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第1節 ― 予告状の怪盗

 朝の《煤鳩亭》には、まだ客が三人しかいなかった。


 窓際で新聞を読む老記録官。


 夜勤を終え、蒸気の抜けたような顔で珈琲を飲む鉄道員。


 そして、奥の丸卓へ昨夜の取材帳を広げたミラベル=ワトリア。


 霧燈通りは薄い朝霧に沈んでいた。


 濡れた石畳を荷馬車が通るたび、車輪の音が窓硝子を震わせる。向かいのガス灯は消される時刻を過ぎても、まだ琥珀色の火を小さく残していた。


 厨房から、珈琲豆を挽く音がする。


 二階の探偵事務所からは、何の物音も聞こえない。


 ミラベルは天井を見上げた。


「まだ起きてこないんでしょうか」


「起きてるよ」


 厨房から、マルタ=グレインの声が飛んできた。


「あの男が静かなときは、寝てるんじゃない。紙と睨み合ってるときさ」


「昨夜は遅かったですから」


「夜が遅いのと、朝飯を食わないのは別問題だよ」


 マルタは珈琲壺を片手に出てきた。


 ミラベルの前のカップを満たすと、空いた向かいの席へ視線を向ける。


 そこには、焼きたての黒麦パンと卵が用意されていた。


 レオンの姿だけがない。


「冷めたら昼飯に回すからね」


「本人へ言ってください」


「言って聞く男なら、とっくに家賃も払ってるよ」


 入口の鈴が、乱暴に鳴った。


 朝霧を背負い、一人のドワーフが店へ入ってくる。


 重い外套の肩には細かな水滴が付着し、革靴には上層区の白い石粉が残っていた。帽子の縁から覗く眉間には、夜明け前から刻まれていたらしい深い皺がある。


 バルトラム=グレアム警部だった。


「珈琲だ」


 挨拶より先に言った。


 マルタは目を細める。


「朝飯は」


「珈琲でいい」


「そう言う奴に限って、昼前に人の菓子を食うんだよ」


「今日は菓子を食う暇もなさそうだ」


 グレアムは店内を見回した。


「クラウスは」


「二階です」


 ミラベルが答えると、グレアムは階段へ向かおうとした。


 その一段目へ足を掛ける前に、上から声が落ちてくる。


「階段が壊れる。そこで話せ」


 レオン=クラウスが、二階から降りてきた。


 白いシャツの袖を肘までまくり、片手に鑑定用の拡大レンズを持っている。昨夜から着替えていないらしく、襟元には薄い皺が残っていた。


 彼はグレアムの顔より先に、外套の肩と靴底を見た。


「美術館か」


 グレアムの足が止まる。


「なぜ分かる」


「その石粉は上層区の旧契約取引所周辺でしか使われていない。朝霧の中を歩いてきたのに、馬車の泥跳ねがない。市警の蒸気車で美術館へ行き、正面階段だけ歩いた」


「俺が古美術を見たくなったとは考えんのか」


「朝飯前に王冠を眺める趣味があるなら、もっと早く教えてほしかった」


「俺も今朝知ったところだ」


 グレアムは、ミラベルの向かいへ腰を下ろした。


 椅子が低く軋む。


 彼は外套の内側から、濃灰色の革製書類挟みを取り出した。


 続いて、薄い証拠袋を一つ。


 書類挟みは卓上へ置いたが、証拠袋からは手を離さなかった。


「ヴェルム=クロウ市立古美術館に、今朝届いた」


「予告状ですね」


 ミラベルが言った。


「新聞社へは、まだ連絡が来ていません」


「来る前に持ってきた」


「警察が私たちを信頼してくださっていると受け取っても?」


「市警はクラウスを信頼しとらん」


 グレアムは即答した。


「ただ、美術館の連中が自分たちの記録を信頼しすぎとる」


「そちらの方が危険だな」


 レオンは、用意されていた朝食を脇へ押しやり、グレアムの正面に座った。


 マルタが無言で皿を元の位置へ戻す。


 レオンも無言でもう一度押しやる。


 マルタは、今度は皿を彼の肘の真下へ置いた。


「食べながら聞きな」


「手が塞がる」


「口を動かすんだよ」


 グレアムが鼻を鳴らした。


「この街でお前に命令できるのは、ここの女主人だけらしいな」


