第5話 ハインツの事情。
ハインツは歴史あるレオニー伯爵家の嫡男。
母親が伯爵だった。
父親は政略結婚の婿養子。小さい頃の父は、おとなしい人、という印象しかなかった。
祖父と母親が中心で領地経営をして、おとなしい父は留守がちだった。
祖父が亡くなってからは俺が母親に経営を叩きこまれた。その母が病気で急に亡くなったのは俺が13歳になるころだった。
父は婿養子だったのでこの国ブリア国では爵位は継承できない。俺が爵位継承できる18歳になるまで、その俺の代理として領主印を預かることになった。よくあることではある。
学院の中等部に通っていた俺は、何も知らなかった。
父親が解き放たれたように自由に金を使いだしたと、事務長が教えてくれた。が、そんなに心配もしていなかった。領地経営は領地の事務方がぎっちり行ってくれているし、きちんと期末に帳簿が俺のもとに上がってくる。王都の屋敷にこもっている父親の自由になる金など、たかが知れている。そう思っていた。
最初の違和感は…15歳になったばかりの俺に急に父親が婚約者を用意したことだろうか。もちろん、貴族令息としてはおかしなことではないが。
アベル子爵家。手広く商売をしている家で、子爵位ではあるがかなり裕福な家。縁組としてはさほどおかしくはないが……念のため秘書官に調べさせた。
悪い勘は当たるもので…父親がこの縁談を結ぶにあたって、アベル子爵家から莫大な援助を受けるつもりでいたことが分かった。
やたら外出する父親のスキを狙って、学院を早帰りしては父親の部屋を漁った。
愛人からの資金援助を求める手紙。
そいつらが買い込んだらしい洋服や貴金属の領収書。
別宅の購入契約書。
(なにをやっているんだ、この人は?)
投資に成功したから心配いらないよ、と書かれた書き損じの便せん。
(投資って…まさか、俺か?)
用意されたお見合の席で、機嫌のいい父親と一緒に、やはり父親と来ていたアベル子爵家のリリアーヌ嬢にも会った。
一つ下だが随分と幼げに見える、丸い顔にクリっとした瞳の……小動物のような令嬢。にこにこして…苦労も、疑いとか言う感情からも遠いところにいるような大事に育てられた女の子。そう見えた。
下手をしたら、俺が18歳になるまでの間、この家はうちの父親にちゅうちゅうと甘い蜜を吸い上げられてしまう。
(その金、返せるかな)
今の自分には何の力もない。
父親が席を外したタイミングで、仕方がなくお相手のアベル子爵本人に握手を求めながら正直に話した。この方も商売をやっているくらいの人だ。利にはさといだろう。
「うちに資金を流さないでください。父の言う新規の商売なんて嘘っぱちです。借りた金を返すつもりもないようですので。うまいこと断って下さいませんか?」
「ほう?うちはそれでもかまわないがね。まるごとレオニー伯爵家が手に入るのなら安いもんだよ?」
にこやかに笑いながら、アベル子爵がなんてことなく言った言葉に呆れる。
(チッ、とんだ狸だな)
「あははっ。それでは僕が18歳になったときに苦労しますので遠慮させてください。この婚約もそちら側から解消していただいて構いません」
「へえ。君は母親似なんだね?気に入ったよ」
握りこんだ手に、もう一方の手を重ねて、アベル子爵が笑うので…傍から見たら和やかに見えるんだろうなあ、なんて思った。
子爵は上手くやってくれたようだ。なんだかんだと父親への資金提供を先延ばしにしてくれたようだ。ただ…全てが俺の思惑通りとはならなかった。リリアーヌとの婚約は白紙にはならなかったから。
で、仕方なく…俺は手っ取り早く、女にだらしないいい加減な男、を装うことにした。
こうなればリリアーヌ本人から呆れてもらう方が早い。しかも、学院をサボって父親の動向に探りを入れやすくなる。
いやあ、自分でも意外だったけど……その才能はあったみたいだ。
じっと見つめてほんの少し笑うと…どんな女も落とせた。遊び人と呼ばれるようになってからは逆に後腐れが無くて好都合だった。
(俺がじっと見つめて、ほんの少し笑って……反応がなかったのはオレリアぐらいかな?)
そしてうちの父親は、資金繰りが上手くいかなくなってとんでもないことをやり始めてしまった。




