第12話 オレリアの新生活。
舞踏会が終わった翌日には、私は予定通りハインツのレオニー伯爵領に向かった。
学院は中退した。まあ、あの騒動を起こした後、自分の居場所があるとは思えない。
もっといろいろ言われるかと思っていたが、父も母も賛成してくれた。それどころか父は早めの持参金としてまとまったお金を私の口座に振り込んでくれた。
「ハインツ君はいいやつだ。精一杯頑張りなさい。結婚式は落ち着いてからでいいからね」
そう言って、妙にハインツを褒めていた。私は…この婚約も3年したら破談になるとは言えずに、ありがとうございます、と笑った。
領地の屋敷はやっと体裁を保っている、という位のさびれようだったが、気にしてもいられない。使用人も少ない。やることは多そうだ。
12月も末に近い。雪はそれほどでもない土地のようだが、寒い。
ハインツからの手紙を屋敷の執事長に渡し、仮ではあるが領主の婚約者として翌日から再建に当たった。ハインツはいくつか裁判を抱えて、王都から離れられない。
私に領主印まで渡してきたときにはさすがに驚いたが…
「いいか?オレリア、よく考えろ?領民を守るのはこの領主印なんだ。領地から離れている俺が持っていても何のありがたみもないだろう?俺はこっちでは指輪の印章を使うから」
…それだけハインツが私を信用してくれている、ってことなのだろうと判断した。それに…再建が成功しないと私のお給金も発生しない。
まずは領地の村長を集め、特例で今後3年間は税を徴収しないことを告げる。足りないものは何か、領民の栄養状態はどうか…とりあえずこの冬を越せるほどの薪と食料。寒さをしのげる家。
レオニー伯爵領に、かつて使用人が沢山いた時使っていたらしい使用人宿舎を解放して、家が荒れている一人暮らしの老人と小さな子供持ちのひとり親を優先に住まわせる。働ける人には宿舎の食事や保全の仕事をしてもらう。屋敷の使用人たちは部屋住みにしてもらった。
足りない薪と食料と、来年の小麦の種籾を買って…持参金は底をついた。
それでも、餓死者を出した領は取りつぶしになる。何とかこの冬を乗り切りたい。
母が持たせてくれた宝石やドレスを売って、資金に替える。
食事は従業員宿舎に住む人たちと一緒に、同じものを食べた。
ドレスは売り飛ばしてしまったので、寒いからスラックスにエプロン姿。もちろん、化粧している暇も余裕もない。髪は邪魔なので一本縛りだ。
若奥様、とみんなが駆け寄ってきてくれる。それが少し心苦しい。
オレリアはこの領地に来て気が付いたことがあった。
もちろん実家の領地に行ったこともあるが、庶民のみんなと交流する機会というのはほとんどない。屋敷ですごしたり、馬に乗ったり…休暇をする土地、のような感覚だった。
あたりまえのことだが、領民がたくさん働いてくれて、その人たちにも生活がある。そんなことは教科書にも載っていなかった。
もうひとつ。農家の奥さんたちは皆体格がよく、グラマラスだ。
宿舎でも小さい子供にどんっと大きなおっぱいを出して乳を含ませているお母さんをよく見た。
私の胸が大きい、などと気にする人は一人もいない。
オレリアは、そんなことに気が付いて驚いている自分がおかしかった。
(…ハインツが来たら教えてあげよう)
息が白く見える寒々とした執務室で、ペンを持つ凍えた指先にふうっと息を吹きかけながら、オレリアはもうすぐ来る春のことを思った。
***
翌春からオレリアは領地を積極的に見て回った。
6つある村の村長さんからそれぞれ畑の状況を聞いたり、領主保有の森林を見に行って、森林組合の人たちとも話した。この領の森はかなり広い。
森の木の売り上げは、うち半分が領主の取り分になっている。これを、3分の1にした。そのかわり、領民に家の再建用の木材や薪用の木を切る許可を与えたいと交渉した。
「3年で良いのよ。この領地が立ち直るまで協力してちょうだい」
木を切る代わりに、森の下草刈りを手伝ってもらう条件で手を打った。切ってもいい木は組合の方で指定することなどを話し合って決めた。
(組合長が言うには、うちの材木はいいものらしいわ。領外に販売する材木や薪の取引先を探そう)
そのことをエルザに手紙で相談すると、すぐに名乗りを上げてくれたところがあった。アベル子爵家の商会。
1か月もしないうちに会頭が自ら、領地まで木材を見に来てくれた。森林組合の組合長と一緒に材木や森を見て回った。
「なかなかいい。では取引条件を決めましょうか?」
屋敷の応接室のソファーに座った会頭に自らお茶を出して、オレリアも向かいに座る。今日もスラックス姿だが、さすがにエプロンは外した。
「え、と…どなたとお話すれば?王都にいらっしゃるご当主との方がよろしいですかね?」
私の後ろに控えている事務長と組合長に向かって、会頭がおどけたように言う。
「私が判断いたします。契約も条件がまとまれば、私の裁量で契約書を取り交わしますわ」
そういってにっこり笑うと、向かいに座った会頭が訝しげな顔をした。
「あなたが…ですか?そんな権限をお持ちで?」
「ええ。ハインツに、いえ、当主に領主印を任されておりますので」
「…へえ…」
足を組みなおして腕組みした会頭が、私のことをまじまじと見る。そんな興味本位の視線には慣れっこだ。膝の上で組んだ私の手はすっかり荒れてしまったが、その手を眺めているようだ。にこにこと表情を崩さずに見つめ返す。
材木のグレード、扱い量、サイズ、特注の高級材まで…組合長と条件を詰め始める会頭を見つめる。運搬の条件、納品先。そしてそれぞれの卸値。
私は全くの素人なので、そこは組合長に一任だ。取り分が増えた分、真剣にやってくれるに違いないと思っていたが、まずまずの条件で落ち着いたようだ。
事務長に書面に落としてもらって、同じものを二通作成してそれぞれにサインと押印する。
私が押したのはもちろん、レオニー伯爵家の領主印だ。
「夕食でも、とお誘いしたいところなんですが、領地の再建の途中でして、粗末なものしかないんですよ」
そう言ってさりげなくお帰り頂こうとしたら、夕食を摂って帰りたいというので、しぶしぶ隣の宿舎の食堂に案内する。組合長は家に帰ってご飯を食べるらしい。
「あらあ、若奥様、お客さんですか?」
「そうなの。私の分を減らしてもいいから、一食出してくれる?」
「あははっ、大丈夫ですよ、その位なら」
食事係の若いお母さんに頼んで席に着く。当たり前のように、事務長も座る。
「おじさん、いらっしゃい。おいしいよ?」
そういっていつも手伝ってくれている子が、トレーを運んできてくれた。
うちのテーブルに運び終わると、待っている老人のところに運んでいく。
ようやく具が見えるようなスープ。
みんなで作ってくれたライムギのパン。蒸したジャガイモ。
感謝して、みんなで頂く。
「ここは?」
珍しそうにあちこちを眺めていた会頭に聞かれる。
「え?ああ、冬の間、屋根が壊れてたりした領民を保護していたんです。今みんなでそういった家を直している最中です」
「ふーん。ここもあなたが?」
「ええ。お預かりしている領民に凍死者が出たら申し訳ないですから」
「…なるほど」
会頭は…こんな失礼なもの食えるか!とも言わず、硬いパンをちぎって食べ始めた。
(見た目は怖そうな人だったけど…いい人かもしれないな)
オレリアはもぐもぐと咀嚼しながら、そう思った。




