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「お待たせしました。では、行きましょうか」
シエ・スーミンが待ち合わせ場所に到着して程なく、ニクスがやってきた。見つかって悪いことではないがなんとなく心が用心をしろと警告しているかのようだった。静かに裏口の扉を開けて、目的地である忘れじの丘へと足を動かした。
忘れじの丘までは順調に進めば徒歩三十分くらいと比較的気軽に行けるちょっとした観光地のような場所だ。その美しさから絵本の題材になったり詩として扱われたりと幅広く、それだけでなくその丘には一定周期で流れ星が見れるという話があり、流れ星に願い事を念じると願いが叶うという噂もある。シエ・スーミンは自分の心の休養も兼ねてある願い事があった。それを強く念じれば叶うのだろうか……。でも、今はやってみるしかない。
「そういえば、さっき絵本の題材になったって言ってましたよね。どんな内容な
のです?」
ニクスが口を開いた。聞かれたシエ・スーミンはうーんと唸り、次第に険しい顔になり思い出しのかはっと顔を上げた。
「不確かだが……こうだったかな……途切れ途切れだったらすまない」
記憶を辿り、シエ・スーミンは静かに言葉を紡いだ。
~~
これはとある小さな女の子お話しです。女の子は生まれつき、目が不自由でした。
頼りにできるの自分の手の感覚と耳だけです。真っ暗な世界は女の子にとって当たり前なのですが、時々物にぶつかって壊してしまったり、周囲の人に迷惑をかけてしまう事もあります。生まれてからずっと慣れているとはいえ、周囲の人から怒られてしまう事にはどうしても慣れませんでした。女の子はお母さんに言いました。
「お母さん。あたしの目はいつになったら見えるようになるの?」
するとお母さんは息を飲み、こう言いました。
「大丈夫だよ。もうすぐお医者さんに診てもらえるからね」
女の子はすぐにわかりました。お母さんは嘘をついている。お医者さんに診てもらえる程裕福ではないことは知っていたし……。そんな時、女の子がお母さんに言いました。
「お母さん。あたしね、目が見えるようになったら見てみたいものがあるの」
「何を見てみたいんだい」
「あたしね、流れ星っていうのを見てみたい。お星さまがきらきらしているのを
見てみたい」
「そうかい。そうしたら、いい場所があるから行ってみよう」
そう言ってお母さんは女の子の手を引いて流れ星が見れるという場所へ連れて行きました。
雲一つなく、綺麗な夜空に浮かんでいるのはパンケーキのような真ん丸なお月様。お母さんは女の子に空の状態を細かく説明します。説明が終わり、お母さんは女の子にこう言いました。
「ここでお願いごとをすると、叶うっていうお話があるんだ」
「そうなの? あたし、お願いしてみる」
そうして女の子は両手でぎゅっと握り、お願い事をしている様子でした。実はお母さんもこの子の目に光が宿ってくれないかと思っていたところでした。この子には幸せになってもらいたい。そんなすがる思いできたこの場所に不思議な力があるのなら、この子の目に光を宿してください。
そんな時でした。隣で女の子が嬉しそうにはしゃいでいました。普段はしゃぐことが少ないから驚いていると、女の子の口から信じられない言葉が出たのです。
「わぁ、お母さん。お月様って綺麗な黄色をしているのね。夜空ってこんなに深
い色をしているのね。ねぇ、お母さん。こっちを向いて」
女の子の言う通りに顔を向けると、女の子の目には涙が浮かんでいました。
「お母さん……あたし、今、お母さんの顔がしっかりと見えるよ」
「え……まさか」
「うん。お母さんが泣いているのわかるよ。お母さん」
なんということでしょう。さっきまで見えなかったのに、今では月の色や空の色、更にはお母さんの顔から涙が流れていることが分かるまでに……。これは、奇跡なのでしょうか。
「目が見えるのかい?」
「うん! お星さまにお願いしたら見えるようになったの! それからね、何回
