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3-18:時には昔の話を

 初めは趣味で始めたアカウントだった。

 開設したのは中学生の頃。

 手元だけを映して、特に編集も凝らずに好きな曲を弾いて、満足してそれで終わり。

 ほとんど練習記録だったから、数字なんて全く気にしていなかった。

 事情が変わったのは、まさに一年前。

 例のカチコミ事件を起こして孤立した花音は、学内での活動の場を失ってしまった。

 なので活動の主軸を、ネットの世界に移すことにしたのだった。


(――今の時代、ひとりでいくらでもやれるんや……!)

(――こっちでデカくなって、全員見返したるッ!)


 情熱は十分。

 困難にぶつかったけど折れてない。

 花音に宿るロックの魂が、自分ならやれると叫んでいた。


『――よぉぉぉーし…………やるでっ!』


 というわけで意気込んで、【Kanon_Rock】の本格活動を開始する。

 活動一発目は名前をもじった【カノンロック】。

 ギターの腕自慢なら誰もが一度は挑む難曲 (でもカッコいい)で、当時の花音は血反吐を吐きながら何週間も練習し、何度も何度もテイクを重ねて撮った。


『よし……これならっ!』


 その甲斐あって、最高のものが出来上がった。

 これで世界が変わる、と本気で思った。

 まるでドでかい爆弾でも落とすような気持ちで投下した。

 そんな初投稿の結果はというと、


『ぜ、全然伸びひん……っ!?』


 再生数三桁も行かなかった。

 爆死どころか、導火線に火が点く以前の問題だった。

 世の中おかしい、これは何かの間違いだと憤り、花音は執念で活動を続けていく。

【1day_1play】のタグを付けて、毎日こつこつ。

 ……だけど――、


『……誰も、見てくれへん……』


 心が軋んでいく。

 そうすると、流石の花音にも現実が見えてきた。

 ――手元だけを映して、自分が好きなカッコいい曲をこだわって弾く。

 そんな昔気質のスタイルじゃ、この供給過多のネット現代で見つけてもらえる訳がない。


(なんか、見てもらうヒキがないとあかんのや……)


 そしてその方法は、自分でも嫌になるぐらいすぐに思い付いた。

 なぜなら今までの人生、花音はいつも注目を浴びてきた。

 尖り散らかした言動をしてもお咎めなし。喋らない限りはチヤホヤされる。

 上京のための口実とはいえ、モデルにもスカウトされて活動できてる。

 それぐらいの恵まれた容姿を持って生まれてきたのだから……。


(――顔出しして、実はモデルやってます、って書く)

(――現役女子高校生モデルやって推してギター弾いたら、絶対ウケる……!)


 じゃあそれをやろう。

 ……とは、思えなかった。

 胸の奥で震える何かが、それは嫌だと拒絶した。


(そんなん、違う。ロックやない……!)


 容姿なんて関係ない。

 だって音楽なんだから。

 腕に自慢があるからこそ、腕だけを見てほしい。

 このスタイルだけは、何があっても曲げたくない――。

 ……最初は、本当にそう思っていたはずなのに。

 どんどん心は弱っていき、ついに堪えられなくなって。

 花音は、ついに妥協することにした。


(――顔と名前は、ほんまにしゃーないから露出する……っ)

(――でも、譲ってはそこまでや……! 選ぶ曲とか他は絶対変えへん!)

(――うちはカッコいい曲をカッコよく弾いて、カッコいいって思ってほしいんや!)

(――……そのためには、見つけてもらわな、始まらんから……っ)


