第1話 5年後
ある貴族の息子が病からの奇跡の復活を遂げてから早5年が経過した。
その息子は今やその肩書を背にあらゆる方面において成長している、と誰しもが思い描いていた。
しかし実際は違っていた。
「マークス坊ちゃま…おやめください!」
若々しいメイドが弱々しく叫びながら止めようとしている少年こそ今年で13歳になる貴族の息子マークスであった。
マークスは奇跡と呼ばれる復活の前ではとても優しい人間だったという。持って生まれた病のせいか、はたまた天性の優しさを持っていたか、理由は今となっては分からないが今とは全くの別人だった。
今のマークスは…
「うるさいぃ!ウォレ様の言うことが聞けないのか!!」
自分の部屋にある置物をメイドへと投げつける。
傲慢な態度で有り余るほどに贅肉を身に着けたマークスはきちんとした発音を取れないほどの身体になってメイドをいじめていた。
「ウォクは誰だと思ってる!お前ごときが口出しできるとでも…ハァ…ハァ…」
「も、申し訳ございませんマークス坊ちゃま…」
メイドは震えながらマークスに頭を下げ謝罪する。
「だったら早くしろよ!ハァ…ブヒー…早くオピトの実を持ってこい!」
「…っ…ただいま、少々お待ちを」
「早くしろ!」
メイドは急いで準備する。そう時間が経たない内に深皿に赤い殻の実がこんもりと乗せられた注文の品が到着した。
「お待たせしました…オピトの実です」
「ブォホー!!いい熟しだなぁ!」
マークスはオピトの実を食べ始める。赤く硬い殻を手慣れたように上下に2つにきれいに割ると黄色い実と透明な液体が溢れてきた。
「おぅととと…ジュルロ…」
マークスはその透明な液体をこぼさないようにすすりながら実を口に入れる。
「うぼぉいなー!」
「マークス坊ちゃま…食べ過ぎは…」
オロオロとするメイドにマークスは怒鳴りながら食べ終わった殻を投げつけてきた。
「うるさい!邪魔をするな!」
「申し訳ありません…」
メイドはマークスを本当に心配していた。マークスが食べているオピトの実は物凄い甘さを持つ果実で莫大なエネルギーを持っている。そんな物をたくさん食べれば、それが身体を動かそうとしない人であれば尚更大変であることは分かりきっていた。
メイドが心配していると執事が静かにやってきた。
「マークス坊ちゃま、エテン様が参られました。」
「何!?どこだ…エテンは…」
「広間の方に…」
「そうか、ウヒヒ」
マークスは指についた甘い液をチュパチュパと舐めてその指を服で拭いた。
そんな事をしているのを懸念そうな表情でマークスを見つめる執事は忠告する。
「マークス坊ちゃま、くれぐれも行動にはお気を付けを」
「分かっている!」
ドスドスと階段を駆け下りる音から急いで向かっているのだとエテンという名の女性は察した。
「お嬢、大丈夫ですか?」
「っ…えぇ、大丈夫よ」
「そうですか…すみません、マークスという人に会うと言ってから貴方の表情が何とも言えないようなものだったので」
「そう…確かにそんな良いとは思わないわ、けど大丈夫!今までも何とかなったもの。それとフィデリ、仮にもここはこれから来る人の貴族の息子よ、相手がいないとしてもマークス様」と呼ぶように気を付けなさい。」
「すみません、気を付けます」
「分かればよろしい」
そんなマークスを待つほんの少しの間に2人は会話を弾ませる。
マークスと同じく貴族の娘である薄っすらと水色掛かっている白髪のエテン・フォルラーテ、従者である黒髪のフィデリ。
「いやー、お待たせエ・テ・ン!……っ!」
「お久しぶりです、マークス殿」
「エテン!そいつは何だ!?」
「お初に御目にかかります、この度エテン・フォルラーテ様の従者になりました、フィデリと申します」
「エテン!聞いてないぞウォレは!」
「はい、ですから今回は私の新しい従者のご挨拶へと伺いました。」
小さくも歯ぎしりをするマークス、エテンの近くに男がいることになる為に不愉快になるマークスはある提案を持ち掛ける。
「ウォレと勝負しろ!」
「いきなり何を!?」
「お前がエテンを守れるかこのウォレ、マークス様が吟味してやる!」
「分かりました」
「フィデリ!受ける必要はありません」
「エテン、男と男の勝負だ!女のお前が邪魔するな」
「っ!!」
マークスはニヤリと笑い、エテンは焦る気持ちを顔に出し、フィデリは何事もないような顔をしている。
エテンが焦っているのはフィデリが負けるかもしれない、ということでは当然無く、マークスが負けた時に自身の権力を利用してフィデリに何かをするのではないかと心配している為。
場所を敷地内の広場へと移す。両者には同じ品質等級の木刀を一つずつ手に持ち定位置につく。
「そ…それでは開始の合図をはじめます」
そう言ったのはマークスに物を投げつけられたメイドで続けて手を恐る恐ると挙げて準備をする。
「いきます…よーい、はじ」
「先手必勝!ファイアーボール!」
フライングで放たれた火の玉はフィデリ目掛けて進み爆発する。
「よしー!」
「マークス様、フライングです!今のは無効です」
「うるさい!勝負にフライングなんて無いんだよ!」
「同感だ…」
「っ!?」
直撃した筈の男はいつの間にかマークスの後ろへと回り込まれており木剣の刃部分を首に突きつけている。
「……分かっているのか!?このウォレに刃を向けるなどどうなってもいいと…」
「私のこの命はエテン様の為にある。エテン様の為ならば私は何者にであろうと剣を振るうつもりだ、そしてそれはエテン様の父君からの願いでもある」
「ぐぅ…」
「しょ、勝者フィデリ様…」
マークスには屈辱的な出来事だった。身分も低い分際でエテンの隣を歩くなどあってはならない…と、その感情が勝負を終えて主人の元へ戻ろうとするフィデリを捉えて…手を出してしまった。
感情のままに放たれは炎は強力な力を持ちフィデリの背後へと迫る。
フィデリは気付く、当たる直前に後ろを振り向き、そして理解した。避けれないと。大火傷は必須の用だった、しかし寸前で視界は狂い出し自分の倒れた身体の上にもたれかかるようにして主人のエテンも倒れていた。背中に火傷を負って…。
「ウォレじゃない!エテンが勝手に飛び出してきて、邪魔をしたのだ!」
「黙れ…我が主人を、エテンをよくも…」
フィデリが怒りに任せて振るった拳はマークスの頬を思いっきり凹ませながら宙に浮くほどに殴り飛ばした。
「ほべぇ…」
殴られたマークスはまともに喋れず仰向けに倒れていた。
そんなマークスに更にフィデリが追撃しようとした所でメイドが急いで呼んだ衛兵が止めに入った。
従者ごときが貴族の息子を容赦なく傷つけた、そう捉えるものが最初は多かったがエテン・フォルラーテの背中の傷を見て直ぐにほとんどの人が悟った。
この出来事は直ぐ様マークス、エテンの両当主の耳に通達され、マークスは家名の剥奪及び国外追放という名の死刑に処されることになった。
マークスがこのような刑になった理由としてフォルラーテ家は死刑を要求した為であった。
しかしマークスの当主はマークスが家名を持ったまま、処されると汚名として残ってしまうため家名剥奪、国外追放という自身の家名が最低限のダメージで済むようにしたのだ。
そのような諸々の刑が確定された2日後、マークスは国外の雪で積もる山奥を見合わない姿で逃げていた。




