502話 秋風寥吹、瑞雲院
ちょいと短めですが…。キリの良さでこうなりました。ご勘弁を。
2026/4/30に発表された第7回一二三書房WEB小説大賞にてコミカライズ賞をいただきました。
ありがたいことです。
ども、坊丸です。
犬山城から岐阜の柴田家屋敷に戻って数日。やっぱりというか、予想通りというか…、佐久間盛次殿の訃報が屋敷に届きました。
ですが、柴田家の御屋敷には今、その訃報で悲しんだり、対応策を考えたり、犬山城に急遽向かったりするはずの婆上様は不在なわけで。というか、むしろ訃報の書状に、佐久間盛次殿に嫁いたお千代さんの名前と並んで婆上様の名前が添え書きしてあるわけで。
葬儀の日程、柴田の親父殿の代理に留守居役のなかで一門衆の長老格、柴田角内さんを葬儀に派遣すること、婆上様が犬山で今しばらく働こと、訃報は悲しいことだが柴田家留守居衆は常と変わらず落ち着いて働くようにすることなどが記載されておりました。
そして最後に、一つ。
坊丸は葬儀には来るな、とのこと。本来は柴田家預かりの身であり親類縁者ではない事、本来の仕事である奇妙丸様の小姓役をしかと務めるよう、と。
むむむ。なんで、こんなこと書くんですかね。自分も盛次殿には主治医としてかなり関わってるんですけど!
まぁ、そんな自分の気持ちはさておき、柴田家一門衆の柴田角内さんと留守居役の文荷斎さんに今日のうちに連絡入れとくわけです。
え?訃報の文書を一番最初に読むのは留守居役の文荷斎さんじゃないのかって?
ほんと、それな。夕刻に小姓仕事から帰ってきたら、その直前に書状が届いたって留守居の若衆達が書状を前に唸ってるわけなんですよ。で、自分がどうしたと聞いたら、『そうだ、坊丸様に開けてもらおう、読んでもらおう』とか言い出す始末。
聞けば、文荷斎さんが帰宅後に犬山城から書状が届いたので、どうしたものか皆で思案していたとのこと。
下手に開封していいものか、開封したとしてその後の対応をどうするか迷って…、皆で思案していたとのこと。なかにはこう言う書状の対応は苦手とか言い出す奴も居やがるから、困ったもんですよ。
やむなく、自分が開封して皆に聞こえるように読み上げました。流石に、坊丸は葬儀に来るなの段落は読み上げませんでしたが。
そのかわり、大河内城攻めが終わったら、吉田次兵衛さんから若衆全員に読み書きの指導と文を受け取った時の対応を指導してもらうことにしました。柴田家の未来のために。ええ、面倒を押しつけようとしたのに対するお返しなんて思いは一寸も一分もございませんですよ、ええ。
で、翌日。
自分が登城する前に来てくれた文荷斎さんと柴田角内さんに書状を見せて状況説明。
最後の段落については苦笑いしながら軽い感じで説明しときました。
が、それを受けて文荷斎さんからもやはり「行くべきでない」の一言が。
「坊丸様が盛次殿の菩提を弔いたい気持ちに嘘偽りが無いことはよく分かり申す。そして、短い時間とはいえ、金瘡医としての関わり、濃密であったことは先日の様子をみれば、私とて分かり申す。そして、盛次殿を救えなかったことをおおいに悔やんでいることも。
大奥様は、盛次殿の葬儀に坊丸様が参加することで、再び悔やんでしまうこと、その気持ちに囚われてしまうことを懸念しているのでしょう。
大奥様の仰られる通り、坊丸様の本義は奇妙丸様の小姓としての役割。金瘡医としての仕事は盛次殿、柴田家との関係から発生した余儀。そこを履き違えてはならぬ、ということにござりましょう」
「そう、ですね。文荷斎さん。ありがとうございます」
「いえいえ。大奥様の言いたいことが本当にこうなのかは分かりませんから。そう、坊丸様より少し長く生きているからこそ、少しばかり助言したくなったということ、でしょうか」
「本当に、ありがとうございます。文荷斎さん」
「ハッハッハ。それほど、感謝されることではないかと。それと…。こういう時こそ、師を頼るのもいいかと存じまする。道に迷った時こそ、大悟した師に道を照らしてもらうよい機会かと」
そうだ、自分には瑞雲院住持の虎哉禅師という師がいたのでした。
盛次殿の診察にも付き合っていただいたし、盛次殿逝去の連絡をしつつ、瑞龍寺にて盛次殿の冥福を祈るのも良いかもしれない。
葬儀に来るなってだけで、供養の心根を否定されたわけじゃないし、ね。うんうん。
よし、小姓仕事の休みの日に瑞龍寺の塔頭、瑞雲院に虎哉禅師を訪ねてみますか。虎哉禅師に読経をお願いして、一人菩提を弔うというのも良いかもしれない。
で、数日後、時間を作って岐阜城下の瑞雲院を訪ねたわけですが…。
今、自分の背後に回った虎哉禅師がその指で自分の口角を無理に上げているという状況になっております。
ハッハッハ。虎哉禅師、指の力、少し強くないですか?ちょいと痛いんですが?
やれやれ、どうしてこうなった?
瑞雲院は瑞龍寺の塔頭。塔頭は、禅宗における寺院内寺院とか、主たる寺院の脇寺という感じ。禅宗寺院で、祖師や門徒高僧の死後その弟子が師の徳を慕い、大寺・名刹に寄り添って建てた塔や庵などの小院のこと。ちなみに事実でも虎哉宗乙が瑞龍寺の塔頭である瑞雲院の三世住持を務めていたりします。
サブタイトルの由来ですが…。
土井晩翠の諸葛亮逝去に関する漢詩『星落秋風五丈原』、それを受けての吉川英治版三国志の諸葛亮逝去の回の副題が『秋風五丈原』、吉川英治版三国志をマンガ化した横山光輝三国志の同じシーンの副題『秋風五丈原』というのがあります。
今回のサブタイトルはこれを受けての本歌取りみたいなもの思っていただければ。
え?瑞雲院は最後の数行しか出ていないって?
うん、そんなもんです。
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コミカライズ賞については詳細が分かり次第、公表できる範囲で情報上げられれば。




