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第12節 ― イル=ヴァスの問い

 白い蒸気灯の下に。


 すでに示された記録が置かれている。


 本物の外套。


 本物の署名。


 本物の暗号。


 別人の肉体。


 二人の正直な証人。


 十九分では結べない、二つの照合時刻。


 一つの番号を刻まれた真鍮板。


 三つの資料から、三つの道を選んだ犬。


 本人の権限によって移された、未解決事件箱。


 そして。


 自らの承認を調べ直した翌朝。


 審査室で殺された、クラウディア=メルツ。


 ここで。


 記録を止めよう。


 止まるのは、事件の時間ではない。


 レオンは考え続けている。


 ミラベルは、確認された事実を記し続けている。


 グレアムは、殺人者へ至る経路を塞ごうとしている。


 エレノアは、図面へ記されなかった道を探している。


 ブラムは、紙に残らない帰路を覚えている。


 止まるのは。


 あなたへ流れる記録だけである。


 ごきげんよう、読者諸君。


 わたしは、イル=ヴァス。


 偽装された記録へ答えを与える者ではない。


 本物の事実が。


 誤った場所へ置かれたとき。


 その所属先を問う者である。


 必要な手掛かりは、すでにあなたの前へ置かれている。


 新しい証拠はない。


 隠されていた魔術も。


 死者を蘇らせた神も。


 すべてを演じきった、完璧な替え玉も必要ない。


 外套は本物だった。


 署名も本物だった。


 暗号も。


 医師の記録も。


 証人の言葉も。


 扉の機械記録も。


 それぞれが確認した範囲では、誤っていない。


 紙は嘘をついていない。


 医師も。


 証人も。


 扉も。


 自分が観測したものについては、嘘をついていない。


 では。


 誰が嘘をついたのだろうか。


 いや。


 その問いは、正しくない。


 誰も嘘をつかずに。


 誤った帰還を成立させられるのなら。


 問うべきは。


 誰が偽証したかではない。


 誰の事実が。


 誰の名前へ置かれたのかである。


 外套は、誰のものか。


 包帯の下にいた肉体は、誰のものか。


 署名は、いつのレオンが書いたものか。


 暗号は、誰から誰へ送られたものか。


 証人は、人間を見たのか。


 それとも。


 人間が身につけていた品を見たのか。


 六週間前。


 身分継続局が帰還させたものは、何だったのだろう。


 一人の負傷者か。


 レオンの所持品か。


 過去の署名か。


 家族の言葉か。


 本人へ属する権利か。


 それらは。


 どのような順番で。


 誰の手によって。


 一つの名前へ綴じられたのか。


 これが、最初の問いである。


 そして。


 もう一つ。


 クラウディアの審査室には、二つの道があった。


 正面扉。


 職員用通路。


 正面扉の照合機にも。


 二つの差込口があった。


 廊下側の差込口。


 室内側の保守口。


 二つは、扉の中で同じ読取歯車へつながっている。


 機械が残すのは。


 読み取った番号。


 認証の結果。


 そして時刻。


 どちら側から真鍮板が差し込まれたのか。


 誰の手が差し込んだのか。


 その記録は残らない。


 午前八時十三分。


 機械は、こう記した。


> レオン=クラウス。

> 身分継続票番号、L・K・13。


 だが。


 その時刻。


 黒鴉館では、死亡記事に載った男が朝食を取っていた。


 ならば。


 審査室へ入ったレオン=クラウスとは、何だろう。


 人間の名か。


 扉を通った者の名か。


 それとも。


 一枚の真鍮板へ刻まれた、権利の名か。


 機械は。


 一人の人間が正面扉から入ったとは記していない。


 ただ。


 レオン=クラウスの番号が。


 読取歯車を通った時刻を記している。


 では。


 クラウディアを殺したレオンとは。


 人間だったのか。


 人間へ与えられた名前だったのか。


 それとも。


 人間がいなくとも扉を開き。


 入室記録だけを残すことのできる、真鍮板の名前だったのか。


 これが、二つ目の問いである。


 記録された事実を疑う必要はない。


 まず。


 その事実が置かれた場所を疑いたまえ。


 外套を、持ち主へ。


 肉体を、ユスト=フェルへ。


 署名を、それが書かれた時刻へ。


 暗号を、弟から兄へ送られた通信へ。


 証言を、証人が実際に見たものへ。


 真鍮板を、それを扱った者の手へ。


 権利を、その権利によって動かされた事件箱へ。


 それぞれを。


 本来の所属先へ戻したとき。


 六週間前の帰還記録には。


 何が残るだろうか。


 答えを語れば、これは記録になる。


 問いを残せば、これは事件になる。


 ゆえに。


 わたしは、ここで沈黙しよう。


 探偵は、すでに答えへ手を伸ばしている。


 記録者も。


 警部も。


 少女も。


 一頭の犬も。


 それぞれの方法で。


 同じ扉の前へたどり着いた。


 では。


 観測を再開しよう。


 死んだ探偵が。


 二度目の帰還によって。


 一度目に帰還したものの正体を暴く、その瞬間を。

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