「事件の話をしろ」


 マルタは満足げに厨房へ戻った。


 グレアムは書類挟みを開く。


 最初に現れたのは、予告状だった。


 白に近い灰色の紙。


 流麗だが、過度な装飾のない筆跡。


 末尾には、


 L’Ouvere。


 その下に、共通語でルヴェールと記されている。


 レオンは紙の中央へ触れず、端だけを二本の指で押さえた。


「館内で見つかったのか」


「開館前だ。館長室の事務机に置かれていた。正面扉も裏口も、夜間の施錠記録に異常なし。窓も破られとらん」


「警備員は」


「異常を見た者はいない」


「見なかったのか。見たが異常と思わなかったのか」


「まだ分からん」


 グレアムの返答は短かった。


 それ以上のことを、推測で埋めようとはしない。


 レオンはわずかに顎を引いた。


「封筒は」


「そこだ」


 書類挟みの内側に、切り開かれた封筒が収められている。


「宛名以外は無記名。館長の秘書が開封した。指紋は期待するな。館長、秘書、警備主任、市警の巡査が触っとる」


「見事な現場保存ですね」


 ミラベルが言った。


「美術館に怪盗から手紙が届く経験なんぞ、普通はない」


「警察にはあるんでしょう?」


 ミラベルの視線が、書類挟みの下へ挟まれた別の紙束へ向いた。


 表紙には、市警の整理番号。


 その下に黒い活字で、


 怪盗紳士ルヴェール関係記録。


 と記されている。


 グレアムは紙束を引き抜いた。


「あるにはある」


「ずいぶん厚いですね」


「半分は新聞の切り抜きだ。残りの半分は、見た者が好き勝手に語った証言だ」


「警察記録でしょう」


「警察が書いたからといって、証言の中身まで正しくなるわけじゃない」


 グレアムは紙束を卓上へ置いた。


 レオンが表紙を開く。


 最初の頁には、市警が現在ルヴェールと呼んでいる人物の特徴が整理されていた。


 性別、男性。


 推定年齢、二十五歳から四十歳。


 身長、百七十五センチ前後。


 体格、細身。


 上流階級出身、または上流階級の作法に精通。


 白い外套。


 銀色の仮面。


 犯行前に予告状を送る。


 現在まで、犯行に伴う殺人なし。


 盗品は売却されず、一部は後日返還。


 項目の横には、小さな注記が並んでいた。


 複数証言。


 推定。


 照合不能。


 レオンは一頁目を読み終えると、紙束を閉じた。


「続きは読まないのか」


「この頁が、何を記録したものなのかを確認してからだ」


 グレアムが腕を組む。


「何が不満だ」


「全部だ」


「性別は、目撃者が男を見た。年齢は声と体格。身長は現場に残った足跡と、見た者の証言。上流階級出身というのは、礼儀作法と衣服、古美術の知識からの推定だ」


「つまり」


 ミラベルが記録の表紙へ指を置いた。


「ここに書かれているのは、ルヴェール本人の身元ではなく、犯行現場で目撃された人物の特徴ですね」


「そういうことだ」


 グレアムは不機嫌そうに答えた。


「それでも、複数の現場で同じ姿が見られとる」


「白い外套と銀の仮面を着けた、長身の男だ」


 レオンが言う。


「それが同一人物であることを証明する記録は?」


「ない」


「男であることを証明するものは」


「目撃証言以外にはない」


「年齢は」


「推定だ」


「上流階級出身は」


「もっと弱い推定だ」


 レオンは、閉じた紙束の表紙を指で叩いた。


「なら、市警が確認しているのは、白い外套と銀の仮面をまとった長身の男性が、複数の犯行現場で目撃されてきたことだけだ」


「足跡もある」


「男性用の靴跡だ」


「低い声を聞いた者もいる」


「男性のものに聞こえる声だ」


「面倒な言い方をするな」


「事実と、その事実へ所属させた人物像を分けている」


 ミラベルは、もう一度、一頁目を開いた。


 本文の注記では推定とされている。


 だが。


