503話 虎哉宗乙、その教え
第七回一二三書房WEB小説大賞コミカライズ賞をいただきました。ありがたいことです。
予約しておいたと思ったら、されてなかったので、慌てて投稿。3分遅れです。やっちまったなぁ。
ども、坊丸です。
現在、師である虎哉禅師に口角を無理矢理に上げられている坊丸です。
どうしてこうなったのかと言うと、本日、瑞龍寺の塔頭、虎哉禅師が住持を務める瑞雲院に訪問した後まで遡ってお話せねばなりませぬ。
本日、自分は交代勤務で言うところの深夜勤務からの明けでして、一休み後に師父殿を訪ねたわけです。。
あ、ちなみに、戦国時代に労働者を守る法律なんぞございませんので、奇妙丸様の小姓衆の勤務には日勤とロング夜勤、明けと休日の四種類しかございませんよ?
まぁ、信長伯父さんについてる小姓衆は長く小姓衆を務めいてる人が日勤、それ以外は二十四時間勤務で何となく交代で寝る時間を確保すると言う封建社会らしい滅私奉公なシステムですから、奇妙丸様のところはなんぼもマシってもんです。ええ。
閑話休題。
そんなわけで、虎哉禅師にご挨拶し、佐久間盛次殿の訃報をご報告の上、一緒に診察してからの経過について説明しました。
「そうであったか。盛次殿は彼岸の人となられたか」
「はっ。我が力、及ばず。葬儀への参加は故あって叶いませぬが…。禅師の読経のもと、冥福を祈りたく、存じする」
「相わかった。では、本堂のほうへ参ろうか」
本堂の釈迦如来像の前にいるのは、自分と師の二人のみ。虎哉禅師が、観音経、般若心経、大悲咒を盛次殿と自分のために読経してくださりました。
読経の後、僅かな間をおいてこちらに向き直る虎哉禅師。
「以上となる。坊丸よ、心は晴れたか?」
「はっ。幾分かは」
そう、答えるしかない。そう思って答えると、虎哉禅師から表情が抜け落ち、半眼であるにも関わらず、こちらの心の奥を見つめてくるような独特の眼力でこちらを見てきます。
「ふっ。嘘を申すな。宜しい、師として、仏門にある者として、坊丸の心にある悲しみ、悔しさを減らすのを手伝ってしんぜよう。まずは坐蒲を持ってきなさい。そして、拙僧の前に座るがよい」
はいはい。ここで坐禅ですね。なんだかんだ言って虎哉禅師も臨済宗の僧侶ですもんね。坐禅と公案で心の有り様を切り替えるきっかけをいただけるんでしょうね。
と、この時は素直に思っておりました。
坐蒲の上に座り、腰をしっかり伸ばしては結跏趺坐に足を組んでっと。ええっと、手は法界定印に目は半眼。視線を定めず見るとはなしにぼんやりと広範囲を視界に入れて…。鼻からゆっくりと息を吸って…。ゆっくりと吐いてぇ…。ただ呼吸にのみ意識を向けて雑念にとらわれず…。あっ、口から強めに息を吐いちゃた。
禅師が目の前を離れたぞ…。さっきの呼吸を違えちゃったからなぁ…。警策いただく案件かなぁ。あ、雑念増えた。息に集中して。
後ろに禅師が立ったから、肩に警策来るな。
って、口元、両口角に禅師の指が。ん?何事?
グイッて、イタタタた!半眼無理!なんだ?坐禅て心落ち着かせるじゃないのか?わけわかんねぇ!ああ、もう!