もお星さまがきらきらしていて、まるであたしたちにウインクしているみたい
だった。綺麗だね」
お母さんは嬉しさのあまり、女の子を力強く抱きしめました。女の子は苦しいというもお構いなしに抱きしめていました。
それから女の子とお母さんは幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし
~~
話終えると、ニクスから小さな拍手が起こった。記憶が曖昧ではあるが確かこのような内容だったと告げると更にニクスは頷いた。
「願い事が叶うっていかにも絵本に選ばれる題材ですね。でも、感動しました」
「私が小さい時、何度も読み聞かせてくれたんだ。だから、この話が大好きで
な」
「今でもその噂が本当ならいいですね」
「ああ……そうだな」
心からそうだと思って返事をしたつもりだったのだが、ニクスにはその返事が悲哀を含んでいるように感じたのか、到着するまでの間、口を開かなかった。
忘れじの丘に到着した時は、日も暮れて鮮やかなオレンジ色が空を染めていた。遠くで鳥の鳴き声が聞こえもうすぐ夜がやってくる事を告げる。
「綺麗っすねー」
「ああ。こんな綺麗な夕日を見たのはいつぶりかな……」
少し小高い場所から見る夕日はまた格別で、あのピリピリした雰囲気が漂っていた日を忘れさせてくれる。しばらく何も考えず夕日を眺めていると急にひんやりとした空気が横切る。体をぶるりとさせたシエ・スーミンは上着を持ってきてなかった事を後悔した。
「お寒いんで?」
「……ああ。大丈夫だと思っていたのだが……やはり持ってくればよかった」
「俺の使ってください」
そう言ってニクスは上着を脱いでシエ・スーミンにかけた。
「……お前は寒くないのか?」
「これくらいならへっちゃらです。どうぞお使いください」
「……すまない」
直接的な温もりのほかにどこか間接的な温もりも感じたシエ・スーミン。少しの間、ニクスを直視できなかったのはなぜだろうか……。
「ここ……なんか落ち着きますね。俺、初めて来たんですけど、なんか好きで
す」
「私も初めて来たのだが……いいな。ここ」
オレンジ色に染まっていた空も、徐々に見えなくなっていき代わりに黒色のカーテンが空を覆う。完全にカーテンが閉まると上空には小さな瞬きが一つまた一つと増えていく。ちかちかと輝くのはまるで宝石のよう。手を伸ばせば取れるのではないかと錯覚をしてしまう程近くに感じた。瞬きはあっという間に夜空に散りばめられ、どこを見ても空は輝いていた。
「すげぇ……」
「これは……」
二人はその圧倒的な輝きの多さに言葉を失う。寒さも忘れて見入る二人に小さな筋が流れた。
「スーミン様。もしかして……」
「あれか……流れ星」
シエ・スーミンは力強く、そして心からある願いを込めた。どうかこの願いが叶いますように……。
「……さて、そろそろ帰るとしようか」
「そうですね。さすがに夜道は危険ですからね」
二人は宝石の瞬きを頼りに自分たちの城へと向かった。あの絵本の事が本当ならば、この願い事も叶えて欲しい……帰路の途中でシエ・スーミンは心からそう思った。
城へ着き、シエ・スーミンは自室へ戻る際にニクスに上着を畳んで返した。
「すまない。とても助かった」
「いーえ。お風邪引かないようご自愛ください。では、また明日」
上着を受け取り、ニクスは自室へと帰っていった。その後ろ姿が見えなくなるまでシエ・スーミンは見送った。
「……あいつには世話になりっぱなしだな……」
自室に着いたシエ・スーミンは呟いた。いつも悩み事を聞いてくれるし何処へ行くにもついてきてくれる……そんなニクスにシエ・スーミンは心が動かされつつあった。
「……ん? 私があいつに……? そんなまさか……な」
ゆっくりと頭を振り、そんなことはないと自分に言い聞かせる。洗面台に立ち冷たい水で顔を洗い気持ちを切り替え、ベッドに横になる。
「……今日はいい気分転換ができた。明日からも頑張ろう……」
心が満たされていく心地よさに浸りながらシエ・スーミンは床に就いた。




