Negotiation to Ms. 後編
お待たせしました。
ではごゆるりと。
「理事長、アンタは俺らを殺すのか?」
銀次は、漠然とした感情を持って、そう問うた。
ごちゃごちゃした状況、事情。もううんざりだった。気になっている、だから聞いた。
ある種、軽率とも言える行動をとるために、武藤銀次は深い思考を用いなかった。
片腕までちぎられて、頭が鈍くなっているのかもしれない。
すると、彼女は笑みを浮かべてこう言った。
「それは、貴方次第ですよ。武藤銀次君?」
単純な話です、と守威は話し始めた。
リリィという少女は、異能を使って人を殺した犯罪者だ、と。
「………それが、リリィを殺す理由ですか?」
「殺人を犯した人間を殺すというのは、珍しいことでも変なことでもないでしょう。貴方だって、わかっているはずですが」
右腕を抑えながら、銀次は少し考えた。
言われれば、それは当然のことであった。
目には目を、歯には歯を。
誰かを傷つければ、報いがある。人間なら、誰でもわかっていることのはずだった。
それでも、銀次が瞬間的にその事実を拒んだというのは、そういうことなのだろうか。
「………リリィ本人が、ですか。殺した、って言うのは」
「意思がなくとも、事実は事実ですよ」
殺意を持って人を殺せば、殺人となる。だが、殺意のない殺人はただの事故だ。
銀次はそう思っている。
無論、それが一般的に通用しないことも。
「ねえ、リリィさん」
リリィは返事をしなかった。
冷たい氷のような、静かな敵意だった。
「貴方だけがこの場で死ぬか、2人で死ぬか、選んでください」
守威は静かに、告げた。
その目にあるのは、憤怒か、憐憫か。武藤銀次は、前者であった。胸を抉られるような、強い怒り。
「ねえ、リリィさん。いま貴方は、どんな気分でしょう。
生きたくて、殺して、逃げて、殺して、逃げて、それで彼と出会って。
そして、助けてくれた彼さえ殺そうとして、救われたなどと勘違いして」
「っ……………!」
「束の間の幸せはどうでしたか?楽しかったですか?嬉しかったですか?それが手の届かないものだと知りながら、見せられる気分は?」
「うるさいっ…………!」
悲痛を滲ませながら、リリィは小さく叫ぶ。涙がほろほろとこぼれていた。
悲しくて、悔しくて、思っていたことが、言霊となって彼女を襲う。
ずっと、ずっと言わないようにしていたのに。
祝福を願うえるほど、子どもでもないのに。
けれど、それはいけないことなのか。
幸せを願うことは、人を好きになると言うことは、と。
武藤銀次は、それだけを何度も何度も考える。終わりのなきリフレイン。
ーーー弱者の言葉は、誰にもとどかない。
「……………あ……」
不意に、リリィの視線が宙をさまよった。
涙の滲む小さな眼光が、銀次を捉える。
蒼のかかった瞳の奥に、銀次はその悲しみを垣間見る。純朴な感情、純粋な幸福を願う気持ち。そして、何処かで自分には無理だと、全てを諦め、冷めた恋情。
ああ、まるで。
こいつは、俺をみているようじゃないか。
うっすらと思う。
武藤銀次は、それがたまらなく嫌だった。
楽しいものか。愛されながら愛し返すことができない心は。穴だらけで欠損しかない生き様が。
誰の祝福を生むというんだ?
「くそっ………!」
悲しかった。
武藤銀次は、その少女を救うことも叶わない。
「……………ふざけやがって」
ふざけやがって
それは本心だった。
何も、変わらないかもしれない。
死ぬだけかもしれない。
けど、それでも良かった。
抑えていた肩から手を外し、立ち上がる。掌には、銀色に輝く十字架が握られていた。
これは良い、と武藤銀次は思った。
誰かの為に死ねるなら、それが幸福だ。
立ち上がる銀次を、不審な目で守威は眺めた。
「おや、武藤君。貴方に用はありませんよ」
「……そっちにゃなくても、こっちにはあんだよ。大事な、大事な用事がな」
いい終わると同時、銀次の右手が青白く輝きだした。
解除率、およそ50%
反省を踏まえ、超高速での能力展開。
「………裏切らないって、言ったんだよ」
少なくとも、リリィの前では。
ーーー武藤銀次は、
「ーーー死にたいのですか?」
「………勝率の高い賭けには興味がないんでね」
「………失望しました。貴方はもっと賢い人間だと思っていました」
守威は、目を細めながらそう言った。
確かに、と武藤銀次は、思った。
器用だったら、もっとプライドも捨てて生きられたら。
きっと。
きっと、もっと楽に、いられたんだ。
「なあ、理事長さんよ」
返答は無かった。
変わりに、彼女のもつ膨大な異能の片鱗が、黒い霧となって周囲を包んだ。
銀次は鎖を巡らせ、簡易的かつ高強度の結界を張った。
損壊を修復し、吸収、増幅する特性は、本来十字架の部分に限定されたもの。たが銀次は、生命のない身体を限りなく物体として認識することによってその特性を共有している。
それが、「不死」たる武藤銀次の本質である。
「………ふふ、櫂渚梁に勝ったと聞いて驚きましたが、思ったより大したことありませんねぇ……………………ああ」
そこで、守威は動きを止めた。
何かを考えるように、宙に目線を彷徨わせ、一言、
悔しいですね、と。
「………………………あ?」
疑問の声を上げると同時、変化が起きた。
光を発する鎖が、障害をなくし揺らめく。黒い霧が引いて行く。
守威が、その異能を解除したのだ。
何を考えている?
戦闘中に能力を解除する?
