2-5
「……にしても、今回の薬は上手くいくんですかねぇ」
未だに信じることができていないニクスは道中で愚痴をこぼす。瓶の口はしっかりと密閉されていることは確認をしているのだが、いまいちその効果についてはまだ納得ができていなかった。
「……あの出来事を思い出すたびに苦しくなってきます……」
「そんなに動けなくなる薬なのですか? わたしも試して……」
「試さなくていい。あればそう安易に試すなんてことはしないことだ」
ぴしゃりというシエ・スーミンに一瞬びくっとするレイファ。その後、軽口を叩いてしまったことに謝罪を述べた。でも実際、その効果を確認せずに来てしまったことは、少なからず後悔をしていた。
「あの研究所で少し確認しておけばよかったな……」
「そうでしょうけど……やれるだけやってみましょう」
今回は前に比べて良いことが増えているのだ。一つは脱力する薬の改善、二つ目は回復薬が充実していること。そして三つ目に、レイファという初対面の少女の力を借りことができたいうこと。たった二つしか増えてないけど、その三つの存在は大きかった。その効果故に緊張もある程度は薄れている。
「作戦は前と同じを予定してますが、これとは別の作戦もあります。眠らせる魔
術を使って奴を眠らせてから、総攻撃を予定しています」
「……眠らせる魔術が失敗したらどうなるんだ」
「……もし、その魔術が失敗したら……うーん」
「突撃しかありませんね」
「開き直るな。龍麗」
「予定は未定って言いますし、その場に任せるのもいいじゃありませんか」
口調が弾んでいるレイファは、心と体が同調しているのかとてもウキウキしているように見える。よほど強敵と戦えるのが嬉しいらしい。
「すごく楽しそうだね。レイファ」
「そりゃあそうですよ。自分の鍛錬にもなりますし、倒した時の達成感はクセに
なりますよ」
「だが、今回はこのメンバーでの連携が大事だ。一人で突っ走るのは控えてもら
おうか」
「はい! もとよりそのつもりです」
まだこのレイファという少女の実力は不明ではあるが、奥底に何かを秘めているのは感じ取れる。龍麗と同等あるいは少し下といったところか……。
「さて、肝心の邪竜とやらの居場所ですが……この辺りらしいです」
司令官から受け取った地図によると、オルロの研究所から方角にして真北の山脈に生息しているとのこと。
「少し距離はありますが……まぁ、焦らず行きましょうか」
「はい……なんだか緊張してきました」
「リラックスしていきましょ。龍麗」
「期待しているぞ」
一行は邪竜が巣食うといわれる山脈を目指し歩き出した。
鬱蒼とした森林を抜けた先は、空高くそびえる不気味な山だった。さっきまでは晴れていたのだが、この山に到着した時には空は雲に覆われ薄暗くなっていた。山頂付近には飛竜らしき生命体が辺りを巡回しているように飛び回る。山への入り口からは時折、呼吸のように熱風が吐き出され、その度に眼球が乾く感覚を味わう。固唾を飲みこむ龍麗にシエ・スーミンは軽く肩を叩いた。
「大丈夫だ。そこまで緊張しなくても、私たちがいる」
「は……はい。頑張ります」
「では、行きましょうか」
熱風に行く手を阻まれながらも前へと進む。途中、偵察をしていた竜に見つかるもそこまで手こずることもなく、撃破。順調に山頂へと向かっていたのだが、六合目あたりでシエ・スーミンの体に異変が起きた。急に胸を抑えて屈んでしまったのだ。苦しそうに息を漏らす様は一行の足を止めるには十分過ぎた。
「っ!」
「す、スーミン様? 大丈夫ですか? ニクス様、スーミン様が!」
「! どうしました? スーミン様」
「きゅ、急に胸を抑えて……苦しそうにして」
「ちょっと待っててください」
ニクスは応急処置の魔術を施す。淡い光がシエ・スーミンを包みながら消えていく。
「……はぁ……はぁ……」
