第9話 賭場への侵入調査。
11月5日。
ハインツはこっそりドーリス侯爵家に来るようにとオレリアに言われて、乗合馬車に乗って屋敷に着いた。使用人用の入り口から中に案内される。
「いい考えがあるのよ!うふふっ」
とオレリアが昨日授業中に言ってきたので、あまりいい予感はないが。かといって、解決策もないし、賭場にいきなり入れたりもしない。ボーイとして入れないかな、などといろいろ調べても見た。求職所に行って聞いたら、どうも、退役軍人が雇われることが多いらしい。まあ、警備上、わからなくもない。
「まあ、来たわね、ハインツ君。こっちよ」
エルザさんに招き入れられたのは、彼女の私室。さすがに少し警戒する。女の部屋に入るのは危険を伴うのを経験から学んでいる。入るのを躊躇していたら、部屋の奥からひょっこりとオレリアが顔をのぞかせた。
「早く入ってよ、ハインツ」
驚いたことに…オレリアが物凄い妖艶なドレスを着ていた。そうじゃなくても大きな胸がより強調されるような…指先で触れたら零れ落ちるぞ!ぐらいの胸元が開いた真っ赤なドレス。化粧もいつもより濃い。
「何やってんだ?お前」
「うふふっ。ハインツのお父様を誘惑して、今日ご同行しようかと思って」
「は?」
「この前ご挨拶したとき、じろじろ見てきたから…多分成功すると思うのよ。ハインツはこっち。早く着替えて」
「は?」
***
ばっさばっさと羽付きの扇子を揺らしながら、ルーレットの自分のテーブルに集められるチップをにこやかに眺める主。後ろに控える侍女が二人。結った黒髪に紫の瞳のスレンダー美人と小柄な眼鏡をかけたかわいい系の美人。
二人が見守っているのは、先ほどから扇を揺らしている長身の銀髪の恐ろしいほど美しいご令嬢。隣国フールの高級レースを惜しみなく使ったドレスも目を引くが、そのご令嬢のレースの手袋の先の山積みのチップが人の目を引く。
(荒稼ぎしてんなぁ…)
それを眺めながら、侍女服を着せられて黒髪のカツラまでかぶせられたハインツが半ば呆れるようにため息を漏らす。
(なに、この人…王族ってこんな特技もあるわけ?)
「私がやるはずだったのに…」
ぽつりと独り言を言って不服そうな顔をしているのは、俺とお揃いの侍女服を着て、眼鏡をかけて金髪を三つ編みにしたエルザさん。本当に悔しそうである。
エルザさんとオレリアの悪だくみは、あっという間にエルザさんの婚約者の知るところとなった。いたるところに<耳>を持っていらっしゃるんだろう。彼女の婚約者の第一王子殿下が当日、ドレス持参で彼女の部屋に乗り込んできたらしい。皮のカバンにぎゅうぎゅうに詰め込まれた札束と賭場への特別な招待状と一緒に。
…しかし…恐ろしいほど化粧映えするお顔だ。仕上がりを見たエルザさんが地団駄を踏むくらい。殿下もまんざらでもなかったようで、うふふっ、と自分のことを鏡に映して楽しんでいらした。
…もちろん、この人が乗り込んできたということは、この賭場のいたるところに王家の息のかかった者がいるのだろう。ある意味安全なのかもしれない。
ドアボーイが扉を開けるのをちらりと見る。
(何やってんだ????)
