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2-3:ルミナ、顕現

 驚きすぎたのか何なのか、どうやらぼくは気絶してしまったらしい。

 固い床の感触と、トランクルーム特有のほこり臭いにおいで徐々に目覚める。

 夢……じゃない。絶対に。

 だって寝ても覚めてもまだ、目の前に居るから。



『――あはっ。やーっと起きたね、寝ぼすけさん?』



 口を開けたまま固まってしまう。

 人間理解を超えたものに出会うと、絶句しちゃうって本当なんだ。


(ひ、人……!? いや、違う……!)


 この娘は人間じゃない。

 何をバカなって話だけど、一目見ただけでそれが分かった。

 なぜなら満月の光のような金髪が、真っ暗闇のはずのトランクルームを淡く照らしているし。

 たおやかな肢体を包む純白なドレスは、足先に近づくほど透けている。

 それに何より、顔立ちが美しすぎる。

 エメラルドのような翠色の目に見つめられた瞬間、呼吸が止まりそうになるほどで。

 この世ならざる美しさっていうのはこのことなんだと、ぼくは見とれてしまう。


『新月~? 見とれてないで何とか言ってよ』

「い……!? ぼくを知ってる!?」

『あったりまえじゃん』と彼女はむくれて腕を組む。

『英雄に贈られたときから、ずっとずっとずっとずっと待ってたんだからねー?』


 英雄。

 クソ親父の本名だ。

 ぼくの名前もそうだけど、どうしてこの娘が知ってるんだ!?


「きみ誰? 何者?」

『ルミナ。幽霊!』

「ゆ……幽霊……」

『見りゃー分かるでしょ? とっても強い未練で化けて出たのだ』

「未練って?」と追って尋ねると、それも見りゃー分かるでしょとルミナは笑った。


『――音楽。あたしは自分の音を、世界に思うがままに響かせたいの!』


「……自分の音を。……思うがままに……」

『そっ! あたしねー、実は音楽の天才なんだ』


 それは見りゃー分かるものじゃない。だけど足が無ければ幽霊だと分かるように、あたしが天才なのも自明だよねって言わんばかりだ。

 改めて、この娘は何者なんだろう?

 幽霊だとしてなぜ死んだ?

 もしかしていつかの時代で有名だった天才ミュージシャンの幽霊……だったりするのかな?


『分かんなーい。あたしね、記憶ないっぽいから』

「っ!? 声出てた!?」

『んーん? 心の中では言ってたけど』

「は……!?」

『あはっ。あたしねー、もう新月に憑いちゃったから。一心同体ってゆーの? 考えてることとかぜーんぶ、口に出さなくても分かっちゃうの』


 めちゃくちゃヤバいことをサラッと言われた気がする。

 え……何? 憑いちゃった?

 一心同体? 幽霊と?

 それって何かマズいやつじゃないの!?


『あっ、そうだ! でもひとつだけ覚えてることがあってね』

「お、おお……何?」



『――あたしねー、今まで一曲も作ったことないし、一度もライブしたことないっぽいの』



「………………はいぃ?」


 幽霊だの何だの言われてきた中で、今のが一番意味不明だった。

 え、じゃあ何?

 この子は今まで何も遺してこず、成し遂げてもこなかったのに、自分を音楽の天才だと思いこんでるやべー奴ってこと……?


『むっ。思い込んでるんじゃなくって、ホントに天才なんだってば!』

「い、いやでもさあ……。身元も実績も分からないのに、どう信じろと?」

『簡単だよ』

 ルミナがほっそい腕で力こぶを作る。

『あたしには、この腕があるっ!』

 ぺちぺち叩こうとして透けていた。

「ないじゃん腕」

『実体はね。でも、新月の身体を借りればだいじょーぶ』

「えっ……ぼくの身体!?」

『そっ♪』とルミナが笑い、いきなりキス寸前ってところまで顔を近づけてきた。


「~~~っ!?」


 やばい。何コレ。可愛すぎるッ!?

 どきり、と止まりそうになる心臓。

 あっけなく隙を晒しちゃったところを狙い澄まして、


『――どーん♪』


 するりと、ルミナがぼくの中に入ってくる。

 不思議な感覚だった。

 実体なんてないのに、『ここに居る』としか言いようがないような。

 それでいて、人肌に触れているような心地よさまで感じるような。

 ぼくの中に居るのがそもそも自然で、今まで何でいなかったんだろうみたいな…………って。


(これ完全に『食われてる奴』の気持ちじゃない!?)

「あはっ♪ 徐々に気持ちよくなってくやつね?」

「うわあ!? ぼくの声で「あはっ♪」とか言うな!」


 おいおいおいこれ本当にマズくない!?

 身体も勝手に動かされてるし、自分でボケて自分で突っ込んでるやべー奴みたいになっ――


「よっしゃあ。じゃあ行くよ、新月っ!」


 ルミナ(ぼく)が、トランクルームの片隅に置いてあったアコギのケースを引っ掴む。

 それからトランクルームの鍵を閉めて、全速力で夜の中へと駆け出した。


「ひゃっほ――――――――っ!!!」

「ちょっ……コラ!? どこ行くんだよ!?」

『うっ……走りながら喋るのきっつー……。生きてるって面倒くさいねー……』

 心中こっちでも喋れるのかよ。自由すぎるだろ。

『幽霊そこがウリだから。ちなみに駅前向かってまーす』

 駅前……? 何しに?


『ゲリラライブ☆』


 ……はあッ!? 何言ってんの!?

『あたしの腕を見たいんでしょ? だったらライブで見せるのが一番いいじゃん』


 呼吸するみたいに無茶を言う。

 展開が早すぎて、頭が追いついてこない。

 でもこれだけは確実に分かるぞ。


「無理だって!!! それって、実質ぼくがライブするってことだろ!?」

『だいじょーぶだいじょーぶ♪ 絶対上手くいくから』

「根拠は!?」


 暗闇を照らす月のように、ルミナが笑った。



『――本当は新月も、音楽やりたいって思ってるから!』




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