよ」
「ふふ、私の最多奪三振記録は365個ですよ。一試合で」
「明らかに27個より多いじゃねーか! 延長122回?!」
「だって相手は鋼さんが投げてたんだもの。惚れ惚れしちゃったわ〜」
「互いに完投かよ! どんな出会いしてんだよあんたら!」
板東○二だって甲子園で87個が最多なのに、うちの家系は本当に人間なのだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。
いま、我が母君はなんと言ったのだろう。
「えっと、母さん。今なんて?」
耳が確かなら、今日は帰ってくるなと言ったはずだったが。
「そのままの意味です。 今日は学校から家に帰らないで下さい」
キキマチガイジャナカッタ。
「…………一応聞くけど、なんで?」
はて?と銀次は首を傾げる。
お使いや頼みごとならまだしも、いきなり帰ってくるなとはあんまりである。
何か怒らせるようなことでもしたのだろうかーーーーと、ふと気付く。
(ああ、そうゆう………)
もうこんな季節になっていたのか、とため息。
我ながら、気がまわらなくなったものだ。
「………ああ、わかったよ」
あえて銀次は、含みを持たせて言う。
武藤家の長男は紳士でなくてはならないのだ。
楓の真意を銀次が理解したとわかり、彼女は微笑みを浮かべた。
そう。
明日は、2月14日。
乙女の聖戦なのだ。
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そんな2月13日の朝である。
「だからよー銀次。今年こそはオレの隠れた才能を発揮して大量のチョコをゲッツしたいわけなんだよ」
「きっと一生隠れたままなんだろうなその才能。そしていまのセリフは去年も聞いたからな」
どうでも良いのだが。
チョコレートを女子から貰いたいのなら14日ではなく前日にアピールするべきではないのだろうか。銀次はそれを、隣にいる馬鹿な友人、遠藤有人にはあえて言わなかった。
アホ丸出しのこのツラを眺めることも何度とも。どうせいつものようにもらえないのだろうから、逃げ道くらいはのこしてやろうという銀次のある意味温情であった。この男はどうも当日にばりばりアピールするつもりらしい。そんなのなにも言えなくなった女子と気まずくなることうけあいなのに、それも気付かない辺りが本物のバカなのである。
針川聖学習院は俗世からは離れた生活をしている生徒が多い。チョコより武器をプレゼントした方が喜ぶんじゃねーの的一般人の意見はあながち間違いでも無いが、そこに通うのはあくまでも幼い少年少女だ。色恋などあってもおかしくはないし、こと死亡率の高いこの御時世、悔いのない人生をおくるためにも恋愛は友好な手段と言えた。
ちがうところと言えば、針川聖学習院内では友チョコが存在しないということだ。
友などない、全ては敵だーーーーーそんな訳で、友チョコを受け渡すというのは、その人物が同性愛者だとカミングアウトするようなモノであり、それはいわゆるホモチョコとか言うやつである。
基本銀次はそう言ったことで差別したりはしないが、果たして男子からチョコレートを貰って平然としていられるかといえば、流石に自信はない。
というか銀次は毎年ひとつはもらうのである。友チョコならぬホモチョコを。
「てめーもそのアホな本性出さなけりゃ女のひとりふたり引っかかるはずなのになあ」
「え? いや〜てれるな〜そんな褒めんなよ〜」
「褒めてねえよ」
ダメだ、こいつの思考回路は異次元過ぎる、と銀次はツッコミを放棄した。
こいつの話の聞かなさ加減は香月や麻理鐘といい勝負だ。それとも銀次の言うことは流されるという呪いでもかかっているのだろうか。
「……でもまあ、毎年飽きもせずようやるよなあ、バレンタインデー。略奪ルールありなんだから告白くらいいつだって出来るだろうに」
「わかってねえなあ銀次。普段そういうことをできねえ女子を後押しすんるってことだろ」
「そりゃそうだが、お前が正論吐くだけでこんなに精神が逆立つとは誰も思わなかったぜ、毎年弟くんからの同情チョコしか貰えねえくせに」
最もその弟くんは現在行方不明らしい。兄曰く、何処かで生きてんだろ、とのこと。
この学校じゃ珍しいことではないが、それにしても大した信頼だ。
黙っていれば大物なのにーーー銀次のこの友人に思うのはそれである。
「………ちっ。いいぜ今年は銀次よりもらってやるからなー!」
なんてことをいいながら駆けて行く有人。
万年ひとつのくせにそれはハードルが高いだろう、なんとなくと話を銀次の後ろの席で聞いていた紗江は思った。
そんな彼女も、銀次に毎年チョコ(義理)をくれてやっているひとりである。
放課後になった。
やはり、というかなんというか、学校全体がなんだか浮ついていたように見えたのは間違いではなかったのかも知れない、と盟夜紗江は半ば確信を持っていた。
女子はせわしなく時計を眺め、男子は不自然なまでに女子に対する思いやりを見せた。
どいつもこいつも露骨だなあ、なんて思いながら、武藤銀次は全然気にしていないようで、あまりの余裕っぷりに腹が立つほどであった。
(ま、そんなあたしも余裕の一端に関わってる訳だが)
付き合い自体がそれなりに長いのである。
さて、と紗江は席を立った。材料は買ってあるので、帰って作るだけ。料理は得意なのであるーーーと、靴箱から通学用のローファーを取り出したその時だった。
ゆらり、と目の前に件の武藤銀次が姿を現した。
さっきまで教室にいたのに、と思う紗江の前で、複雑そうな顔をした銀次は、
「メイ、今夜家に泊めてくれ!!」
「……………………は?」
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その頃の武藤家。
「なあ、カヅキよ。バレンタインデーとはなんだ? ギンジは?」
「えっとね、リリィちゃん。バレンタインデーっていうのはね、大切なひとに感謝を伝える日なの」
「それと菓子がどう関係するのだ? ギンジは?」
「感謝の印にチョコをあげるんだぜリリィさん!女子から男子が一般的だからな!」
「………だから、銀兄は今日は帰らない」
目の前で作るのは恥ずかしいからね。
そんな訳で次回。
乙女の聖戦当日。
すいません、後編今日中にはアップできないかもしれません。
申し訳ありませんが、もう2,3日お待ちください。




