2-7
真っ白の先に現れたのは、汚いフラスコや焦げ付いた鍋等が無造作に置かれた部屋だった。このフラスコには見覚えが……と思ったとき、ここがオルロの研究所だということに気が付く。
「……無事に戻ってこれたのですね。よかった」
「な……何事もなくてよかったですぅ」
「……ニクスさん。もし、座標とかが間違っていたらどうなっていたのです
か?」
「あくまで想像だが……手足の一つが無くなっていてもおかしくないってところ
か」
「そ……そんな……。あ、あははは……」
聞き覚えのある声が全員分聞こえたことにほっとしたシエ・スーミンは、晴れてこの任務が無事に成功したことを実感する。
「あ、スーミン様。報告は後でもいいと思います。今は少しだけでも休んでいて
ください」
「……そうは言ってもな。報告もせねばならないのだが……」
「今は体調を整えるのが先です。帰ってきたとき、ぐったりした顔で皇帝に会う
おつもりですか?」
「……さすがにそれは。……ならば仕方ない。少し休ませてもらおう」
「で、でしたらこちらへ」
オルロが休憩できる部屋へ案内している間、他の三人も緊張の糸が解れすとんと眠りに落ちてしまった。それからしばらく一行はオルロの研究所で体を休めるのであった。
自然に目が覚めたシエ・スーミンは体を起こし軽く伸びをする。後ろの竜たちも心なしか気持ちよさそうな顔をしている。ベッドから降り、軽く身支度をして広間に向かうと、そこにはそれぞれが体を休めている光景が映っていた。
「……今回はかなり大変だったな……。協力してくれて感謝する」
小さく感謝の意を述べ、皆の目覚めを静かに待つ。待っている間、シエ・スーミンは皇帝にどうしたら簡潔に報告ができるかを考えていた。今回はやはりオルロの協力なくしては封印なんて到底できなかった。なので、オルロの事はもちろん報告をするし、オルロという素晴らしい錬金術を紹介してくれた皇帝に感謝を述べる。それと、今回もあったあの胸の痛み……あれは報告するに値するか……悩んでいると小さな戦士がゆっくりと起き上がった。
「あ……スーミン様。もうお体は大丈夫なのですか?」
「ああ。おかげ様でな。気を遣って貰ってばかりですまない」
「い……いえ」
まだ少し眠いのか、目をこすり始める龍麗。ふうとため息を吐き、体を少しずつほぐし始める。それから徐々に目を覚まし始め、各々出発する準備を整える。
「あ、皆さん。ご出発ですか」
元の衣装に戻ったオルロが声をかける。相変わらず紫色のドレープカーテンはゆらゆらと揺れていた。
「ああ。そろそろ出発しようとしていたところだ。そして、オルロ。お前も城に
来るんだ」
「え……ええっ! わ、私がですか?」
まるで意中の人から愛の告白を受けたかのような反応だった。今回は誰が何と言おうとオルロの調薬や魔術があったからこそに成功したのだ。その成果を皇帝に報告しないという選択肢はない。
「ああ。お前の活躍をぜひ皇帝に報告したい」
「あ……あわわわわ。ちょ……ちょっと準備してきま……ふぎゅっ!」
自室の前で盛大に転んだオルロ。最初は頼りないと思っていたのだが、今はそうではなく頼りになる錬金術師と思えるようになった。
「お……お待たせしました」
オルロの準備が整ったということで、一行はオルロの魔術で城までの転移を行った。座標はニクスがしっかりと把握していたため、オルロはそれに従って魔法円を描くだけだった。ニクスとオルロが詠唱を始め、魔法円に魔力を注いでいく。魔法円が白く光りだし、全員を包み込んでいく。光と光が重なり合った時、魔法円の中にいた人影はいなくなっていた。
ニクスの合図と共に足を一歩踏み出すと、そこには自分達の拠点である城が目の前にあった。ただ、いきなり現れると警備班に驚かれてしまうことを防ぐため、わざと少し距離を離しての帰還となった。
「なんか何日もいなかった気がします……」
「そうだな。早く報告を済ませるとしようか」
「あぅ……き、緊張します……」
「そんな緊張しなくても皇帝は気さくな方だ。心配しなくてもいいさ」
「……先日、皇帝と話す直前まで緊張していた奴のセリフとは思えんな」
「そっ! それは……」
