3-11:Part-Time Lover
それからぼくらは、何時間も一緒に楽器屋を巡った。
それだけ聞くとめちゃくちゃ気合い入れて選んだんだな、って思うかもしれないけど実はそういうわけでもなくて。
単に一緒にいるのが楽しくて、時間を忘れてただけなんだ。
「やっぱうちはマンジーニにずっとやってもらいたかったわぁ……」
「分かる。今更ポートノイに戻りますって言われてもねえ」
「なー!? どんだけ貢献してきたと思ってんねんなあ!?」
「でも本人達は円満らしいよ。その点レッチリはなー」
楽器屋巡りをしている間、ぼくらはずーっとこういうオタク話をしていた。
何を振っても竜胆には通じたし、何を振られてもぼくには分かった。
音楽で人と盛り上がるなんて初めてで、それが本当に楽しかったんだ。
「じゃあ楽器屋ツアーは、これでおしまいということで」
「ようさん回ったな~!」
じき夜が訪れる黄昏時。
ぼくらはスタート地点の御茶ノ水駅前まで戻ってきていた。
ここらで解散……の前に、
「――ごめんね。竜胆」
ぼくは深々と頭を下げた。
「な、何よ? 何で謝るん?」
「いやあ……だってさ」
何も背負ってない背中を、ぼくは自分で叩く。
「ここまで付き合ってもらったのに、結局ギター買ってないから……」
「ほんまやで。あんだけ弾いたったのになー?」
「う。ほ、本当にごめん。ただもう少しじっくり、持ち帰って考えてみたくって……」
恐縮するぼくに、竜胆が笑う。
「冗談やって。高い買い物やし、ゆっくり悩んで買ったらええやん」
「……うん。ありがとう」
「買ったらまた弾かせてや~? 自分が弾いたギター、自分より上手い奴に弾き倒されるん、『これが寝取られか』ってなるから一回味わった方がええで?」
「やだよそんなの。目覚めたくない!」
また笑い合う。
ぼくはスマホの時計を露骨に見て、頷く。
「じゃあ今日はこんなところで。また明日、学校でね」
「えっ……」と竜胆が小さな声を漏らす。
「もう帰るん? 晩ごはんとか行けへん?」
「行きたいんだけどね。実はぼく、このあとここで用事があって」
「そ、そうなんか。……ほんなら、ここでお別れやね」
と言いつつ、竜胆は中々歩き出さない。
「……竜胆?」と呼びかけると、
「審査、頑張りや。ええメンツ集まったらええなあ?」
最後にジャブをかましてきた。
「頑張るよ」と苦笑して、手を振り合う。
ぼくは明治通り側に、竜胆は改札側に向かってそれぞれ別れた。
しばらくして竜胆が完全に見えなくなると、ルミナが隣にふわーっと降りてくる。
『楽しかった? 楽器屋デート♪』
デ、デートって……止めてよ……。
意識したら今更ドキドキしてきちゃったじゃん……。
『あはっ。童貞♪』
うるさいなあ!? 割と自然に話せてたでしょ今日は!?
……いや違うか。竜胆のコミュ力が高すぎて、ぼく程度でも成立してただけか。
危うく思い上がるところだったな。
『あはっ、新月はもうちょい自惚れなよ。一日見てたけどホントにイイ感じだったよ?』
ルミナがこてんと首を傾げる。
『――ねえ、どうしてバンドに誘わなかったの?』
え……そりゃあ勿論、誘えるもんなら誘いたいよ。
でも流石に高嶺の花すぎるでしょ。やんわりと釘も刺されてたしね。
『もう頑張りたくなーい、って言ってたやつ?』
そうそれ。最後もせいぜい頑張れよって感じだったしさ。
『でもさー、案外言ってみたら「しゃーないなあ」ってやってくれるかもしんないよ?』
まあ……確かに、言うだけ言うはアリだけど。
『なりふり構ってる余裕もないでしょ? アタックしてみなよ!』
………………うーん。
いや、やっぱり止めとこうよ。無粋だと思う。
『無粋?』
「うん」と頷き、ぼくは今一度【kanon_Rock】のミンスタを開く。
実は今日遊んでるときも、隙を盗んで上から順に結構見てた。
だけど全く見切れなかった。
投稿されてる演奏動画は、何度スクロールしても尽きないほど沢山あったからだ。
一体どれぐらいの頻度で投稿してるんだろうと確認してみると、全ての投稿にハッシュタグ【#1day_1play】が紐付けられてるのを見つけた。
つまり竜胆は必ず一日一個、こんな難しい演奏動画を上げ続けていたってことになる。
それって本当に凄まじいことだ。
どれだけ好きなことだろうが、得意なことだろうが、継続っていうのはとにかくしんどい。
それでも竜胆は、毎日サボらず積んでたんだ。
その強さを思えば心が震えるし、ぼくはこういう努力ができる人間を尊敬して止まない。
……だけど、
『――うちはもう、な~んもやる気ありません……』
そんな竜胆が、折れてしまった。
言葉通りに、【kanon_Rock】の投稿は三ヶ月前で止まってしまっている。
「……きっと、何か事情があるんだよ」
少なくとも、今日出会ったばかりのぼくがずけずけ踏み込んでいい領域じゃない。
だったらせめて触れないでいてあげるのが、その…………何だ。
友達としての思いやり、ってやつなんじゃないのかな?
『――……本当に、そう思ってる?』
不意に、ルミナが不気味な笑みを浮かべる。
ぼくは思わず足を止めた。
「な、何。ぼく何かズレたこと言ってる?」
『別にー? それより止まんないでよー。あたしもう入っちゃってイイ?』
朝の一件を思い出して、絶対やめろと言い返す。
言われた通りに足を動かし、ぼくは再び楽器屋街に向かっていく。
目的はもちろん、ルミナに試奏してもらった上で、改めてギターを買うためだ。
『あはっ。浮気デートだね~?』
い、言い方悪いぞ。……確かに嘘ついちゃったけど。
胃が重たくて、ぼくはため息をつく。
かなり後ろめたいけど、でも仕方ない。
あんな達人の前でルミナを弾かせたら、素人がこんなのあり得ないって見抜かれちゃう。
そうなったときにぼくらの関係がどうなるか想像もつかないし、言い訳も思い付かない。
今後も竜胆の前では、力を隠さないといけないな。
(……友達、か)
お互い、言えない何かを抱えてるのに。
まあ人間関係なんてそういうものかと分かりつつも、そのことが少し寂しかった。
「今日、楽しかった。付き合ってくれてありがとう……っと」
【kanon_Rock】に初めてのDMを送ってみる。
どうせぼくなんて、沢山いる友達のワンオブゼムに過ぎないんだろうけど。
せめて今後も上手くやりたいなと願いつつ、ぼくはルミナと楽器屋に入っていった。