俺の父親の腕に手を回して胸を擦り付けるようにして、オレリアが入場してきた。この賭場の総支配人らしい男に出迎えられている。オレリアは…ゲームをしていた男たちの注目を浴びている。ヒュー、と口笛を鳴らす奴までいる。遠慮のない視線にオレリアがさらされている。
でれでれと鼻の下を伸ばした自分の父親に吐き気がする。
それよりも…自分の就職先がなくなるのも困るから、と、こんなことまでしてくれたオレリアに、いや、違うな、こんなことさせてしまった自分に腹が立つ。
賭場には愛人や高級娼婦なんかを伴って訪れる殿方も多い。オレリアのあの格好と濃い化粧からすると、周りの男たちにはそうみられているに違いないと思う。余計腹が立つ。
先ほどの総支配人らしい男がやって来て、主の耳元で何やらささやく。
50歳を少し出たくらいか、後ろに撫でつけた黒髪に白髪が混じっている。
利き腕をほんの少しかばう様なしぐさ。ケガでもしているんだろうか。
わざとらしく主がフール語で感謝を述べているところを見ると、特別な席にご案内していただけるらしい。
今晩、この方はフールからやってきた、暇とお金を持て余らせているマダム、である。身分証は偽造。侍女二人の身分証ももちろん偽造。
隠し扉の奥にあるVIPルームに案内されると、先に入ったらしい父親がカードを始めていた。その後ろで興味津々に眺めているオレリア。
(あんまり…かがむな!!!!)
こめかみの血管が切れそうになるほど、ハインツはイライラしてそれを見ていた。肘でエルザさんにつつかれる。
主はここでもルーレットのテーブルに着いた。ここではチップ一枚の金額が先ほどとは段違いに大きくなるようだ。楽しそうにかけ始める主。
ざっと見ても…国内の貴族か大きな商家の旦那、親の遺産で遊んでいるような男…そんなのしかいなそうだ。ああ、あと、うちの領地を食いつぶそうとしている父親な。
そりゃそうか、黒幕が、はい、僕です、なんて挨拶して回りっこないよな。
シガールームで休憩している客も見たいが、この格好では出入りははばかられる。
オレリアが係に声をかけて席を離れていく。化粧室か?
「あんたもそわそわしていないでトイレに行ってきたら?女子トイレよ?」
エルザさんにフール語でそう囁かれる。
タイミングを見計らって、一礼して化粧室に向かう。
俺はパウダールームから出てきたオレリアを捕まえると、
「レディ、ドレスの裾がほつれていますわ」
そんなことをフール語で言いながら、今の今オレリアが出てきたパウダールームに一緒に入って、鍵を閉める。
「なあ」
オレリアが背中に回したショールを取って、首に回しておおきなリボン結びにする。胸の谷間も鎖骨も肩も隠れるように。なんだか俺、自分が情けなくて泣きそう。
「オレリア、あんまり自分を、その…便利な<もの>みたいに使わないでくれよ。俺に協力してくれるのは嬉しいけどさ。こんなことまでしなくていいんだ。巻き込んですまなかった」
「うふふっ。まあ、ハインツ。あなたって…美人さんね?黒髪も似合うわ」
リボンを結んでいる俺に、オレリアが斜めな返事をする。
「…オレリア?」
「はいはい。じゃあ、先に帰るわ。じゃあ、これを渡しておくわね。さっき、化粧室と間違えてシガールームの扉を開けてしまって、謝って出ようとしたら、そこにいたみなさん、なんでだか私に連絡先とお小遣いをくれたの」
そう言ってオレリアの小さなポーチから、連絡先が書かれたメモ書きを何枚か渡された。
「……」
「化粧室は隣だよ、って教えてくれたから、その隣のドアを開けて入って行ったら、支配人さんの部屋だったらしくて、ちょうど着替えていたのよ。支配人さんて、結構大きな部屋を貰えるのねぇ。」
オレリアが入ったとき、ちょうどシャツを脱いでいた支配人の背中を見てしまったらしい。
「きゃあ、ごめんなさーい!化粧室と間違えました!」
と慌てて出てきたらしい。
「背中に大きな刀傷があってね、やっぱりこういうご商売をなさっていると、いろいろあるのねぇ」
先に化粧室を出たオレリアとタイミングをずらして、俺も廊下に出る。
化粧室の並びは…シガールーム。
ん?
間にあるのは木製の普通の壁じゃないのか?
よく見ると、赤い糸が一本、そのただの壁と柱の間に挟まっている。
…あいつは…こういう扉を見つけるのが得意なんだな。そう思ってふっと笑ってしまった。