 最上段の「性別、男性」という項目だけを読めば、すでに確認された事実のように見えた。


「記録というものは、不思議ですね」


「何がだ」


 グレアムが尋ねる。


「証言を集めている間は推定なのに、人物欄へ移されると身元に見えます」


「捕まえるには、欄が要るんだ」


「空欄では不安か」


 レオンが言った。


「お前と違って、警察は『よく分からん』だけで捜査記録を閉じられん」


「俺も閉じない。未確認と書く」


「それで逮捕状は出ん」


「未確認を確認済みに変えても、本人には近づかない」


 グレアムの眉間の皺が深くなる。


 だが、否定はしなかった。


「名乗った記録はあるのか」


 レオンが尋ねた。


「何をだ」


「ルヴェールと」


「ない」


 グレアムは、予告状の末尾を指した。


「署名がルヴェールなんだ。本人が口で名乗った記録はない」


 レオンの視線が、署名へ戻る。


「それは重要だ」


「本名でないことくらい、市警も分かっとる。覆いだの幕だのを意味する古語らしい」


「本名かどうかの話ではない」


「では何だ」


「人物名と決めたのが、警察と新聞だということだ」


 ミラベルが、紙束と予告状を見比べる。


「ルヴェールは、自分を男性とも、二十五歳から四十歳とも、上流階級の出身とも書いていない」


「その姿で現れた」


 グレアムが言う。


「そう記録される姿でな」


 レオンは紙束をグレアムへ戻した。


「当面、市警がルヴェールと呼んでいるのは、白い外套と銀の仮面を着けた長身男性の姿だ。本人の本名、性別、年齢、種族は未確認」


「捜査記録へ書き直せと言うのか」


「少なくとも、俺が読むときはそう扱う」


「好きにしろ」


「最初からそのつもりだ」


 レオンは予告状を持ち上げた。


 窓から差す灰色の光へ透かす。


 紙の中に特別な透かしは見えない。


 縁へ不自然な裁断跡もない。


 彼は紙の匂いを確かめ、次に文字の上へ拡大レンズを滑らせた。


「紙やインクから分かるか」


「少なくとも、今ここで差出人の住所までは分からない」


「珍しく控えめだな」


「分からないものを分かると言うのは、警察記録だけで十分だ」


「喧嘩なら署でやってください」


 ミラベルが言う。


「今日はまだ、朝食も終わっていません」


「始まってもいない」


 レオンは卵の皿を見た。


 すでに湯気は薄くなっている。


 彼は予告状へ視線を戻した。


「過去の予告状は」


 グレアムが別の束を差し出した。


「写しだ。原本は各事件の証拠庫にある」


 レオンは数枚を拾い、素早く目を通した。


 どの文面にも日時がある。


 場所がある。


 盗む対象を示す比喩がある。


 そして、犯行後の記録と照合した市警の注記が付いていた。


 予告時刻と実際の消失時刻は一致。


 扉を壊さないと記した事件では、破壊痕なし。


 保管者へ返すと記した盗品は、後日返還。


 ただし、予告状が具体的に何を意味していたかは、犯行後まで判明していない。


「曖昧ですね」


 ミラベルも横から読む。


「嘘ではないけれど、読み手が勝手に対象を決めるように書かれている」


「その勝手な読み手の中に、市警も入っとる」


 グレアムが苦い顔をした。


「予告状が来れば、狙われそうな物を全部守る。すると別の物が消える。あるいは、狙われた物は合っとっても、盗まれ方を読み違える」


「過去の予告文に、犯行後、虚偽と確認された記述は?」


 レオンが尋ねた。


「ない」


「誇張は」


「解釈次第だ」


「不可能を宣言して、機械や神格の力で誤魔化した例は」


「ない。少なくとも、市警が確認した範囲ではな」


 レオンは写しを置いた。


 目の前の予告状へ戻る。


 指先が、文面の一行で止まった。


「王であった者が、最後まで手放さなかったものを」


 低く読み上げる。


 ミラベルは昨日の新聞を取材帳の下から引き出した。


 特別展示の記事が、まだ折り畳んだまま残っている。


