第1話 予感通りの展開。
「リリアーナ、お前との婚約は破棄する。俺が選ぶのはお前じゃない。このオレリアだ」
アベル子爵家のリリアーナの婚約者、レオニー伯爵家嫡男のハインツがこの舞踏会にエスコートしたのは、セレスト伯爵家のオレリア嬢。覚悟はしていたが、声高に宣言され、目の当たりにすると理不尽さで涙がにじむ。リリアーナは母親が仕立ててくれた黄色のドレスのスカートをぎゅっと握りしめる。回りにいた方々が、ざわりとしている。
今日のハインツは、いや、今日もハインツはこんなに人が集まっている中でもひときわ輝いて見える。輝く金髪に整った顔。紫色の瞳が冷ややかに私を見下ろしている。
婚約が決まったばかりの時は、こんな素敵な方が私の婚約者なのね!とリリアーナは頬を染めた。その頃から…ハインツにはあまり興味は持っていただけなかったようだ。レオニー伯爵家からの婚約の申し出だったけれど、釣り合いが取れていない違和感はあった。私は地味だし。
ハインツは黒ベースの正装に、オレリア嬢の髪色の亜麻色のタイ。寄り添うオレリア嬢は紫に黒のレースをあしらった、それでいて下品に見えないドレス。金色に輝くネックレス。そこに黒のレースのロンググローブに黒の扇子。紫は…そう、ハインツの瞳の色だ。
扇越しにちらりとリリアーナを見ている。
二人で並ぶと、本当にお似合いだと、学院でも散々思った。「お互い婚約者がいるのに非常識よね?」と言っていた学友たちも思わずため息をつくほどお似合いのお二人。授業中もお昼休みも放課後まで…いつもいっしょにいた。でも、それでもハインツの婚約者は私だった。遊び人だとみんなが言うけど…結婚すれば落ち着くもんだとお父様がおっしゃっていたのに。
「オレリア!いったいどういうことだ?」
人ごみを分けて走り出たのは、オーバン子爵家のクレマン。ひょろりとした体躯の優しい人だ。今日は事が事だけに、珍しく大声を出している。
「あら、クレマン。聞いていたんでしょう?私、ハインツと結婚することにいたしましたの。ごめんなさいね。あなたは…そうねえ…この子、リリアーナ嬢と結婚されたらいかが?お二人は仲がよろしいようですしね?」
そう言って、くすりとオレリア嬢が笑った。派手な目鼻立ちに、濃いめの化粧。大人っぽい体つき…男の人はああいう女の人が好きなんだと、クラスメイトが教えてくれた、
オレリア嬢はクレマンさんの婚約者。
学院で隠しもしないでハインツとオレリア嬢が二人の世界を作っているのを、半ば呆れながらもクレマンさんにいろいろと相談して、慰められていたのは本当だけど…。クレマンさんは誠実で、とてもやさしい人。この方が婚約者だったら良かったと何万回思ったことか。
…いろんな想いがあふれて、鼻の奥がジンとする。
「リリアーナ、こいつらに言われたからじゃない。いつか言えたらと思っていた。僕と結婚してくれないか?君はハインツにはもったいない」
スカートを握りこんでうつむいていた私を見上げるように…膝をついたクレマンさんが私に手を差し伸べる。
「…まあ…クレマンさん」
差し伸べられた手にそっと自分の手を重ねると…しんとしていたギャラリーから拍手が巻き起こった。私の父もいる。
「可愛らしいカップルね?」「お似合いよ」
なんて言う声が聞こえるのは…今しがた私に婚約破棄を突き付けたハインツ達への当てつけかもしれない。けれど…。
クレマンさんと見つめ合って、リリアーナはほっとしている自分に気が付く。婚約破棄されたばかりなのに…。
その後起こったことは…驚くべきことだった。リリアーナはおどおどしてクレマンにしがみついたまま、一部始終を見ていた。
人ごみを割って入ってきたハインツの父親であるレイニー伯が真っ赤な顔でハインツに殴りかかった。
「何を勝手に決めているんだ!馬鹿かお前は!」
ハインツは…難なく父親の拳を避けてその腕をひねり上げた。
衛兵とともにやってきた宰相が、そのレイニー伯を拘束する。
「レイニー伯。違法賭博および、領地の法定税率違反で逮捕する。嫡男も事情を聴く。いいな?」
「は?なんだって?」
衛兵に拘束されたレイニー伯が突然の出来事に目をむいている。あちこちで騒ぎ声が聞こえる。ほぼ同時に何人か拘束されたようだ。会場の入り口にはいつの間にか衛兵が扉を閉ざし、逃げ出そうとした男を拘束しているのが見えた。
「お騒がせいたしました。皆さま、今宵をお楽しみください」
ニッコリ笑った宰相殿が、野次馬化したギャラリーに声をかけて退出する。
オレリア嬢の手を取ってその指に一つキスを落としたハインツが、何事もなかったかのように宰相の後に続いて歩いていく。
ざわざわとした会場。
今しがた拘束された男たちの家族も事情を聴かれるらしく、おろおろしながら出ていく。私とクレマンさんもあっけに取られてそれを眺めていた。
「さあさあ、君たちも踊っておいで」
私の父が微笑みながらそう声をかけてくれた。表情からして、この婚約破棄も、新しい婚約も許してくださっているのだろう。
クレマンさんに手を取られてホールに進む。
チラリと振り返ったリリアーナは、顔色一つ変えずに給仕係を捕まえてグラスを取っているオレリア嬢を眺めた。回りの方々の罵詈雑言や興味本位の冷たい視線。こんな状況でも…彼女は凛として美しかった。




