第10話 八つ当たり。
その夜。主は最終的にプラス500万ガルドくらいでゲームを終わらせた。
挨拶に来た総支配人の手を取って、とても楽しかった、また来たい。ヨロシク。と、片言のブリア語で興奮したようにまくしたてて、滞在先のホテル(と、いう設定らしい)から迎えに来ていた馬車にみんなで乗り込んで、一度ホテルに入って、勝手口から出て帰った。念には念を、という感じだろうか。
俺たちが帰る時に、父親はまだ粘っていたようだ。できればこれ以上の負債は抱えてほしくないが、賭け事で儲かった金で家を建てた人はいない、という格言もある。
俺はやっとのことで舌打ちしたいのを我慢した。
俺たちがエルザさんの屋敷にたどり着いたのは、まだかろうじて今日のうちだった。
起きて待っていたオレリアが2階から駆けおりてきた。今晩はエルザさんの家に泊まることになっているようだ。オレリアが無事に帰っていたことにほっとする。
着替えて、化粧を落としてもらう。
幅の狭い女物の靴を履いていたせいで、足がジンジンする。
殿下は女装したご自分がたいそうお気に召されたようで、中々着替えずに鏡に映して堪能されていたが、エルザさんの怒りに触れて、しぶしぶ着替えた。
「まあ、殿下。ウエディングドレスも着るおつもり?」
婚約者にそう言われて、着替えないわけにはいかないよなあ…。
明日、改めてみんなで集まることにして、解散になった。
もう、乗合馬車が走っている時間ではない。殿下が送ってくれると言ってくださったが、頭を冷ましがてらぶらぶら歩いて帰ることにした。
今日分かったことがある。
俺は俺の家の事情にオレリアを巻き込むべきじゃなかった。
あいつは、見目が派手なだけで、真面目で素直な奴だ。俺はわかっていたのに、噂を逆手にとれるだろうと上手いこと利用しようとした。あいつは…それも分かっていて、それでもいいかと思うくらい実家の家族を守ろうとしていただけ。
それなのに…あんな、娼婦に間違われるようなことまでさせてしまった。
チップと連絡先…あいつのドレスの胸元に差し込まれたそれは…そういう意味。
胸が大きくて襲われやすいから護身術を習った、と言っていたじゃないか。そんなの…あいつのせいでも何でもないのに…嫌に決まっているだろうに…。
(はあああ…。どうすっかなあ、俺)
ぐしゃっと髪をかきあげる。
(でも…)
自分で気が付いている。あいつの隣は居心地がいい。
婚約者をけん制するのに好都合だったし…うっとうしいほかの女が寄り付かなくなったからかと思っていたが、違う。
本当は、俺はもうとっくに…。
「おや、色男は今お帰りかい?どこの女にしけこんでたんだい?」
「へっへっへっ、いいねえ、いい男は。婚約者は取っておいて、他の女と遊んでんの?待ちくたびれちゃったよぉ」
ポツンポツンと街灯がともるレンガ敷の舗道の角のあたりで、見知らぬ男2人から声を掛けられた。大男と小男。
にやにや笑う歯が抜けたような男たちと話す気にもなれずに、ハインツは全く無視して角を曲がる。
「おい。無視かよ?何様だよ?」
「俺たちにも女のおこぼれまわしてくれてもいいんだぜ、ハインツ坊ちゃん?」
「……」
ああ…今かよ?そうも思ったが、ちょうどむかむかして何かに当たりたかった。ある意味、グッドタイミングだよ、何だっけ…レアンドル君?
大男が殴り掛かってきたので、受けて立った。
「俺はさあ、今、自分に猛烈に頭に来てるんだよ」
大男から伸びてきた腕をそのまま取って、その反動で見ていた小男に放り投げた。ぐえっとどちらのかわからない声がした。立ち上がった大男が、カチッと飛び出しナイフを開いた。
「悪く思うな。綺麗なお前の顔にかっこいい傷をつけて来いってさ」
***
「当主はご在宅か?」
しつこいほど正門のドアノッカーを叩くと、警備の騎士が走ってきた。
もうとうに夜半を過ぎている時刻だとはわかっているが、襲ってきた二人組を叩きのめしても腹の虫がおさまらなかったハインツは、その二人を引きずってオレリアの実家まで道を戻った。
ランプを持った執事と一緒にガウン姿のオレリアの父親が走ってくる。その後を弟君も来たようだ。
「夜分に恐れ入ります。レオニー伯爵家のハインツと申します」
「え、ああ。何だね?」
俺は改まって挨拶したが、よくよく考えれば毎日のようにオレリアを迎えに来ている時にお目にかかっている。良くは思われていないだろうが。
「先ほどこいつらに襲われましてね…詳しくはこいつらの口から…なあ、言えるよな?貴族を襲うってことがどういうことか知っての犯行だろう?死刑、かな?」
顔をぼこぼこにしてしまったが、話しぐらいはできるだろう。俺は二人をレアンドルの前に放り投げた。
「あ…坊ちゃん、助けてください、言われた通りにしたんですが、こいつ強くて…前の優男のようにはいかなくて…」
「なあ、あんなはした金で、死刑なんてひでえよ!」
レアンドルは顔を引きつらせていたが、男たちに縋り付かれて、一歩下がった。
「どういうことだ?レアンドル」
低い声で父親に問われたレアンドルが、しどろもどろで言い訳を始めた。
「え?……こいつ、婚約者がいる癖にお姉様にちょっかいを出しているから…少し、懲らしめてやろうと…だって!非常識じゃないか!お姉様だって婚約者がいるっていうのに!」
「そう。その婚約者殿を襲わせたのもお前だろう?オレリアは婚約者殿に危険が及ぶのを恐れて、俺と付き合ってるふりまでしてたって言うのに」
一歩前に出て、レアンドルを睨む。
「え?…嘘言うなよ?だったらクレマンとなんか婚約破棄すりゃ済むことだろう?」
「…そうしたら、理由が必要だろう?あいつは、お前の不名誉も、家門の不名誉も自分一人で何とかしようとしてんだよ?ケバイ化粧までしてな?」
「……」
「レアンドル。自分でやったことは責任を取るべきだ」
黙ってやり取りを聞いていたセレスト伯が、控えていた護衛騎士にごろつき二人とレアンドルを地下に閉じ込めておくように指示してから、
「ハインツ君、私も少々君のことを誤解していたようだ」
そう言って俺に頭を下げた。
「いえ、誤解されるように振る舞っていたのも本当ですから」
応接間に通されて…この時間にお茶もなんだからと、ワインを飲みながら、俺はオレリアの父親に…黙っていてくれと言われた一部始終を話した。
深くため息をつきながら、両手で顔を押さえているセレスト伯。
「私は…二人とも自分の子供だと思って大事に育ててきたつもりなんだが…」
「ええ。オレリア嬢はわかっていますよ。だからこそ、あなたに言えなかったんです。弟に襲われそうになった、妾になれと言われたなんて」
「……」
「僕が僕の事情でオレリア嬢を巻き込んだのも事実です。お嬢さんのことは僕が責任を取らせていただきます。公にするのはあいつも望んでいませんので、もうしばらく待っていただけますか?」




