2-7:Breaking Dawn
歌っている間、遠い昔のことを思い出していた。
それは数少ない、ぼくが誰かに歌を聴かせた記憶。
母さんに内緒で父さんと会って、セッションバーに連れて行ってもらったときのことだ。
歌ってみろよと囃す父さんのギターに乗せて、ぼくは大好きなこの曲を歌った。
そしたら父さんは息を呑むぐらい驚いて、ぼくを褒めてくれた。
「やるなあ、おめえ……。末恐ろしいぜ」
「ほんと!?」
「おお……魔性っつーか、色気っつーか。そういう引力のある歌声だ」
ギタリストの硬い指先が、ぼくをくしゃっと撫でた。
「こりゃあモテるぜ。将来はバンドマンか?」
「っ、うん! ぼくもね、いつかバンドやりたい! 父さんみたいにギタボやりたい!」
「おー、いいじゃねえか。いつかなんて言ってねえで、今やれよ」
ぼくはしょぼくれて首を振る。
「ダメなの」
「なんでダメだよ?」
「ぼく、ギター持ってないし……。それにね、ぼくが音楽やりたいって言うと、母さんがすごくイヤそうな顔をするんだ」
だからずっとできないでいるの。
そう伝えると、父は苦虫を噛み潰したような顔をした。
あのときは表情の意味が分からなかったけれど、今なら何となく分かる気がする。
きっと「俺のせいで悪いな」なんて、いっちょ前に思ったんじゃないのかな。
「――やるよ。新月」
だからあの鍵をくれたのは、父さんなりのせめてもの罪滅ぼしだったんだと思う。
「俺の宝物庫だ。場所は後で教える。使ってねえギターとかが入ってるから好きに使え」
「え……いいのっ!?」
「そん代わり母さんにはナイショだぞ。バレねえように慎重にな?」
やったあ、と飛び跳ねて喜んだことを覚えてる。
だけどそのあとすぐに、例の事件が起きてしまった。
父さんは死に、結局一度も開けられないまま今に至った。
その頃から、ぼくは思うようになってしまった。
もしもあのときあんな事件が起きなかったら、今頃幸せになれてたのにって。
あのまま音楽の道を歩めていたら、父さんのような天才になれたかもしれないのにって。
本当は自分で歪めた道なのに、ずっとの父さんのせいにして逃げていた。
だけどもう、それは終わろう。
「――おい。……クソ親父」
ようやくぶつけられた反抗期。
まぼろしの父さんは嬉しそうに「なんだよ」と笑った。
「あんたのこと、許さないからな」
「……おう」
「大っきらいだ」
「そうか」
「この先何年かかったって、絶対復讐してやるからな」
何だそりゃ、暗え奴だなと父は笑う。
「俺様はもう死んでるが?」
「でも名前は生きてる。音楽も、伝説も」
「そりゃあな」
「――だから、ぼくが全部塗り替えてやる」
にやりと笑う。
その血を引くに相応しい、ロックスターのように。
「ぶっ殺してやるからな。震えて待ってろ!」
吠え上がる。
そうしたらぼくの英雄は、鏡写しの笑顔で笑ってくれた。
「やれるもんなら、やってみな」
ぼくは頷く。
そして父へと背を向けて、
「――さよなら。ぼくのヒーロー」
ぼくは夜明けのような光が差す、自分の道へと駆けていった。




