3-17:夜を歩く
「――第一回、家まで歩け歩け大会~~~!!!」
今宵、歴史に名を残すクソ大会がここに幕を開けようとしていた。
ちなみに主催はぼくです。やけくそになって夜道で叫んでるのもぼく。
「いぇぇぇ――――――――――――いっ! どんどんぱふぱふ~!!!」
そしてこいつが唯一の参加者の竜胆。
めちゃくちゃノリノリでちょっとムカつく。
(元はと言えばおまえが終電を逃したのが悪いんだぞ……!)
まあぼくも片棒を担いじゃった身だから、言いっこなしなんだけどね。
竜胆は寮暮らしだから親御さんに迎えに来てもらう訳にもいかないし、カラオケやネカフェで夜を明かそうにも高校生のぼくらじゃ弾かれる。
ならいっそのことタクシーを呼ぶか、とも考えたんだけど……アレは高すぎるから。
竜胆はモデル業を休んでてお金が心許ないらしいし、ぼくも大きな買い物の後でお金がない。
こりゃあ八方塞がりだ、って天を仰いだとき。
たまたま見えた満月が、すごく綺麗だったものだから。
『――……もう開き直って家まで散歩しちゃう?』
『――あっ、それええやん! 歩こ歩こっ!』
このように大会開催と相成りました。
果たして無事に辿り着けるのか? っていうかそもそも足が保つのか?
何も考えてないです。120%悪ノリだから。
ルミナに呪いを掛けられてからというもの、人生万事が行き当たりばったりで泣きそうだ。
『あはっ。青春だねえ~?』
茶化すんじゃないよ。お黙り!
『言われなくても、今日は疲れたので寝ちゃいまーす。ぽやしみ~……』
そう言って、ルミナは本当に宙に浮いたまま眠ってしまった。
ちなみにぼくが動いたら寝たまま勝手に移動してくる。紐付きの風船かおのれは?
ともあれこれで正真正銘、竜胆とふたりきりになっちゃったんだけど――、
「じゃあ歩こっか」
「せやね」
もう緊張はしなかった。
ぼくらは駄弁りながら夜を歩いていく。
すっかり長年の付き合い……みたいな感覚になってしまってて忘れてたんだけど、驚くべきことにぼくと竜胆は会ってまだ一日も経ってない。
お互いのことを何にもよく知らないから、この時間は贈り物みたいだった。
欠けていた時間を取り戻すように、夢中で話し続けた。
本来、ぼくは人と話すのが苦手だ。
特に、自分のことを話すのは『嫌い』まで言っていいと思う。
過去が過去だけに不幸自慢になってしまうのは避けられないし、こんなぼくの話をしても仕方がないだろうって、どうしてもネガティブになってしまう。
これはぼくの魂の形みたいなもので、変えて人に合わせるのは難しい。
だけど竜胆と居ると、そういうことを考えなくてよかった。
「――あんなっ、そんでなっ?」
竜胆は沢山話してくれる。
聞いて聞いてと尻尾をぶんぶん振って、自分のことを話してくれる。
きっと話すのが得意で好きなんだろう。
それでいてぼくに合わせている感じは全くないから、これが竜胆の形なんだ。
「――うん……分かるよ。すごく」
それがぼくの形とぴったり合う。
反対だけどキーは同じで、メジャーかマイナーかが違うだけ、みたいな。
言葉にならない親しみを覚えながら、ぼくは竜胆の話を聞いていく。
この学校に来るまでどうしてたとか。
本当はひとりが寂しくて無理だとか。
そのくせ意外にも無縁な恋愛の話とか。
……ぽろっと漏らしてしまった「絶っ対言わんといてや!?」な性癖の話とか。
こんなときでもないと話せないようなことも共有しながら、延々と話は続くけど、
「……ねえ竜胆。聞いていい?」
「何?」
「――どうしてギター、止めちゃったの?」
ぼくは踏み込んでいく。
それは今までの穏やかな進行を裏切るもので、震えるほどにおそろしい。
ルミナの力なきぼくは無力で、切り返されたら為す術なく死んでしまう。
それでも、真剣で立ち合いたかった。
この話を解決しない限り、きっと先には進めないから。
本当の意味で、竜胆に隣で弾いてもらうことはできないから――。
「……教えたってもええけど、条件があるなあ」
「条件」
「……し、新ちゃんって、呼んでいい?」
ぼくは目を丸くする。
「別に、何でも構わないけど……?」
「あと、うちのことはやっぱり花音って呼んで」
「え。いやだからそれはハードルが――」
「じゃあ喋らへん」
竜胆が膨れてそっぽを向く。
「こーいうことは、特別な間の人にしか言えへんもーん」
「ぐっ……!?」
超えてこいということか。女子を名前呼びなんて高すぎるハードルを……!
いやでもこれぐらい、求めるものに比べたらどうってことない。軽くやれるって。
「……か。……か、のん……」
ほ、ほら……言えた!
言えたけど、でもやっぱりめちゃくちゃ恥ずかしいッ!
顔が真っ赤になってるのが自分でも分かるぐらい顔が熱い。
りん……花音の顔も直視できない。
そんなぼくを見て、花音はにやにや笑っていた。
「可愛いなあ。新ちゃんは。あんなカマしてた奴とは思えへん」
「も、もうそれは良いでしょ!? 人には色んな一面があるんだよ!」
「……うん。せやね。……うちかて、そうやもん」
ぽつりと、花音が溢す。
花音がスマホを取り出し、ミンスタグラムを見せてくれる。
【Kanon_Rock】のページを開くのかと思いきや、花音はそのままリンク欄からTikTakに飛ぶ。
そして今一度、あの1000万再生の弾いて踊ってみた動画を見せてくれた。
「タイトル、生き恥に変えよかな?」
「ええ?」
「まあでも、嘘になってもうか。……これ、生きてへんし」
花音が自嘲する。
「【Kanon_Rock】は死にました、とかにしよか?」
「……花音」
「……うちなあ。新ちゃん」
氷が溶けていくように、花音は一筋の涙を流す。
「――魂、売ってもーたんや……」
ギターに全てを捧げてきた、孤独な少女の慟哭。
ぼくはせめて寄り添って、耳を傾けていく。
この夜のように深い闇を歩いてきた、花音の過去に――。




