2-4:ラストエリクサーは錆び付かない
よく考えれば、何の理屈にもなってない。
だけど反論する気は起きなかった。
ぼくはルミナに何の抵抗も示すことなく、夜の駅前まで戻ってきてしまった。
悔しいけど、身体は正直だ。
ルミナ(ぼく)は、大きなウグイス像がある植え込みの前で腰を下ろす。
このウグイス像は、この辺りだとそこそこ大きな乗換駅である小夜鳴駅のトレードマークだ。よく待ち合わせに使われている関係から人通りも多い。それ狙いで弾き語りをしにくる人たちも、夜は特に多いのだ。
『あはっ。いいねー、一等地だ。他にやってる奴らもいないし』
まあ、もうかなり遅いしね……。
ってか、こんな目立つところでホントにやるの?
こういうのって事前に届け出とかしないと、警察に怒られちゃうんじゃ……?
『だいじょーぶ。ポリ公もそんな暇じゃないし、いざとなったら逃げればいいし』
ポリ公言うな。しかもそれ逃げるの実質ぼくじゃんか!?
文句を言ってもルミナはどこ吹く風で、ケースからアコギを取り出し、あぐらに乗せる。
そして、手刀みたいに右手を構えた。
(い……いよいよ、弾くのか……!)
緊張と期待の一瞬――。
だったんだけど、
――ぼろぉぉぉん………………。
ドブ川をさらったような音が響いて、ぼくはのけぞる。
『あちゃー。こりゃ、弦が腐っちゃってるね。チューニングもオワだし』
「あ……。確かに、そりゃそうか」
あんな墓場みたいな場所で何年も眠っていたんだ。
そりゃあ弦も錆びるし、すぐに華々しくなんて鳴るわけがない。
常識的に考えれば当たり前だし、そこに何の異論もないけれど。
「……はは」
つい、要らない痛みを覚えてしまう。
だけどそんなぼくの陰気を吹っ飛ばすように、ルミナは明るく笑った。
『じゃー、ぱっぱと弦変えちゃいますか!』
え……できるの?
『あたぼうじゃん。どうせケースの外ポッケに…………ほーら、あった!』
そう言ってルミナが取り出したのは、少しだけ錆びた小型のニッパー。
そして【Elixir】と書かれた、ダークパープルの薄い正方形の箱だった。
――えりくさー……で合ってる?
『ぴんぽーん♪ 新月がいっつもラスボスまで余らすやつね?』
それはラストエリクサーだろ。うるさいな。
っていうか、なんでそんなことまで知ってるんだよ!?
『あはっ、一心同体って言ったでしょ。それはさておき、これはとーってもイイ弦なんだよ』
高級品ってこと?
『それもそうなんだけどね。……すっごく、錆びにくいんだ。これ』
ルミナ(ぼく)がエリクサーの箱を開ける。
いきなり弦が入っているわけじゃなく、6本の弦それぞれが紙袋で個包装されていた。
10とか17とか46とか、書いてある数字の意味は分からないけれど、
「おお……!」
『さーっすがエリクサーさん♪』
保存状態が良かったんだろう。
袋の中の丸まった弦は、どれも抜き身の刀のような美しい輝きを放っていた。
本当に良いものは、何年経とうが錆び付かない。
そんな風に勇気づけられた気がして、勝手に嬉しい。
『ほならば、換えましょーう』
ルミナ(ぼく)がギターのペグを緩め、ニッパーで古い弦を切り、新しいのに換えていく。
その余りの手際の良さに、ぼくは静かに衝撃を受けた。
まるでその道を極めた料理人とか、神の手とか呼ばれてそうな医師の手際。
それがぼく自身の手で、迷いなく再生されていく。
『はーい、終わり♪』
なんと、ものの五分ぐらいで終わってしまった。
すごいなあ……。次はチューニング?
『え? だからもう終わりだよ?』
ルミナの意志に従って、ぼくの右手がさらりと振り下ろされると――、
―――^――――^―――――^―^―――♪
澄んだ稲妻が、空気に流れ落ちていった。
『ほーら。ばっちし♪』
「……………………………………」
に……人間業じゃない。
弦交換とチューニングをものの五分で同時に終わらせるなんて。
こんなの大道芸だ、音楽の力とは関係ない、なんて突っかかる気すら起きなかった。
枝葉の部分ですらこんなに凄いのに。
こんな奴が本気で音楽をやったら、一体どうなってしまうんだ?
『じゃあ早速一曲やってみよー。新月、何弾いてほしい?』
え……ぼくが決めるの?
『そりゃそーでしょ? そもそも新月のカラダなんだし、新月があたしを試さなきゃ』
…………ううん。
じゃあ、そうだなあ。
ジョン・メイヤーの【Neon】とかどう? 元はアコギ一本の曲だし。
『おっ、いいねー! じゃあ六弦だけチューニング変えちゃお~♪』
るんるんでギターを弄り始めるルミナ。
かなり意地悪を言ったつもりなのに、難色を示す気配は一切なかった。
『――おっけーい。じゃあ演りまーす』
ぼくはごくりと唾を呑み、頷く。
それじゃあ……見せてもらおうか。
死んだ天才の腕前とやらが、このぼく如きの腕で、本当に活かせるのかを!