雑談を交わしながら城へと向かう。警備班に挨拶をし、城内へ入るとシエ・スーミンの帰還を待っていた兵士達が矢継ぎ早に挨拶や質問のシャワーを浴びていた。シエ・スーミンも対応したいという気持ちはあるものの、今は皇帝への報告が先だということを告げて王の間へと歩を進める。
王の間に着き、緊張したオルロが金魚のように口をパクパクさせる。ニクスも落ち着かないのかしきりに深呼吸をしている。一同の準備ができたことを確認すると、シエ・スーミンが王の間の扉を叩く。中から皇帝の声が聞こえたのを確認してから、扉を開ける。そこには先日と変わらず皇帝と皇妃が柔らかい笑みを浮かべこちらを歓迎する。皇帝の脇には侍女が控え、何事にも対応できるよう待機している。
「よくぞ戻られた。シエ・スーミンよ。此度の活躍、ご苦労であった」
「はっ。早速ではありますが、ご報告を」
シエ・スーミンは今回の封印についてかいつまんで報告をした。帰還が遅くなってしまったことについては、全員の体調を考慮しての判断と報告をした。
「なるほど理解した。そして、錬金術師オルロ・ソルシエ」
「はっ、はひっ!」
突如名前を呼ばれたオルロは、驚きのあまり声が裏返った状態で返事をしてしまった。恥ずかしかったのか、返事してすぐに顔が赤くなっていた。
「今回の封印依頼に協力していただき、心より感謝します。手紙という連絡手段
で申し訳なかった」
「い……いえ。その……」
「そなたのような錬金術や薬学の知識があるものでないと、今回の封印は不可能
であった。宜しければまたお力を貸していただくことは可能だろうか」
「わ……私でよければ……」
おずおずと答えるオルロ。その返答に満足そうに微笑む皇帝。皇妃と顔を見合わせた後、小さく頷いた後にこう続けた。
「もし、よければのお話なのだが……研究所をこの城の地下に用意させようと考
えていたのだが……いかがかな。もちろん、警備の面はばっちり、必要な器具
などがあればすぐに用意させよう」
オルロにこの城へいてほしいという少し遠回しな言い方だったが、それは皇帝なりのオルロの実力を認めたということだろう。いきなりの提案に困っているオルロに皇帝は今すぐでなくてもいいから返事が欲しいと優しく言った。
「皆の者、今回の封印依頼を受けてもらったこと、そしてその依頼をこなしてく
れた事、重ねて感謝する。褒美は後程とらせるから受け取って欲しい」
後ろで侍女が深々とお辞儀をした。「後で私が持っていきます」と言う代わりだろうか。
「さて、今晩はささやかながら食事を用意させてもらおう。オルロ殿もゆっくり
していってほしい」
「は……はい。そ、それは嬉しいのですが……気になることがあります。お尋ね
してもよいでしょうか」
オルロは声の中に緊張を含ませながら皇帝に尋ねた。それに皇帝は首を縦に動かす。
「今回、私が持っている薬学や魔術ででできることとできないことがわかりまし
た。できることは対象物のやる気を低下させたりこちらの士気を上げたり……
それと、できないことは……」
「……できないこととは?」
「っ! オルロ、それは言わなくていい」
ぴんときたシエ・スーミンは止めに入るもオルロの眼差しは真っすぐ皇帝を見据えていた。
「できないこと……それは……シエ・スーミン様は持病をお持ちですか?」
「……ほう」
さっきまでの優しい笑みから一変、表情に陰りを見せた皇帝。その変貌にオルロは怯んだが、これは言わないといけない気がしてという気持ちが勝っていた。
「はい。邪竜と対面する前、最後に剣を振るおうとした時、シエ・スーミン様は
胸を抑えてその場にうずくまってしまう様子がありました。私は治癒魔術を展
開させました。ニクス様も手伝ってくれました。だけど、シエ・スーミン様の
様子は良くなる事はありません。自然と治まるのを待つくらいしかありませ
ん。皇帝、なにかお心当たりがあるのではないでしょうか」
その場は一瞬、凍り付いた。皇帝と皇妃、それとシエ・スーミン。他にも侍女までもがぴしりと固まってしまった。まるで触れてはならない領域に足を踏み入れてしまったかのように。
「……オルロ。それは誰から聞いた」
「……言えません」
「言えっ! 誰から聞いたのだ」
「……すみません。スーミン様」
