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観測余録 ― 宿泊完了
深夜。
灰冠ホテルの大広間から。
客の声は、すべて消えていた。
受付にいるのは。
夜勤の若い係員だけ。
背後の鍵掛けには、真鍮の鉤が整然と並んでいる。
その中で。
五〇七号室の鉤だけが、空いていた。
係員が宿帳を整理していると。
受付台の前に、小柄なドワーフの男が立っていた。
黒い礼装。
白い手袋。
細身の杖。
頭上には。
夜より黒い、シルクハット。
いつ入ってきたのか。
回転扉は動かず。
玄関の鈴も鳴らなかった。
係員は姿勢を正し。
宿帳を開いた。
「お名前を」
男は答えない。
代わりに。
真っ白な宿泊票を一枚。
受付台へ置いた。
「空室を一つ」
係員は戸惑い。
何も書かれていない票と。
男の顔を見比べた。
「お客様のお名前が必要です」
男は。
係員の背後へ視線を向けた。
五〇七号室の。
空いた鉤へ。
「名前がなければ、泊まっていないことになりますか」
「それは――」
係員が顔を上げたとき。
受付の前には。
誰もいなかった。
足音も。
開いた扉も。
杖の影さえ残っていない。
ただ。
真っ白な宿泊票だけが。
台の上に置かれていた。
その中央には。
いつの間にか。
小さな穿孔が。
一つだけ開いていた。
――観測記録、宿泊完了。




