第3話 オレリアの事情。
オレリアには家を出たい事情があった。
オレリアはセレスト伯爵家の養女だった。1歳半ぐらいで親戚筋の子爵家から子供のできなかった今の両親のもとに貰われてきた。(…らしい。さすがに記憶はない)
私が10歳の頃に侍女たちの立ち話を小耳にはさんでしまって…私は自分だけ亜麻色の髪色なのに納得した。家族はみんな、綺麗な金髪だったから。
よくあることのようだが、貰われてきた翌年にはレアンドルが産まれた。
私たちは長い間、本当の姉弟だと思って暮らしてきた。仲も良かった。小さいレアンドルはよく、僕はお姉ちゃまと結婚する!と可愛らしいことを言ってくれた。弟が生まれても両親の愛情も変わらなかった。
養女だとわかってからは、一生懸命勉強した。セレスト家に役に立つ人間でありたかった。
状況が変わり始めたのは…両親が王城の舞踏会に揃って出かけた夜。弟は12歳。私はもうすぐ15歳になる春。
「…お姉様?」
本を読みながらうとうとしていた私の部屋のドアを、弟が叩いた。
「どうしたの?レアンドル?眠れないの?」
今ならわかる。いくら姉弟とはいえ、深夜に部屋に入れるべきではなかった。もちろん侍女も下がらせてしまっていた。
ドアを開くと、このところ急に背が伸びた弟が立っていた。
「うん。眠れないんだ、お姉様一緒に寝てくれる?」
弟が小さかった頃は時折こういった訪問を受けていたので…何の躊躇もなく部屋に招き入れた。
「まあ、レアンドル。大きくなったのにおかしな子ね?」
笑いながら自分のベッドに入ってくるレアンドルに本を読んであげて…私の方が早く眠ってしまったようだ。
夜半に…体が重くて目が覚める。良く動けない。
(これが世にいう、金縛り?)
そう思って薄っすらと目を開けた私を押さえつけていたのは…レアンドルだった。
「な…何をしているの?レアンドル?」
叫びたいのをやっと抑えて…なるべく冷静に、なるべく小声で、弟にそう問いかけた。
「お姉様…僕はお姉様と結婚するんだ」
「…レアンドル?私たちは姉弟よ?結婚はできないのよ。早くどいてちょうだい」
私の髪を口元に運んで恍惚とした表情の弟が…髪に口づけている。月明かりの中でそれを見た私は、ぎゅっと体を強張らせた。
「うふふっ、知ってた?オレリア?お前は子爵家からの養女なんだって。僕に命令するなよ?結婚できないなら妾にしてやろうか?いやらしい体だものな」
私を見下ろすレアンドルの瞳が月明かりに光る。私は…髪の毛の一本一本が逆立つほどゾッとした。
レアンドルを思い切り蹴とばして、部屋を出て走った。
丁度両親が舞踏会から帰宅したらしく、階下は明るく火が灯されていた。
「お母様!」
まだドレスを着たままの母にしがみつく。どんなことを言われても…私の知っている母親はこの人しかいない。
「あらあら、オレリア、怖い夢でも見たの?」
笑いながら私の頭を撫でてくれる母。うんうんと頷きながら、ぐいぐいと頭を擦り付ける。
侍女が出してくれたホットミルクを飲みながら母のお着替えを待って…母のベッドで眠った。
…危機一髪。
その後も、両親が留守の時を見計らって、弟は私の部屋のドアを叩いたが、もちろん寝たふりをした。
怯える私の状況を察した侍女の勧めで、大人っぽいメークをするようになった。ちょうど高等部に入学するタイミングだったので、イメチェンにはちょうどよかった。少々エスカレートして、悪女風メイク、になった。自己防衛には心もとないことではあったが、私は大人になったから近づかないで、と、弟をけん制したつもりだった。
言葉遣いも、ほどよくツンツンさせてみた。
それに…避け切れずに弟と万が一のことがあったとき、私が泥を被ればいい。弟はこの家の跡取りだから、派手な養女の義理の姉に誘惑されたと言えば、家の体裁は保てる。私がいなくなれば済むことだ。
…そんな頑張りも…
弟がマスターキーを使って私の部屋の鍵を開けた時は、心底絶望した。もう、この屋敷に安全な場所はない。その夜は窓から外に出て厩舎の藁の中で眠った。もう限界だった。
侍女に添い寝を頼むか?とも思ったが、嫡男に命令されたら退出するしかないだろうし。
それからは両親が留守にする日には、親友のエルザのところに泊まりに行くようにした。
***
「お父様、私は王都しか知らないでしょう?お嫁に行くならのどかな田舎に住みたいわ」
実家からなるべく遠くに行きたかった。まさか弟からなるべく離れたいとも言い出しにくかった。仲の良い姉弟で通っていたし…遠回しにお願いしてみた。
そろそろ縁談話が来るようになったので、親にそう話したら、かなり辺鄙な場所に領地を構える子爵家の嫡男を探してきてくれた。ほどなく婚約が結ばれた。オレリアが15歳になったばかりの頃だ。
オーバン子爵家のクレマン。学院の同級生。茶色の柔らかそうな髪にやさし気な風貌のひょろっとした男の子。顔見知りではあったが、話したことはなかった。彼は照れながらもうちのお茶会に顔を出すようになった。
「チッ、冴えねえ男」
弟のレアンドルが呼ばれてもいないのにお茶会の席に並んで座って、私の婚約者になったクレマンに聞こえるように嫌味を言う。
「レアンドル、言葉を慎みなさい」
「は?こんな婚約、俺は認めねえ」
私がレアンドルを諫めていても、クレマンは笑みを絶やさない。
「うふふっ、お姉様を盗られるようで寂しいんでしょう?大丈夫ですよ、まだ学院もありますし、結婚は卒業してからになりますしね」
思ったより大人な発言のクレマンにほっとする。大丈夫そうね?
その時はそう思っていた。
…まさかお金を使って暴力沙汰を起こすなんてね…。
それからというもの、クレマンをお茶に呼んでいないし、学院でもほとんど話さない。どこでどんな風に弟が情報収集しているのかわからないから、クレマンには全く興味がありません、という態度をとった。