静かに手を上げたのはなんとニクスだった。それを見たシエ・スーミンは顔を真っ赤にしてニクスの胸倉を掴んだ。
「貴様っ! 何故勝手な事を言った!」
「……言わなきゃダメっすか?」
「なんだと……?」
逆に反撃を受けたシエ・スーミンは動揺した。手を離したシエ・スーミンはニクスの返答を待った。
「こんなに周りに心配をかけておいて黙っておけなんて良く言えますね。俺ら、
ずっと心配してたんすよ? 前回のグエリアスの時もそう、今回の封印の時も
そう……」
「ニクス……」
「周りに聞き込みとかしても、皆知らないばっかりで……だから、この際皇帝に
聞こうってなったんです……」
「はぁ……シエ・スーミン。その痛みを感じる時が来たのか」
「……」
無言をそのままの意味で捉えた皇帝は、仕方ないとばかりにため息をついて立ち上がった。そして、静かに口を開いた。
「シエ・スーミン。お前は次期私の後を継ぐもの。そして、その痛み……何か脈
打つものがあったと思う。それは、お前がある掟の条件を満たしたことを意味
する」
「お……掟ですか……?」
「そうだ。それは、変えることができない掟だ。私もその掟に従った者の一人で
もある」
「その掟とは一体どのような内容なのでしょうか……」
皇帝は皇妃と見合わせ、頷く。皇妃は困った顔をしたのだが、最終的には首を縦に動かさざるを得なかった。
「その掟とは、次期王位継承者が皇帝を殺すこと。期間は次期後継者が痛みのよ
うな発作が起きた時。そして、その発作から半年以内に現皇帝と剣を交わし合
うというもの。それは、実の父親、娘関わらず問答無用。覚悟なき後継者に用
はない。迷いある者には……」
表情が冷たいものになりながら、声色のそれについてくる。まるで冷凍室にいるかのような寒気が背中にずっと張り付いている。そして、その寒気は次第に殺気へと変わり、シエ・スーミンに絡みつく。
「貴様に務まるか楽しみだ」
そう発した皇帝。何かがばたんと倒れる音がして、そちらに視線を移すと龍麗が気を失っていた。緊張や皇帝の殺気に充てられたのか、声をかけても揺すっても反応がなかった。
「今日のところは楽しんでいってくれ。だが、悠長にできるのも残り僅かだとい
う事を忘れるな……シエ・スーミン」
「……はい」
シエ・スーミンはその二文字を返すのがやっとだった。呼吸は早くなり額からは嫌な汗がだらだらと流れていた。皇帝はそのまま席を後にしたのだが、皇妃はまだその場におり、侍女に担架の準備をするよう伝える。そして、ゆっくりとした足取りで龍麗の看護にあたった。
「龍麗……ごめんなさいね。怖かったでしょ……もう大丈夫だからね」
慈しみに溢れるその対応に誰しもがほっとした。優しく頭をなでていると、ゆっくりと目を開き皇妃に膝枕をされていることに気が付くと、顔を赤らめながら後ずさった。
「あらあら。びっくりさせちゃったかしら。でも、もう少し休んでいないとダメ
よ。龍麗」
扉が静かに開き、担架を持った救護班がやってきた。龍麗は少しの間大丈夫だと言ったのだが、救護班から休むように強く言われてしまった為、しぶしぶ担架に乗り、救護室まで運ばれていった。残ったニクスとレイファは皇妃に二人にして欲しいと促されて、王の間を後にした。
「……さて。二人っきりになれたわね。また私のわがままに付き合ってくれるか
しら?」
「……はい」
皇妃に手を引かれて王の間を出る。そしてそのまま皇妃の部屋まで手を繋いだまま向かった。まるで娘と親が逆になってしまったかのような無邪気さにシエ・スーミンは断るとはできなかった。
「お茶をいただけるかしら」
「はい。ただいま」
侍女にお茶をお願いし、椅子に腰をかける。シエ・スーミンもそれに続くように座る。
「今日はね、あなたにお話しておかないといけないことがあるの」
「それは……私のあの掟に関係があることですか?」
その問に皇妃は首を横に振った。そうではないとの答えだが……。
「実はね……残りが僅かなのよ」
「残り……僅か?」
静かに言葉を紡いだ皇妃。その意味はゆっくりそして速度を増して脳へと直撃する。
「……っ」
