3-8:19万も持ってない御茶ノ水
御茶ノ水、って聞くと何を想像する?
ちなみにぼくは椎名林檎の【丸の内サディスティック】。もう名曲中の名曲なんだけど、最初に歌詞を知ったときは少し不思議だった。なんでリッケン620っていう楽器名の後に19万が出てきて、そこから御茶ノ水なんだろう? って。
でも実際に来てみたらすぐ分かった。
御茶ノ水は楽器街なんだ。
それも都内で一番のね。
どれぐらいすごいかって言うと、駅を降りてすぐ明大通りっていう大通りがあるんだけど、通りに面してるお店のほとんどが楽器屋ってぐらいだ。
品揃えだってもちろん最高。
実際に色々試して楽器を選ぶなら、こんなに良い場所はない。
『――来たよ来たよー、御茶ノ水ーっ!』
改札から出るなり、ルミナのテンションは最高潮だ。神田川の橋の上を飛び回っている。
かく言うぼくもマイギター購入という一大イベントにかなりワクワクしてるんだけど、一緒にはしゃぐのが今は難しい。
なぜかというと、
「――来たで来たで~、御茶ノ水~!」
隣に竜胆がいるからだ。
「まさかついてきちゃうなんて……」
「ええやん、ヒマやってんもん。……あんたのことかって放っとかれへんし」
「え? ぼく?」
「ぼくやぼく。何で自覚ないねんな?」
じろり、と竜胆がぼくを睨む。
「急に転校してきて『俺はロックスターになる』『萩月祭で伝説を作る』とかイキったこと言うたくせに、そもそも萩月祭のことなーんも知らんし。そのくせ自信満々やから何やスゴい経歴でもあるんか思たら、始めて一ヶ月も経ってへん素人やし。しまいにはギターも持ってへんとか言い出すんやで? どないなってんねんホンマ」
「ね。どないなってるんだろうねホンマ……」
「おまえの話やおまえのっ! ……そんなんやから浮いてもて、誰にも頼られへんやろし?」
竜胆がなぜか嬉しそうに、ぼくの背中をばんばん叩く。
「しゃーないからうちが特別に助けたる。友達やからなっ」
「助けたるって……え?」
「どうせギターのこともよう分かってへんのやろ? あんたみたいなんが一人で行ったら、初心者セットっちゅー音の鳴るゴミ掴まされるか、ESPあたりの口上手い兄ちゃんに高いの買わされてローン組まされんのがオチやからな。うちが色々教えたる」
ぼくは目を丸くする。
この口ぶりはまさか……、
「竜胆って、音楽やるの?」
「……ん。ギター囓っとったよ」
竜胆がすうっと目を細める。
「もう、止めてもうたけどね」
「へええ……どれぐらいやってたの?」
「そんな大してやってへんよ」
にやり、と竜胆が笑う。
「ほんの10年ほどや」
「え!?」
「いやー、もう止めてもーてんけどなあ。今日はあんたのために試奏したらなあかんからなあ」
しゃあなしやで? ともったい付けて、竜胆がぐるぐる肩を回す。
「――特別にナマで見したるわ。……うちの腕前」




