2-6:大切なもの
――ひゅうっ……!
――ぱちぱちぱちぱち……!
演奏が終わった途端、湧いてきた口笛と拍手にびくっとする。
ルミナに圧倒されているうちに、いつの間にか聴衆が集まっていたみたい。
大体7、8人ぐらいかな……?
空いた人と人の隙間からも視線を感じるから、ひょっとしたら10人は観てるかも。
ルミナの才能からすればこれぐらい、物の数じゃないのかもしれないけれど、
(ひ、ひええ……!? めちゃくちゃ目立ってる……!?)
今まで幽霊のように生きてきたぼくからすれば、これでも凄まじい『大衆』だった。
心臓のどきどきが止まらない。
なのにそんな心臓が止まってしまいそうなことを、ルミナは無邪気に繰り返す。
『じゃ、次の曲は新月が自分で歌ってみよー♪』
は、はぁ……!?
何言ってるんだバカ、無理に決まってるだろ!?
『なんで無理? あたしと違って新月は歌えるじゃない』
ぶ、物理的にできるできないの話じゃなくて!
そもそもぼくみたいな奴なんかが――、
『――できるよ。新月は』
ルミナを宿したぼくの手が、優しく背中をさするようにテンションコードを鳴らす。
特別な夜を揺蕩う、高揚感。
真っさらな月面へと、一歩踏み出せと誘うような。
『今までずーっと、独りで歌ってきたもんね?』
………………。そういうのまで、分かっちゃうんだ。
『あはっ。そりゃー、一心同体ですから』
ていうかさー、とルミナが付け加える。
『カタギからジョン・メイヤーの名前は出ないでしょ。自分からバレに行ったくせに』
反論は……しなかった。ただ苦笑だけを溢した。
そんなつもりはなかったけど、確かにぼくは、誰かに見つけてほしかったのかもしれない。
父さんが死んだあの日から、ぼくは表向き音楽と関わりを断った。
目立っていじめられるのが怖くて。
好きなものを好きだと言えなくて。
自分を守るためだと言い聞かせて。
でも結局、断ち切るだなんて無理だった。
無様に死なれても憧れは憧れだった。
言えなくても好きなものは好きだった。
だから『やってないけど聴くだけならセーフ』だと言い訳をつけて、いつも隠れて音楽を聴いた。
みんな帰ったがらんどうの職場や、独りぼっちの暗い夜道で歌を歌った。
それは地下墓地に隠れて祈りを捧げるような、苦難の日々ではあったけれど。
(――そうだ。……歌えるんだ、ぼくは)
見上げたそのときだけは、先の見えない人生を照らしてくれる月のように。
音楽だけはいつも、ぼくの人生と共にあったんだ。
――……本当に歌っていいの? ぼくが。
『イイに決まってるでしょー? 大体さあ、なんで歌わないことがあるの?』
な、なんでって?
『だって仮にあたしが歌も歌っちゃったとしてさー、それってもうあたしそのものじゃん。チートプレイをオートで流して見てるだけって、そんなの虚しいだけじゃない?』
…………身も蓋もないことを言うなあ、おまえ。
まあ確かにそうだけど、とぼくは苦笑する。
人に聞かせたことなんて殆どないから、どうなったって知らないぞ?
『だーいじょぶだってば。人生は旅だってよく言うでしょ?』
にーっと頼もしく、ルミナは笑う。
『旅の恥はかき捨てだよ。思いっきり楽しんでこー!』
……うん。そうだね!
『曲は何やるー?』
ぼくはふと、夜空を見上げる。
満月が、笑顔が映りそうなほどきれいに輝いていた。
「――【Breaking Dawn】」




