第2話 オレリアの秘密の場所。
この国の貴族用の学院はレンガ作りの立派な建物だ。真ん中あたりに高い時計台があって、グラウンドにいても時間がよくわかるようになっている。
その時計の下で、今日もオレリアが家から持ってきたサンドウィッチを食べながら本を読んでいた。
ここに上がってくる階段は二階の廊下の柱の裏の死角に有って、時計に油をさしに来る用務員さん以外は近づかない。螺旋階段を昇り詰めると急に空が近くに見える。5メートル四方くらいの壁に囲まれた閉ざされた狭い空間だが、オレリアにとってはゆっくり息ができる唯一の空間だった。
今日も私のいる1年のAクラスの教室に押しかけて来た上級生の女の子に、
「私の婚約者を返して!このあばずれ!!」
と、いきなり罵倒された。返すも何も…取った覚えもこの人にあばずれ呼ばわりされる筋合いもない。そう思いながらオレリアはまじまじとその女の子を眺めた。そもそも…名乗りもしないなんて、どうなのかしら?一人で来るならまだしも、お友達が2人くっついてきて、後ろで腕組みしながらヤジを飛ばしている。ツインテールにした茶色の柔らかそうな髪。興奮からか赤くなった頬。目は怖い。
クラスメイトはもちろん聞こえているだろうけど、静観中、といったところか。
「……どなたのことをおっしゃっているのかしら?」
「2年のフランクよ。知らないとは言わせないわよ?あなたのことが好きになったから、婚約を解消したいって私に言ってきたのよ?」
「…全くわからないわ。私も婚約者がおりますし、迷惑なんですけど?」
そう言いながら、机の中に押し込まれていた、まだ一度も開封したことのない手紙の束を、そのままそっくりその女の子に手渡してあげた。40通ぐらいはあるか。同じ人からのもあるみたいだし。
「この中にあるのかしら?差し上げますわ」
上級生の女の子が手紙の差出人を確認し始めている。
オレリアはため息を一つつくと…
「私、具合が悪くなったので、保健室に行きますね」
そうお隣のエルザに告げて、カバンを持って教室を出てきた。
オレリアも最初の頃は本当に保健室に行って寝ていた。が、ある日、当番の先生が男の人だった時にそいつが私のベッドに潜り込もうとして…それから行っていない。
エルザが憤って、きちんと報告すべきだと言ってくれたが…今までの経験からすると、この女に誘われたんだと、そう言われる確率が100パー。言った言わない論争を繰り広げるのももう面倒だ。
家にも帰りたくないし、図書館の閲覧室には、そもそも授業をサボったアブナイ系の男の子がたむろしている。そこでどうこうはさすがにないだろうが…落ち着いて本も読めない。
そんなある日、途方に暮れていたオレリアがとりあえず図書館に向かって廊下を歩いていた時に、柱の陰から急にバケツを下げた用務員さんが現れたのでびっくりする。用務員さんが立ち去った後に…オレリアは時計台に通じる階段のドアを発見したわけだ。
***
「ふうっ」
両手を組んで、ぐっと伸ばす。
「よお」
真上近くに上ったお日様が、やってきた男の影を落とす。
「また来たの?あなたもサボり?」
「まあね。昼休みなんてゆっくりできたことないからね?」
学院の前にある中庭で、この男を探す女の子たちの声が聞こえる。
「ハインツ様ぁ!どこにいらっしゃるの?」
「ハインツ様ぁ!お昼ご一緒しましょう!」
「…相変わらずね?」
「君もね」
いやいや、おかしいだろう。この男だって婚約者持ちだ。男に対して好きだの惚れただのと女子が騒ぐのはあり、なのか?女子の心理がよくわからない。わかりたくもないが。
「私は何もしてないわよ?外野が騒いでいるだけで」
「うーん。君にはその外野を騒がしくしてしまう自覚はあるのかな?」
金髪が日に照らされて眩しいくらいだ。この男、ハインツはBクラスの問題児。今日もシャツの襟元をだらしなく開けて、タイも緩い。というか…タイだけじゃなく何もかも緩いようだ。
「あんたにだけは言われたくないわね」
そう切り返したオレリアは濃い化粧。唇も真っ赤だ。元々目鼻立ちがはっきりしているところにこの化粧なので、派手なことこの上ない。
二人でかろうじて日陰になっている出口の段差に腰かけて、切り取られた青空をぼーっと眺める。
「オレリアはまた勉強していたの?」
「そうよ。私、家を出たいの。今の婚約者に迷惑がかかる前に婚約を解消して、王城で勤めようかなと思っているのよ」
「迷惑って…弟さん、何かまたやらかしたの?」
こいつはチャラいが、女には不自由していないようで、この私の秘密の場所を嗅ぎつけてからここにやってくるようになったけど、口説かれもしなければ、手も出されない。
最初はかなり警戒したオレリアも、隣に座るこの男に、随分と慣れた。今は良い話し相手になっている。
「この前、クレマンがねえ、酔っ払いに絡まれてケガをしたでしょう?どうもね…弟が金を積んでならず者に頼んだらしくて…。再来年は弟が高等部に入って来るのかと思うとね…何かやらかすんじゃないかと。私だけならまだしも、他人まで巻き込むのはねえ」
「…いやいや、弟さん本気だね?」
面白そうにハインツが笑う。
「笑い事じゃないから。たまたま軽いケガで済んでよかったけど、まあよくはないけど……もうはや犯罪者よ?でも家の面子は守りたいわ。できればレアンドル…弟も矯正したいの。プライドを傷つけないように、家門も傷をつけないようにね」