いかれているのか?
銀次は戸惑う。
たが守威は、面倒くさそうに銀次に背を向けた。
そして、また、一言。
期待外れだ、とでも言うように。
「……………興が削がれました、」
「……………………は?」
いきなり、なんだと言うのだろう?
銀次は言及しようとしたが、その時部屋に入り込んできた事務員の松葉ミーナが、一連の流れを遮った。
「ハイハイケンカはそこまでアルネー。ほれ武藤少年とそのオナゴも外でるネー」
「は?や、ちょっとミーナさん、なんでっ」
「いいからいいから、あ違う、いいからアルネー」
「おいいまキャラ崩壊したぞていうかまて本当においっ!」
ツカツカバタン!
あっという間に部屋の外に二人は連れていかれてしまう。
そしてそのままの勢いで事務室の裏の教員休憩室に放り込まれる。
下は畳だったため衝撃は大きくなかった。だがリリィと重なるように倒れたため、身体の様々な箇所が触れ合ってしまっていた。
「あ、や、悪い……」
「い、いや、大丈夫だ……」
「あらあら、ラッキースケベー武藤少年変態アルネー」
「あんたのせいだろ!つかなにしやがる!」
当然の如く銀次は抗議する。
だが松葉ミーナは聞かず、ばさりと大量の書類を銀次に押し付け、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
……どうにも手際がいいな、と銀次は思った。
「理事長がやり過ぎたら止めるように言ったからアルネーワタシ悪くないアルネー」
「悪くないって、つかなんすかこの紙は?」
「何って、そのオナゴの転入に必要な書類に決まてるネー」
「は、あっ?! 転入?! リリィが?!」
銀次にもリリィにも初耳だった。
「HAHAHA!当然アルネーいま初めて言ったネー。
ていうか理事長の礼威チャンもはじめからその気だったアルネー」
「……………………………………………………………は?」
今度こそ、武藤銀次は驚いて何も言えなくなった。
最初から………?
「……てことは、さっきのは?」
「ぶっちゃけ茶番アル」
「ふざけんなああああああああああああああああああああああ!!」
針川聖学習院に、武藤銀次の声が木霊した。
たが、その銀次の持つ書類には、しっかりとした理事長本人の字で、こう書かれていた。
曰くーーー、
I believe that your love saves her.
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信じたくはなかった。
だが、あるとすれば、それが運命の巡り合わせか。
「………もしくは、呪い、なのでしょうか」
誰に言うでもなく、ひとりとなった部屋のなかで守威礼威はつぶやいた。
考えるのも、誰の為か。
彼女の頭の中は、武藤銀次とリリィという少女の事でいっぱいだった。
「………救われませんね、彼は」
もともと、彼女は武藤銀次もリリィも、危害を加えるつもりは無かったのだ。
リリィという少女が一般的には犯罪者という括りに当てはまることは知っていたし、それを武藤銀次が見逃さないであろうことも、知っていた。
過去に武藤銀次は二度、愛した女性を失った。
リリィという少女は、すべてを奪われてしまった。
どちらも同情に値する事柄ではある、と彼女は思った。
それだけに、切ないのである。
なぜなら、彼女はその2人を出会わせようなどとは考えなかったのである。
昨夜、大規模な戦闘ーーー武藤銀次と櫂渚梁の戦いであるーーーが確認された瞬間、まだ間に合うと思ったのだ。
まだ、武藤銀次も、リリィも、引き離すことができると。
死んで欲しいとは思わなかったが、殺してもいい、殺されても良いとは思った。
どうせあの二人を、もしくはその周囲の人間も、茨の道が待ち受けているに決まっているのだから。苦しむ前に、殺してやっても良かったと言うのに、なぜーーーー
「……………貴方は、なぜ邪魔をしたのでしょうねぇ、《魔王の魔力炉》ーーーーー今は、武藤蒼音、と名乗っていましたか?」
そう声をかけると同時、変化が訪れた。
守威の眼前で、ゆらゆらと蜃気楼のように空間が揺れた。
続いて、その歪みに色がついた。綺麗な、空のような蒼色。
集まり、形をなし、数秒後には、固定されていた。
ーーー人の、武藤蒼音の形をして。
「……………貴様こそ、なぜ手を出した? 危害を加えれば殺すと忠告したであろうに、貴様も葬られたいのか」
聞く者が聞けば、それは自分の耳を疑うような会話であっただろう。
内容ではなく、話し方。
武藤蒼音と言う少女の話し方は、普段の様子とは大きく違っている。声質こそ変わっていないものの、端々から時代を感じさせる口調である。
「………正当防衛ですよ、まさか話も聞かずに殴りかかってくるとは思いませんでしたし」
「白々しい、あの姿を見て心を乱したか」
「まさか」
武藤蒼音の言葉を聞き流し、守威は息をついた。
自身の契約悪魔であるこの武藤蒼音。リリアネス・フォン・アルベストールのもつ《朽庭の王》にも匹敵する異能をもつ彼女は、武藤銀次に対して強い情を抱いていた。
有り体に言ってしまえば、悪魔の王たる彼女は、武藤銀次というひとりの少年に恋しているのである。
「………今日の貴方は、よく喋りますね」
「当然であろう。契約上貴様とは対等な関係となっているが、実際にそうであると思ったら大間違いだぞ」
「………人臭い悪魔ですねえ」
「はっ、どちらも本質はさして変わらん。我に言わせれば、人のほうがよほど悪魔より悪魔をしとるわ」
「かもしれませんね。
………まあどちらにしても、彼女が危なくなれば私は武藤君を殺しますよ。彼が大切だという点においては、いっしょですから」