「公式の説明では、最後王は王冠と七つの領地を市へ譲渡したことになっています」


「自ら署名し、王冠を差し出した」


 グレアムも言った。


「美術館の展示解説もそうなっとる。灰炉譲渡証書が証拠だ」


「なら、最後まで手放さなかったという一文と矛盾する」


 ミラベルは予告状と新聞を並べた。


「ルヴェールが嘘を書いていないのなら、公式の記録が間違っているということですか」


「まだ早い」


 レオンは答えた。


「この文章は、王冠を最後まで手放さなかったとは書いていない」


 ミラベルが文面を読み直す。


「でも、王であった者が最後まで手放さなかったものを盗む、と」


「それが王冠だと決めたのは誰だ」


「特別展示へ届いた予告状です。王冠を連想するのは自然でしょう」


「自然な連想と、文章に記された事実は違う」


 レオンは、予告状の一行を指でなぞった。


「怪盗が狙っているのは王冠かもしれない。王冠に付随する何かかもしれない。最後王が持っていた別の物かもしれない。あるいは、物ですらない可能性もある」


「所有権」


 ミラベルが、文末の一文へ目を移した。


「持ってよいと、誰かに記されたこと」


「仮説の一つだ」


 レオンは言った。


「断定する証拠はない」


 グレアムが太い指で卓を叩いた。


「だが、今夜狙われるのは七葉銀冠だと考えるべきだろう」


「警備上はな」


「探偵としては違うのか」


「最も狙われる可能性が高い。だが、予告状は王冠と明記していない。そこを同じに扱うな」


「面倒な男だ」


「面倒な文章を書いた差出人へ言え」


 そのとき。


 グレアムが握ったままだった証拠袋へ、ミラベルの視線が止まった。


「そちらは?」


 グレアムは袋を卓上へ置いた。


 中には、白い羽根が一枚入っていた。


 長さは指先から手首ほど。


 先端は細く尖り、左右へ細かな切れ込みが入れられている。


 だが、鳥の羽根ではない。


 折り畳まれた紙だった。


「封筒の中に、予告状と一緒に入っていた」


「触っても?」


「手袋をしろ」


 ミラベルは取材鞄から薄手の手袋を取り出した。


 レオンが手を伸ばすより先に、証拠袋を開く。


「俺が見る」


「あなたは予告状を見てください。こちらは私が先です」


「壊すな」


「紙を扱う仕事をしています」


「新聞紙と証拠品は違う」


「あなたが折り目を増やすより安全です」


 グレアムが低く笑った。


「今日はワトリア嬢の方に賭ける」


 ミラベルは羽根の根元をつまみ、卓上へそっと置いた。


 紙は厚く、長い年月でわずかに黄ばんでいた。


 表からは白く見える。


 だが、切れ込みの間に、黒い線が一筋だけ覗いている。


「折り紙ですね」


「見れば分かる」


「では、見えていない方を調べます」


 ミラベルは、羽根を留めていた折り返しを一つずつ開いた。


 細い紙片が広がる。


 完全な長方形ではない。


 中央部分を避けるように切り出され、片側に広い空白が残されている。


 その空白の縁に、古い罫線。


 さらに、検認印らしき円弧の一部があった。


 文章の本文は切れている。


 一文字の全体も残っていない。


「これは」


 ミラベルは、取材帳の上へ紙片を置いた。


「普通の便箋ではありません」


 レオンが拡大レンズを差し出す。


 ミラベルは受け取り、罫線と印の断片を覗いた。


「古い文書の余白です。書き損じた便箋ではなく、正式な書式を持った紙を切っています」


「何の文書だ」


 グレアムが身を乗り出す。


「これだけでは文書名までは分かりません。ただ、この幅の余白と検認印の位置なら、契約書か権利書に使われた紙だと思います」


「思う、か」


「はい。断定できる文章が残っていません」


 ミラベルは拡大レンズを置いた。


「でも、本文ではなく、わざわざ余白を選んで切っています」


「文字のある部分を避けた」


 レオンが言う。