その意味を理解した時、シエ・スーミンの体に電撃が走った。今見る限りでは元気そのものなのだが、何かが皇妃の体を蝕んでいるという事。
「で、でしたら……オルロに話してみては……」
「ありがと。とっても嬉しいわ。でもね……もう遅すぎちゃったみたいで……」
そう言って皇妃は胸元をシエ・スーミンに見せた。そこには黒いシミのようなものがあり、あちこちに広がっていた。
「これがね、お腹とか背中にまで広がっていて。見た目はこうだけど、中
も……」
皇妃は更に衣服を脱ごうとボタンに手をかけたが、それをシエ・スーミンは制した。見せなくてもその先はなんとなく察してしまったから……。
「……っ! ……ぁさん」
「ごめんなさいね。こんな形でしか伝えることができないお母さんで」
「っ! お母さんっ!」
「おーよしよし。ごめんなさいね。悲しませちゃったわね……よしよし」
シエ・スーミンの感情は爆発し、母親の胸元で泣きじゃくった。張りつめていたものがぷつんと切れ、もう抑えることができなくそれらは濁流のように押し寄せてくる。延々と泣き続けるシエ・スーミン。それを微笑みながら頭を撫でる母親。まるで誰かにいじめられた子供と親を象徴する構図となっていた。
「うふふ。本当にあなたは可愛いわね」
他人事のように笑う母親を、まだ感情の整理がついていないシエ・スーミンは涙の残る眼差しで見据える。
「……お母さん」
「ごめんなさいね」
大きく息を吸い、大きく息を吐きなんとか気持ちを取り戻したシエ・スーミンはいつの間に運ばれていた紅茶に手を伸ばす。じんわりと温まり更に気持ちの整理に油を注いでくれる。
「……いつ頃からなのですか?」
「そうねぇ……気が付いたらと言ったらあやあふやかもしれないんだけど……」
「お父様はその事を……」
「いいえ。これはあなたと侍女だけが知っているわ。あの人には余計な心配をか
けたくないから……」
「余計なことなんて……」
「いいの。これは私が決めたことだから。あなたも言わなくていいのよ?うふ
ふ」
「ですが……」
「さぁさっ! 重い話はこれまでにして、お茶にしましょ!」
手をパンと叩き話題を切り替える。それを合図に侍女がトレーに何かを載せてやってきた。それは焼き立てのワッフルにバニラのアイスクリームがのったシンプルなスイーツだった。テーブルに並べ終えると次に小さなピッチャーを静かに置いた。中には茶色い液体と鮮やかな赤い色をした液体が入っていた。
「茶色い液体はメープルシロップで、赤い液体はイチゴシロップです。お好みで
どうぞ」
侍女が簡潔に説明し、一歩下がる。皇妃は迷わずメープルシロップに手を伸ばし、あつあつのワッフルの上にかけた。とろりとした液体がワッフルとバニラアイスクリームを甘く彩っていく。ワッフルをナイフとフォークで食べやすい大きさに切り分け、その上にたっぷりとバニラアイスをのせて頬張る皇妃。
「んーっ! 冷たくってあったかくって美味しい!」
皇妃の言葉がにわかに信じられないシエ・スーミンは皇妃にならって小さく切り分け、その上にアイスクリームをのせて口の中へ。
「ん! あっつい? 冷たいっ!」
熱いのか冷たいのかはっきりしない不思議な感覚が口の中で踊りだし、治まった後には違う味で不思議な感覚を体験したくなるという面白い連鎖となり、二人はあっという間にワッフルを平らげてしまった。
「これは……また面白い食べ物ですね」
「そうでしょ? はっきりしないけれど、それが面白い食べ物で気に入っている
のよ」
侍女がカップに新しい紅茶を注ぎ、ミルクを添えた。出された紅茶にはミルクが合うというのだろうか。シエ・スーミンはほんの少しミルクを入れてかき混ぜる。小さな渦がミルクと紅茶を巻き込み、次第に綺麗なクリーム色に変わった。
「……コクがあって美味しい……」
茶葉のコクとミルクのコクが合わさり、絶妙のハーモニーを奏でる。
「喜んでもらえて良かったわ。うふふ」
皇妃もミルクを入れて紅茶に口をつける。途端、急に咳込みカップが乾いた音を立てて砕け散る。
「っ! お母さんっ」
「皇妃様」
シエ・スーミンと皇妃はすぐに駆け寄り、容体を確認する。
「だ、大丈夫よ。紅茶が変な所に入ってしまっただけよ。驚かせてごめんなさい
ね」
「皇妃様。お怪我は」
