3-14:ギターウルフは吠え上がる
そういうわけで、そのまま駅近くのリハーサルスタジオに連行されてしまった。
『Cst』と印字の入った防音扉を竜胆が締めると、空気が密閉されてより重たく感じる。
(ぜ、全部ぼくが悪い……)
それだけは間違いない。
間違いないんだけど……、
(――どうして竜胆は、こんなに怒ってるんだろう)
本当は上手いのに素人のフリをしてた。
少なくとも竜胆目線からはそう見える。
ここで「こんなのありえない」とか「何でそんな意味不明なことを」って戸惑うのならまだ分かる。普通の人ならそれが自然だし、ぼくだってきっとそうだろう。
だけど、竜胆は違う。
明確に激怒している。
一体何が逆鱗に触れたのか、情けないことにぼくでは想像も付かない。
竜胆は受付でレンタルした禍々しいアイバニーズのギターにストラップを通しながら、鋭い目つきで睨んできた。
「マーシャルとJC、どっちがええんや」
「……ま、まーしゃる。じぇーしー……?」
「……ええってもう。いつまでとぼけとんねん」
「ほ、本当に知らないんだってば!?」
「嘘つけや! なんであっこまで弾ける奴がアンプの種類も分からんねん!?」
竜胆が吠える。極めて真っ当な指摘だ。
だけどぼくは真っ当な身の上じゃないから、何一つ言い返せない。
実は幽霊に代役をやらせてるんだなんてふざけたこと、誰にも信じて貰えるわけがないから。
「……ごめんなさい」
ぼくはただ、頭を下げることしかできない。
申し訳なさからずっとそうしていると、
「……ばかにしよって……っ」
震えた声がぼくを打つ。
今にも爆発しそうな自分を抑えるかのように、竜胆は息も絶え絶えに言葉を紡いだ。
「なんで弾けへんフリした?」
「……それは……」
「うちが思ったより上手すぎて、自分の腕なんか見せられへんってビビったか?」
頷こうかな、と逡巡する。それぐらい筋の通った言い訳だ。
だけどそんなことを思ってしまう時点で、
「ちゃうよな。絶っ対そんなこと思てへん」
「っ……!」
「おまえの腕はそんな次元やない。人間辞めてるレベルやろ」
ぼくとルミナが同時に息を呑む。
あの楽器屋の一瞬だけで、竜胆はルミナの存在を見抜いてしまった。
「――可哀想や、って思たんやろ?」
そしてその裏に潜む『ぼく』をも見抜いて、容赦なく牙を突き立てる。
「こいつ全然大したことない。俺の方が余裕で上手い。そう思たんと違うんか?」
違う――と、言いたかった。
でも言えなかった。
竜胆の言ってることが全てじゃない。
だけど的外れでもない、と自覚してしまったからだ。
あのとき、ぼくはへらへら笑って言ってしまった。
『――心が折れたら困るから』
その場を乗り切るための方便だった。
だけど本当にそれだけだったか。
道化を演じる笑顔の裏で、暗い愉悦を感じていなかったと言えるだろうか。
竜胆は友達だから。
何か深い事情があるだろうから。
可愛い女の子だから、折れないように花を持たせてあげよう――。
そんなのは決して、思いやりなんかじゃない。
「――おまえはうちを舐めてるんや。そうやろ!?」
……ああ。そうだ。
ぼくはぼくの分際で、竜胆を見下していたんだ。
「……そうだね。ぼくが傲慢だった」
どんな綺麗な言葉で取り繕ったところで、礼を失したことは拭えない。
深く頭を下げ続けるぼくに、竜胆は地団駄を踏んだ。
「もうええからはよ準備せえっ! どっちでもええんやったらうちがマーシャル使うで!?」
「あ、う、うん…………でも本当に、喧嘩って何を?」
「はあ~!? んなもん決まってるやろ!」
竜胆がギターを突きつけてくる。
「セッションや、セッション! うちとギターで勝負せえっ!」
「しょ……勝負?」
「せや。どっちの腕が上なんか、白黒はっきり付けたろうやんけ!」
竜胆がぼくを鋭く指差す。
短く切り揃えられた爪先を、美しいと思った。
「……人間辞めてる、って言ったよね」
「だからなんや」
「それが分かってて、勝負を?」
「――当たり前やろ」
寸分も迷っていなかった。反射の域すら超えていた。
頭で考えるまでもなく、きっと魂で吠えていた。
「うちはギターなら誰にも負けへんねん。どんなプロでもバケモンでもや!」
「……!」
「舐めとんちゃうぞ、フェイク野郎がっ! 一回うちがシバいたらあっ!!!」
竜胆が意気軒昂に吠え上がる。
睨み付ける眼光は爛々としていて、剥かれた牙からは殺意すら感じる。
きっとこの激情をして、人は彼女を『狂犬』と呼ぶのだろうけど。
(――ああ。……いいなあ)
身を焦がすほどの情熱で生きている。
その美しい狂気を、ぼくは愛だと受け取った。
「分かった。受けるよ、勝負」
「おっしゃ。ほんならはよ音作んで!」
がるるる、という唸り声が今にも聞こえてきそうな顔つきで、竜胆がアンプ(マーシャルって呼んでた方)にギターを繋いで音作りを開始する。
ぼくももう一つのアンプの前に丸椅子を出して座り、背負っていたギターケースを下ろす。
そして真剣を抜くような気持ちで、買ったばかりのストラトを取り出した。
――ルミナ。
『あはっ♪ 分かってるってば』
悪魔みたいにルミナが笑う。
『手加減無用、でしょ?』
うん。無粋な真似はなし。
生半可なものを出したら食われちゃうぞ。
『りょーかい。……ふふふっ』
……どうかした?
ルミナが壁面の鏡を指す。
音作りに向けて身体を明け渡す直前のぼくは、笑っていた。
狼のように牙を剥いて、それこそ竜胆と鏡写しのように。
『類友だね』
……うん。そうだね。
きっと長い付き合いになる。
そう思えてからは早かった。
「竜胆」
「……なんや」
「ぼくが勝ったらバンドに入ってよ」
まるで愛の告白みたいに、自然と溢れた想いを伝える。
「――きみが欲しいんだ。すごく!」
竜胆が目を丸くする。
でもそのあとすぐに、好戦的な笑みに表情を変えた。
「じゃあうちが勝ったら、おまえは何してくれんねん?」
「何だって構わないよ」
にやりと笑うぼくと、ルミナが同じ表情で笑う。
そのまま阿吽の呼吸で同調して、稲妻のようなコードを一発鳴らした。
「『絶対、負けないから!』」
「……はっ。ええやん、やったろうやんけ!」
負けじと竜胆から、がんがんに歪んだコードが返ってくる。
まるで格闘技のフェイスオフ。
スタジオの真ん中で向き合って――、
「――勝負だ!」
「――勝負や!」