『やるしかないんや……っ!』


 腎臓を一つ売り渡すような覚悟で、花音は作戦を決行した。

 そうしたら……効果は覿面だった。

 動画の再生数は千の位まで上がった。

 フォロワー数も、瞬く間に1万の大台に突入した。

 現金すぎるやろと胸中複雑だったが、それでも拳を握りしめるぐらいには嬉しかった。


『よしよしよしよし……! ええやんっ!』


 ……今にして思えば、ここで中途半端な成功体験を得てしまったのが良くなかった。

 良いことばかりじゃなくて悪いこともあったのに、見て見ぬ振りをしてしまった。

 それぐらい、報酬系を刺激する快楽は悪魔的だった。


『この調子や……! 風吹いてんでっ、確実に!』


 だけどその風はすぐに止んだ。

 最初は劇的だった伸びも徐々に鈍化し、数字もある程度で頭打ち。

 ギターの腕を見込んでの仕事依頼なんて、来るべくもなかった。


『なんでや……!? こんなに頑張ってるのに、なんで……!?』


 やっているジャンルがニッチだから、界隈以外には広がりにくかったんだとか。

 上手いだけでオリジナリティがあるわけじゃないから、プロからしたら微妙とか。

 そもそもネットの世界に正解はなく、ウケるもコケるも究極運でしかないだとか。

 一歩引けば気付けるようなことも、のめり込んでるうちは気付けない。

 そして、気付かせてくれるような誰かもいなかった。


 ずっと――独りだったから。


『――くそ、くそっ、くそぉっ……!』


 部屋の片隅、独りぼっち。

 独房で穴を掘り続けるようにギターを弾いた。

 それでもどこにも繋がらない。光はない。

 暗闇ばかりが広がって、間違えてるって分かるのに、今更どこにも引き返せない。

 技術と引き換えに、胸の奥で何かがすり減っていく。

 そしてその何かが何なのかも、もう分からなくなっていた。

 そんなときに花音は、虚ろな目で見てしまう。

 ……あまりにも眩しい、隣の芝を。



【Cute!!!/パイン♡アラモード】制服で踊ってみた♡



「……こんなくっそしょーもない曲を、素人がテキトーに踊って500万再生?」


 TikTakという文化が嫌いだった。

 こんなフェイクが我が物顔でのさばる世界が許せなくて、今まで中指立ててきた。

 だけどもう、疲れてしまった。


(――どいつもこいつも、見る目ないアホばっかりや……)


 しょうもない偽物ばかりが日の目を浴びて、本物はいつも割を食う。

 それでも低きには流れまいと、今まで抗ってきたけれど。


(……そんなにフェイクが好きなんやったら、一回やったろうやんけ。アホどもが)


 魔が差した、としか言い様がない。

 いつもは綿密に練習して、納得いくまでテイクを撮ってから投稿する。

 でもそのときは、超適当なアドリブ一発撮りだけで済ませてしまった。

 あとは偽物の笑顔でラッピングして、ハイ完成。

 誇張なく10分程度でできたそいつを、


『――ほら。こんなんでええんやろ、お前らは!?』


 アカウントを新設して適当にぶん投げた。

 当たると思っていなかった。

 当たらないでほしい、とすら思っていた。

 世の中そんなに甘くないぞって、本物を見抜ける人たちに怒られたかった。

 そんな真っ当な考えでいたからだろう。


 動画は1000万再生を超えてウケた。


 必死に積み上げてきたフォロワー数が、バズからの流入で一気に10倍になった。

 色んな仕事のお声が掛かり、事務所のマネージャーは大喜びだった。

 その一方で、

『……はは』

 音楽への言及は一切なかった。

 付いてるコメントは『可愛い』一色で、望んだ『カッコいい』は一つもない。

 なりたかった自分は、もうどこにもいなくなっていた。


『……ふ、はは。……あははははははははっ!!!』


 全てを手に入れた。

 代わりに、魂をなくしてしまった。


(……終わりやね。うちのロックは)


 潔く腹を切る代わりに、弦を切った。

 ギターは全部押し入れにしまい、ミンスタは一度アプリごと削除した。

 芸能事務所には退所を申し入れた。

 猛烈な引き留めにあって無期限休止という形にはなったけれど、芸能科も転科に。

 2年からは普通科でやり直すことになった。


(うん……。これでもう、ええんや)


 音楽に全てを捧げるのなんてこりごりだ。

 これからは普通の女の子として、幸せを掴んで生きていく。

 そんなことを、平和に夢見て眠っていたのに……、



『――正気? 寝ぼけてるでしょ』



 頬をはたくような第一声。

 目覚める出会いが、待っていた――。



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