「古い権利を記した紙を使いながら、その権利の内容は残さない」


「ただの飾りじゃないということか」


「飾りでもある。意味もある。ただし、どちらが主目的かは分からない」


 レオンは開かれた紙片を見下ろした。


 白い羽根だったものは、折り目によって細かく区切られている。


 古い文書の空白。


 そこへ、新しい形だけが与えられていた。


「この紙が、灰炉譲渡証書と関係している証拠はありません」


 ミラベルは自分へ言い聞かせるように確認した。


「そうだ」


「古い権利書の余白である可能性が高いだけ」


「そうだ」


「でも、土地権利書の展示へ、権利書の余白で作った羽根を送った」


「偶然と考えるには、文章と揃いすぎている」


 そこで初めて、レオンは白い紙片へ直接手を伸ばした。


 手袋越しに折り目を確かめる。


 羽根へ戻そうとはしない。


 折り方を記憶するように眺め、元の形が崩れない位置で手を止めた。


「美術館はどうするつもりだ」


「展示を続ける」


 グレアムの声に、露骨な不満が混じった。


「館長は、予告状一枚で記念展示を中止すれば、市が怪盗に屈したと書かれると言っとる。市政側も同じだ。今夜は一般公開を早めに打ち切り、警察と美術館職員だけで王冠を守る」


「権利書は」


「同じ館内だ。そちらも警備する」


「展示ケースの構造。館内の見取り図。出入口。保守通路。警備記録。展示準備に関わった者の一覧」


「全部、美術館で用意させとる」


「珍しく手回しがいい」


「怪盗相手なら、現場へ入る前に書類を読めと言ったのはお前だ」


「覚えていたのか」


「腹が立った言葉は忘れん」


 グレアムは珈琲を一口飲み、顔をしかめた。


 すっかり冷めている。


「それで」


 彼はカップを置いた。


「来るのか」


 レオンは答えなかった。


 予告状を、最初の行から読み直す。


 午前零時。


 王であった者が、最後まで手放さなかったもの。


 正当に所有すると記された皆様。


 破られない扉。


 傷つかない封印。


 消えない灯り。


 見守る番人。


 百二十七年間、一度も展示されなかった一文。


 そして。


 所有とは、持っていることではない。


 持ってよいと、誰かに記されたことである。


「昨日」


 ミラベルが静かに言った。


「争われていない権利書には用がない、と言いましたね」


 レオンは予告状から目を上げた。


「はい」


 ミラベルは、少しだけ笑みを含んで答えた。


 彼が何を言うのか、すでに分かっている顔だった。


「今は争われている」


 レオンは立ち上がった。


 冷めた朝食には手を付けないまま、グレアムの怪盗記録を閉じる。


「美術館へ行く。展示中止を求めるつもりはない。中止したところで、相手が予告を撤回する保証はないからな」


「引き受けるということだな」


「市からの依頼内容を確認してからだ」


「そこだけは律儀だな」


「誰の権利を守る仕事なのか、不明なままでは契約できない」


 レオンは、開かれていた紙羽根をミラベルへ戻した。


「元の折り目だけで畳めるか」


「やってみます」


「新しい折り目は付けるな」


「分かっています」


 ミラベルは、白い紙片を慎重に畳み始めた。


 古い罫線が内側へ隠れる。


 検認印の断片も見えなくなる。


 権利を記したはずの紙は、再び何も書かれていない白い羽根の姿へ戻っていった。


 レオンはその様子を見届けてから、予告状を手に取った。


 開封されたときの折り目。


 市警が確認したときの折り目。


 紙に残る線を一つずつ確かめ、届いたときと同じ形へ折り直す。


「この怪盗は嘘を書いていない」


 グレアムが眉を上げた。


「もう信用するのか」


 レオンは折り終えた予告状を、革製書類挟みへ戻した。


「信用はしていない。文章を読んだだけだ」

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