「ううん。平気よ。だけど……」
「気にしないでください。カップの一つや二つ。それよりも皇妃様のお怪我が心
配です」
「平気よ。心配してくれてありがとう」
咳込む母親を見たシエ・スーミンはまた瞳に涙を浮かべた。さっきの話が本当なら……。
「? なんで泣いてるのかしら?」
「……っ」
「ほらほら。こっちにおいでなさい」
再びシエ・スーミンを優しく包む皇妃。安堵したシエ・スーミンはまた泣きじゃくる。
「……あなたは本当に優しい子よ。誰よりも優しい子。優しい子に育ってくれて
とっても嬉しいわ。私の大好きな大好きなシエ・スーミン。だから、泣かない
の」
「っ……お、ぁさん」
「もう。どうしちゃったの。大丈夫よ。私は元気よ」
「うっ……っ……うぅっ……」
大丈夫と言われると涙が溢れる。撫でられると嗚咽が止まらない。安心すると我慢ができなくなる。全てが合わさると悲しみが加速する。
皇妃が何かを合図をすると、侍女は軽く会釈をして退席をした。皇妃の部屋はしばらくシエ・スーミンの号哭に包まれた。
「……もう……大丈夫です。っ……」
「あらそう? 少しは落ち着いた?」
「……はい。驚かせてすみません」
「ぜーんぜん。感情に素直になればいいのよ。嬉しい時は思いっきり笑ったり、
辛いと思ったら誰かに話を聞いてもらったり。感情を抑えつけるのってとって
も苦しいことよ。だから、さっきあなたが思いっきり泣いたということは感情
を素直に出したということよ。何も恥ずかしいことじゃないわ。むしろ、素直
になってくれてありがとう」
「……っ。お母さん……」
「よしよし。あっ、そうだ。いいこと思いついちゃった」
悪戯を思いついた子供のような顔をした皇妃は、今晩一緒に寝ようという提案だった。
「……い、いいのですか?」
「もちろんよ。小さい時は一緒に寝たのに、大人になって一緒に寝ないって親と
してはちょっと寂しいかなぁって。あなたの素直な気持ちを聞かせて欲しい
わ」
「……お母さん。それってずるいですよ」
「あら、意地悪に聞こえたらごめんなさいね。うふふ」
シエ・スーミンの答えは決まっていた。心が寂しさを訴えていること。病魔が母親の命を蝕んでいるということ。感情に素直になるということ。
「お母さん。今晩、一緒に寝てもいいですか?」
「もちろんよ。あ、ちょっと待ってて。必要な物を取りに行ってくるわ」
そう言って皇妃は扉を開け、すぐ近くにあるリネン庫に行き必要な物を持ってきた。枕と小さめのクッション、それとシエ・スーミンの体型にあったパジャマ。腰で扉を閉めてシエ・スーミンに手渡す。シャワーで体についた汗を流し、手渡された寝巻に袖を通す。洗い立ての香りがシエ・スーミンの鼻腔をくすぐった。就寝の準備が整ったところで皇妃もとい母親のベッドにゆっくりと入る。
「し……失礼します」
「そんな畏まらなくていいのに。うふふ」
頭を枕に置いた時、母親と目が合い真っ赤になるシエ・スーミンに母親はまたころころと笑う。娘の純粋な反応が可愛かったらしい。
「……いつからだったかしらね。こうやって一緒にベッドに入らなくなったの
は」
「……確か、私が初めて剣を持った時……」
「そうそう。重たくて中々持ち上げらなかった時よね」
「……よく覚えてましたね……」
「あれ以来かぁ……ほんっとに久しぶりね。わくわくして寝られなくなりそう」
「お母さん……」
「わかってるわよ。ちゃーんと寝るわよ」
シエ・スーミンの頭をしばらく撫で、それから自分の方へと抱き寄せる。二つの体の楽器が耳まではっきりと聞こえてくる。規則正しい調べが眠りへと少しずつい誘っていく。
最初は眠れるか心配だったシエ・スーミンも次第に瞼が落ちていき、そのまますーすーと寝息を立てて寝始めた。娘の眠りを確認した母親はにっこり笑って小さく語りかけた。
「私の大好きなシエ・スーミン。この先、どんなに辛いことがあっても、私はあ
なたの味方だからね。忘れないでちょうだい。私たちはあなたを心から愛して
いるということを……」
娘の寝息を聞きながら眠れる幸せを心から感じた母親は娘の額に優しく口づける。今、感じることができるを幸せを目一杯感じながら母親も眠りへと誘われていく。