「こふぁいせんじ?なにふぉなふぁるのですかぉ?」
「ん?だから、指導してやっとるではないか?忘れたか?坊丸よ?この虎哉宗乙の教えを」
「おふぃえ?それよいもいふぁいのでふぅか」
「はぁ、これは忘れておるな?もうしばらくこのままじゃな。いつも言っておるではないか。『痛ければ痛くないと言え、悲しければ笑え、暑ければ寒いと言え』と。だからな、まずは形からじゃ。わざわざ師が口角を上げて笑いの形を思い出させてやっておる」
はい、そんなわけで、今、ここです。
あー、はいはい。確かに時々そんなこと言ってましたね、虎哉禅師は。へそ曲がりな教えだなぁ、と聞き流しておりましたよ。
少し痛いんですが…、しっかし、なかなかやめてくれませんね、口角を無理に上げるの。
あ、これ、自分から笑顔作らない止めてくれないやつか?
無理にでも笑顔を作って、と。
「ふむ、笑顔をつくれたな。そして、坐禅の形は崩しておらん。宜しい。大変に宜しい」
そう言うと、指を離してくれました。正面に回って自身も半結跏趺坐に法界定印を組む禅師。
無念無想に無理矢理笑顔。うん、禅宗の教えとしては常道から外れるし、なんかアンバランスだよね。
「坊丸。盛次殿のことで上手く行かなかったことを悔やむ気持ち、それに伴う弔いの気持ち。それはよく分かる。そして、それに囚われ過ぎなければ、人として正しい心根ではある。
が、そなた、盛政殿が伝えたという馬糞のことに話が及ぶと強い怒気がすぐに漏れ出ておる。馬糞のことがなければ、自分の技で救えた、と強く思い、拘り、怒りに囚われすぎておる。
そなたの話では、盛政殿も父の傷を治そうとわざわざ戦場から文を書いたのであろう?傷に馬糞は間違っているのやもしれぬ。だが、そなたはそこに父を思う子の真心があることを見落としておるのではないか?
そして、傷が悪くなるのに気づいてなお、子の知らせて来た内容を信じたいと思い、そしてその結果が悪い方に出てなお、子を責めることなく許した盛次殿の心の有り様を見落としているのではないか?
提婆達多はどこにでもおる。そして魔王波旬もまた、どこにでもおる。それこそ、己の信じる正しさが提婆達多や波旬になることもある。
ゆえに、今、そなたが見ている立ち位置とは逆の立ち位置に一度心を馳せよ。へそ曲がりの教えとは。これすなわち、心根の有り様を一つに定めず、逆の思いにすら心を持っていける様になれ、ということじゃ」
そうだったんだ…。単なるへそ曲がりだと思ってました。ほんと、すんません。
「はぁぁぁぁ、未熟者め。へそ曲がりの教えは半分は公案ぞ。それを師に解説させおってからに。よし、警策をくれてやる。へそ曲がりの教えを守り、笑顔のまま警策を受けよ!この馬鹿弟子め!」
坐蒲は坐禅の時に使う座布団のようなもの。このうえに腰を下ろして、左右に揺れると意外としっかり安定して結跏趺坐を組めます。ヨギボーが人をダメにするクッションなら坐蒲は人を悟りに導くクッションですな。
坊丸の言葉は「虎哉禅師?何をなさっておられるのですか?」と「教え?それよりも痛いのですが」と言っています。口角を無理に上げられながら。
提婆達多は仏教の教えを妨害すら存在。ただし、その存在により向き合うことで悟りに近づく事もできる存在でもあります。
波旬は、第六天魔王の名前。ただひたすらに仏の教えを妨害する純粋邪悪存在。武田信玄が天台座主信玄と書いてきた書状の署名を見て、返書に第六天魔王信長と洒落たお名前の署名をした元ネタ。
同じ妨害者でも微妙に立ち位置が違う、と作者は認識しております。
虎哉宗乙のへそ曲がりの教えの真意はなかなか分かりづらいものですが、ここでの解はこの場における一つの考えというもので、正解かは不明です。自分はへそ曲がりの教え自体が公案みたいなもので、多くの多面的な解があるものだと思っております。
なお、作者は坐禅体験は何度か参加しておりますが、禅宗に帰依しておりませんし、布教したいというものではありせん。この回は虎哉宗乙が盛政に対する良くない念にとらわれた坊丸に向かい合う回、という感じです。
虎哉禅師の師父としての姿を魅せたい回ですな。
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