第8話 取引。
「まあ、オレリア、どうしたの?何かあった?」
ドーリス侯爵家を急に訪ねてきたオレリアに、2階にある自室から駆けおりてきたエルザは声をかけた。
彼女の弟の事情は聞いていたから、また何かあったのかしら?
しかもオレリアはまだ制服姿だ。
彼女自体は真面目ないい子なのに、胸が大きいことと顔立ちが大人っぽいことで、昔から苦労していた。
「急にごめんなさいね、エルザ。今日はエルザのお父様に相談があって」
「あら」
彼女の後ろに最近は見慣れてしまったハインツが立っていて、お辞儀をしている。いつも悪ぶっているけど、今日はさすがにおとなしげだ。制服のシャツのボタンもきっちり上まで締められている。
「もうすぐ帰ると思うわ。まあ、お茶でも飲んで待っててよ。え、と…ハインツ君は付き添い?」
「ううん、この子が相談者よ」
二人が訪ねてきたのは遅い、というほど遅い時間でもない。7時少し前。
父はどんなに忙しくても母と夕食を食べるために7時には帰って来る。
オレリアと私は小さいころからのお友達だし、彼女の弟が面倒な話もさりげなく両親には伝えてある。困り切って泊まりに来るオレリアを、父も母も心配している。
間もなく帰ってきた父とハインツ君の話を、私もオレリアの隣に座って聞いていた。
レオニー伯爵領の上限を超えた税率、その裏帳簿。
そして彼の父親が、資金繰りに困って手を染めた違法賭博と思われる金額のメモ。実際、彼の屋敷はその賭博場に押さえられているらしい。とりあえず借りて住んでいる状況なのだそうだ。
(…こりゃあ、タダじゃすまないわね。へたすりゃ…領地も爵位も没収、国外追放のおまけもつくかも)
口には出さなかったが、エルザは似たような事件の判決を思い返していた。
「で、何が君の父親をここまで追い詰めたんだね?君の母親がいたころはレオニー伯爵領は健全経営だったよね?」
「父の囲っている愛人の散財、ですかね。父も今のタイミングを逃すとただの人になってしまいますからね。僕が爵位継承する前に他所に蓄財しておこうとしたんだと思います。上手くいかずに慌てて僕にアベル子爵家の令嬢を婚約者にして資金援助を考えていたようですが、僕が直接、アベル子爵にお断りしました」
「へええ」
父は足を組んだまま出された資料をペラペラとめくって、左手で髭を撫で始めた。
なんか考えている時の父の癖だ。
「今、うちの王都の屋敷も押さえられています。僕が18歳になるまでの辛抱かと思っていましたが、それより早く崩壊しそうです。領地の帳簿は…二重になっていました」
「ふむ」
資料を置いて、メモ紙を眺めていた父がハインツ君に言った。
「じゃあどうだろう。ハインツ君、取引しないか?」
父の言いだしたことは…このところ貴族の間で違法賭博で巨額の金や家屋敷、自分の妻子まで掛けられているところまでは調べが付いたが、どうもその黒幕がわからない。だから雑魚は泳がせてあるらしい。ハインツ君の父親も、まあ、雑魚ってわけだ。
最初は誘われてお付き合い程度にたいした掛け金じゃなく掛ける。少し儲かる。楽しくなって、次回はもう少し掛ける。大きく当たる。俺って才能があるんじゃないかと勘違いして、大きく掛けだす。自分は負けても、隣にいる人が掛け金を倍にも3倍にもしているのを見る。どんどん欲が出て、また掛ける。大きく当たったり、大きく負けたり…いつの間にかその沼から抜け出せなくなっていく。しまいに掛けるお金が無くなって、土地の権利書とかを持ち出す。人身売買まがいのことまで起こる。
捕まえる必要はない。捕まえるのはこちらがやるので、黒幕が誰なのかを特定してくること。次回の賭博が開かれるのは、ご丁寧に日にちまで書き込まれている。明後日だ。雑魚であるハインツのお父様は、3000万ガルド掛けるみたいね。
「どうかな?そしたら君が18歳になるのを待って、領地は任せよう。ただし、父親は実刑決定だな」
「それって僕がかなり危険ですよね?領地の3年間の免税をお願いしてもいいですか?」
「くくっ、まあいい。とんでもない大物が捕まるのを期待しているよ」
父親の実刑はいいんだ……。話を聞いていて、エルザはそう思ったが口には出さなかった。隣に座っているオレリアは出されたお茶を飲んでいる。この子もある意味大物かもね。
「ではよろしくお願いいたします。宰相殿」
立ち上がってハインツ君が深々と頭を下げる。
「ああ。逃げ出さないようにね、ハインツ君」
父がそう言って笑った。