「スーミン様……」
「だ、大丈夫だ。少し苦しくなっただけだ……もう大丈夫だ。先を急ごう」
ゆっくり立ち上がり歩を進めるシエ・スーミン。その足取りは重く、まるでこの先に何かあるのを感じ、それの影響を受けているように見えた。
「……スーミン様。なにかありましたか?」
「特にない。行くぞ」
「……スーミン様」
心配する一行をよそに一人先を行くシエ・スーミン。これはおかしいと唸るニクス。だが、本人が大丈夫と言っている以上は何もできないため、ここは様子を見ることにした。
それからのシエ・スーミンは特に変化もなく、通常通りに剣を振るい足止めをしようとする竜を次々となぎ倒していった。さっきの容体の変化は一体何なのか……攻撃詠唱中なのだが、そのことが気になって頭の片隅で考えていた。戦闘が終わり、さらに頂上へと向かう一行の前に突然熱風が吹き荒れる。それぞれが熱風を防御している時、またシエ・スーミンをあの痛みが襲う。
「っ!」
「す、スーミン様! くそっ、熱風が……」
苦しんでいるシエ・スーミンを助けたいのだが、熱風がそれを許さなかった。まるでシエ・スーミンただ一人を苦しめたいという思いがあるかのように。シエ・スーミンは熱風と胸の痛み同時に受け、尋常ではない速度で体力を消耗している。ニクスもある応急処置の魔術の詠唱を試みるも、熱風に意識を持っていかれ思うようにうまくいかない。
どのくらい耐えていたのかわからない。全員の意識がはっきりした時には熱風は治まり、龍麗とレイファ、そしてシエ・スーミンはその場に倒れていた。
「っ! だ、大丈夫か。すぐに治す」
比較的詠唱が短い形式の応急処置の魔術を展開し、まず二人の傷の手当をする。その後、ばたりと倒れてしまっているシエ・スーミンの手当に移る。今度は少し詠唱が長い分、効果はある形式の応急処置の魔術を施す。さっきみた光よりも大きく、シエ・スーミンを包みこみ、火傷を治していく。やがて役目を終えた光は小さくなって消えた。
「スーミン様……大丈夫ですか……スーミン様!」
肩を揺らし意識の確認をするも、返事はなかった。ニクスは更に詠唱を始める。治って欲しいという気持ちをいつもより強く念じながら詠唱をする。
「光の使いよ。その慈悲深き微笑みにて傷つきし者を救い給え……救い給え」
二重の光を纏った球体はシエ・スーミンの体を隅々まで包み発光。目を覆う程発光してから徐々にしぼんでいき、元の世界へと帰っていく。
「……スーミン様……?」
「ん……」
ぴくりと動いた眉間を確認したニクスはほっと胸をなでおろす。それに続いて龍麗、レイファもゆっくりと体を起こす。
「あれ……ぼくたち……」
「あいたたた……」
「気が付いたか」
「……はい……っ! す、スーミン様!」
龍麗がまだぐったりしているシエ・スーミンの肩を揺する。それを慌てて抑えるニクス。
「今、応急処置の魔術を終えたばかりだ……もう少ししたら回復するはずだ」
「そ……そうだったのですね……」
取り乱したことを少し恥じらいながらも落ち着く龍麗をみたレイファがくすりと笑う。
「……ん……」
重そうに頭を抱えながら起き上がるシエ・スーミン。その顔はまだどこか痛むような表情だった。
「スーミン様……よかった」
心からほっとするニクスと龍麗。その姿を見たシエ・スーミンは何が起きたとばかりに首を傾げる。あの熱風が襲ってきて、それから胸が苦しくなって……そこまでは覚えているととぎれとぎれだがその時の状況を話す。
「……スーミン様。もうこれ以上『なんでもない』は通用しませんよ。これだけ
心配をかけていたのですからね」
「そうですよ。ぼく達、心配していたんですからね」
「わたしも出会ってまだ間もないですが、とても心配しておりました。もし、良
ければすっきりしちゃいませんか?」
口々にそう言われ、シエ・スーミンは仕方なくあの胸の痛みについて話をした。
