表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒸都ヴァルテリアと偽装記録の探偵〜記録が嘘をつく街で〜  作者: 秋月キアラ
【予告】第13話 死んだ探偵は二度帰る【シーズン1最終話】
PR
60/60

【予告】観測記録 ― 帰ってきた者

 探偵譚において、帰還はしばしば終わりである。


 長く閉ざされていた扉が開く。


 失われた足音が、階段を上がる。


 死んだと思われていた者が、煤と雨をまとい、残された者たちの前へ姿を現す。


 顔を見ればよい。


 声を聞けばよい。


 名を呼び。


 その者が振り返れば。


 帰ってきたのだと、信じることができる。


 それは正しい。


 少なくとも。


 人間の帰還が、人間によって確かめられるのであれば。


 だが、記録は信じることができない。


 記録は、照合する。


 顔。


 声。


 署名。


 身体に残された傷。


 所有していた品。


 生まれた日。


 勤めていた場所。


 家族だけが知る言葉。


 そして。


 一人の人間へ割り当てられた、公的な番号。


 それらが一致するとき、制度は告げる。


 この者は、かつて失われた者と同一である。


 この者は、生きている。


 この者は、帰ってきた。


 では。


 何をもって、人は同じ人間だと認められるのだろうか。


 顔だろうか。


 顔は、年月と傷によって変わる。


 水に削られ。


 火に焼かれ。


 包帯に覆われれば、確かめることさえできない。


 声だろうか。


 声は、喉を損なえば失われる。


 本人が言葉を発せないとき、沈黙は本人でない証拠となるだろうか。


 署名だろうか。


 署名が本人の筆跡であったとして。


 その署名が、いつ書かれたものか。


 誰の前で書かれたものか。


 いま目の前に立つ者が書いたものか。


 それを確かめずに、筆跡だけを本人と呼ぶことはできるだろうか。


 家族の記憶だろうか。


 家族だけが知る言葉を語る者は、家族が待っていた人間なのか。


 それとも。


 その言葉を、どこかで読んだ者なのか。


 公的な番号だろうか。


 番号は、間違えない。


 番号は、与えられた対象を正確に示す。


 ただし。


 その番号が誰へ与えられたのかを決めるのは、人間である。


 ここに、一つの帰還記録がある。


 必要な項目は満たされている。


 照合は行われた。


 署名は確認された。


 所持品も確認された。


 証人も存在する。


 手続きに欠落はない。


 記録上。


 一人の探偵は、すでに帰還している。


 そして。


 その探偵が帰還したあと。


 もう一人の探偵が、同じ名を名乗って帰ってきた。


 二人のうち。


 どちらが本物なのか。


 その問いは、まだ早い。


 まず確かめるべきは、別のことである。


 記録に残された顔と。


 記録に残された声と。


 記録に残された署名と。


 記録に残された記憶と。


 記録に残された番号は。


 本当に。


 最初から最後まで、同じ一人の人間へ属していたのか。


 一つひとつの記録が正しいことと。


 それらが一人の人間を証明することは、同じではない。


 正しい署名がある。


 正しい番号がある。


 正しい証言がある。


 それでも。


 そのすべてが、誤った場所へ置かれていたなら。


 帰ってきたのは誰なのか。


 人間か。


 名前か。


 権利か。


 それとも。


 一人の人間であるかのように綴じられた、複数の記録なのか。


 観測神格イル=ヴァスは、答えを記さない。


 まだ、探偵は記録を読んでいない。


 記者は証言を聞いていない。


 少女は閉ざされた場所へ入り込んでいない。


 犬は、混ぜられた匂いを嗅ぎ分けていない。


 ゆえに。


 ここに置くのは、解答ではない。


 問いだけである。


 死亡者、一名。


 帰還者、二名。


 ただし。


 生きている探偵は、一人しかいない。


 観測記録を開く。


 題して――


 死んだ探偵は二度帰る。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