「といってもだな……私もそこまでしっかりと説明ができるわけではないのだ
が……」
「いいんです。そこからはみんなで話し合えばいんです」
「……わかった」
少し記憶を巻き戻す。最初に痛みを感じたのは……ガルディラの鱗を集めている時だ。
「あの時、ここでやらなければこちらが負けてしまうという時だった……急に胸
の鼓動が早くなった気がしたんだ。それからは……気が付いたらガルディラを
両断していた」
「ふむ……」
「あの熱風の中で痛くなったのは……何故だかはわからない。ただ、鼓動が早く
なったのは確かで……そこで意識が遠くなった」
「……鼓動が早くなった……ですか」
「こいつらが急に騒がしくなったと言えばわかりやすいか」
言葉を発せない分、動き方で感情を表す三つ首の竜。暴れるというのは苦しがっているという事らしいのだが……。
「そいつらが苦しがっている……それとスーミン様の痛みが連動しているって事
ですか?」
「私もそこまではわからないが……こいつらが暴れると鼓動が早くなって……」
「もしかしたら……?」
レイファが何か思い当たる節があるようだった。確認のため、レイファはシエ・スーミンにこう問いかけた。
「ここ最近で、なにか自分の実力に不安を感じるようなできごとってありました
か?」
「……なんだと」
「誰かに言われたとか、自分で感じた何でもいいのですけど……」
「す、スーミン様」
「うむ……」
あるにはある。それは皇帝に言われたあの一言。
(お前は眺めていただけだろう。お前の実力が乏しいのは知っている)
忘れるわけない。あの時程自分の実力がないという事を思い知らされたのはなかった。それをニクスに相談したのも、自分に自信がなかったからだ。……当てはまってしまう。
「ある……な」
「そうでしたか。実はわたしも同じことがありまして……その、チャンスだと思
います」
「チャンスだと……?」
その時に感じた悔しさがチャンスだとレイファは言う。一体どういうことか尋ねた。
「わたしも少し前にそういった経験がありまして。そこで……どう表現したらい
いかわかりませんが、体中からなにか迸る程のエネルギーを感じました。そし
て、数日後。自分でも驚く程の力を手に入れることができました」
「……にわかに信じられないが……。今はその可能性があると思ってよさそうだ
な」
「はい! なので、その苦しさに負けないよう、わたし達もサポートします。お
忘れですか?わたし達はメンバーだって仰ったの、スーミン様ですよ?みんな
で力を合わせるのが大事だっていうことも」
心から素直の笑顔でいうレイファに、シエ・スーミンも自然と何かが解れていくのを感じたのか、ふっと頬を緩めて笑った。
「そうだったな。心配をかけてすまなかった。ニクス、また私が苦しくなった
ら……」
「もちろん。全力でサポートします。いつでも応急処置の魔術を施せるようスト
ックもしておきますのでご安心を。……あの魔術で緩和できてましたか?」
「ああ。全部ではないが、ある程度まで回復できていた。悪いが頼んだ」
「任せてください」
「ぼ、ぼくもサポートします!」
「ああ。頼りにしている。心配をかけてしまった分、私も頑張るからな」
軽く龍麗の頭に手を乗せると、顔を真っ赤にして固まる。それをまたレイファが笑う。
いつもは少数かつ単独での行動が多いのだが、たまにはこういったチームで戦うのも悪くはないとシエ・スーミンは思った。今はメンバーとの連携も大事だが、その連携に自分も関わっていることを忘れてはならない。苦しくなったなら助けを求めればいい。求められる仲間がいるならば尚の事。いつ自分にあの痛みが襲ってくるかはわからないが、皇帝からの依頼である邪竜アラニ・カラミッドの再封印を遂行しなければならない。頭すぐに切り替え、一行は頂上を目指す。




