第45話 芸術戦隊パレットレンジャーのみなさん
『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦……ええと、年代も国籍もバラバラの五名様。エドヴァルド・ムンクくん、ヨハネス・フェルメールくん、フィンセント・ファン・ゴッホくん、クロード・モネくん。そして……。……繰り返します。芸術戦隊『パレットレンジャー』の五名様をお預かりしております。心当たりのある保護者の方は、至急、冥界迷子センター第一ターミナルまでお越しください』
ピンポンパンポーン。
無機質で事務的な電子チャイムの音が、蛍光灯のチカチカと瞬く殺風景な待合室に響き渡った。
私、迷子センター受付係のナナシは、インカムから流れてきたカオス極まるアナウンスに、盛大なため息をついてバインダーを机に叩きつけた。
「……芸術戦隊パレットレンジャー!? ちょっと待て、前に来た『和歌戦隊ゴカセンジャー』の悪夢再びじゃないか! しかも今度は時代も国境も超えてるし、何より五人目が絶対におかしいだろ!」
私がツッコミの準備を万端にして受付カウンターから身を乗り出すと、そこには案の定、異常な光景が広がっていた。
絵の具まみれの作業着を特撮スーツ風に魔改造した四人の男たちと、一人だけゴリゴリのロココ調ピンクドレスを着込み、謎のステッキを構えた女性が、待合室のど真ん中で謎のフォーメーションを組んでいたのだ。
「自然を貫く果てしない叫び! 愛と死と不安のレッド! ……ああっ、ダメだ、敵の視線が怖い! 蛍光灯の人工的な光が私の神経を逆撫でする! 空が血のように赤く染まっている幻覚が見えるゥゥッ! 『病める子』を描いたのに批評家どもにボロクソに叩かれたトラウマが蘇るゥゥッ! リーダー無理ィィィ! ヒョエエエエエ! ムンク!」
センターに立つ男は、開口一番から両手で頬を押さえ、あの有名な『叫び』のポーズで激しくガタガタと震えながら自己紹介を放棄した。ノルウェーの巨匠、エドヴァルド・ムンクである。彼のスーツは不安を煽るようなうねる赤色で塗られているが、本人が震えすぎているせいで常に残像が見えている。
「光の魔術と高価なラピスラズリ! 真珠の輝きを放つブルー! ……ちょっと待って、このポーズの光の当たり方、計算と違う。受付の青年、そこの窓のブラインドを〇・二ミリ開けてくれたまえ。よし……いや、やはりダメだ。影のグラデーションが納得いかない。この名乗りのポーズを完璧に描き直すから、半年……いや、三年待ってくれ。フェルメール!」
オランダの寡作な天才、ヨハネス・フェルメールが、ポーズを決める仲間の顔に絵筆でハイライトを入れようとミリ単位の調整を始める。他のメンバーが秒単位で動く中、彼一人だけがコマ送り動画のような極端な遅さで動いており、周囲の時空が歪んでいる。
「太陽の灼熱、生命の鼓動! 狂気のイエロー! おいテオ! 黄色い絵の具が足りないぞ! 俺のスーツをもっと分厚く塗るための仕送りを頼む! ……ゴーギャン! どこだゴーギャン! 俺と一緒に黄色い家で暮らすんじゃなかったのかァァッ! ゴッホ!」
待合室のパイプ椅子にマスタード色の油絵の具をベタベタと厚塗りしながら、オランダの炎の画家、フィンセント・ファン・ゴッホが叫ぶ。彼のスーツからは、塗りたての油絵の具がボトボトと床に滴り落ち、すでに待合室の床をひまわり色に汚染し始めている。
「移ろいゆく光の束、睡蓮のグリーン! ……あー、ごめん、白内障でみんなの顔がよく見えないんだが、ここはジヴェルニーの庭で合ってるかい? とりあえず、この空間は乾燥しすぎている。床をぶち抜いてセーヌ川の支流を引き込もう。モネ!」
フランス印象派の巨匠、クロード・モネが、マイペースに巨大なツルハシを持ち出し、リノリウムの床を破壊して水を溜めようと大工事を始める。彼の足元には、どこから持ち込んだのか、本物のカエルがゲコゲコと鳴いていた。
「パンがなければ、絵の具を舐めればいいじゃない♡ 革命的キュートな王妃のピンク! 私こそがパレットの支配者! マリー・アントワネット!」
紅一点、フランスの悲劇の王妃マリー・アントワネットが、フリフリの扇子を広げてドヤ顔でウインクを放つ。彼女の周囲だけ、なぜかキラキラとした薔薇の幻影が舞っている。
「「「「「五つの色彩が交わる時、美術史に革命が起きる! 我ら、芸術戦隊・パレットレンジャー!!」」」」」
ドッッッバァァァーーン!!!
彼らがポーズを決めた瞬間、待合室の背後で、赤、青、黄、緑、ピンクの『本物の油絵の具』が爆薬のごとく盛大に飛び散った。
「うわああああっ! だから室内で火薬じゃなくて絵の具を爆発させるなァァァッ!! シンナーの匂いで目が、目がァァァッ!!」
私は、手元のモップと除光液を構えながらメガホンで怒鳴りつけた。
待合室の壁は一瞬にして、うねるような星月夜と、点描の真珠と、睡蓮の池と、絶叫する男の顔面が混ざり合った、この世の終わりみたいな前衛アートに染め上げられてしまった。
「あと、ツッコミどころが多すぎる! レッドは不安神経症でずっと耳塞いでるし、ブルーは動きが遅すぎてまだポーズ決めてないし、グリーンは床を掘って水浸しにするし、イエローは幻覚のゴーギャンにパイプ椅子を投げつけるな! そして何より……ピンク!! あんた画家じゃないでしょ!!」
私の至極真っ当な指摘に、ピンク担当のマリー・アントワネットは、フンッと鼻を鳴らしてふんぞり返った。
「あら、失礼ね! 戦隊モノには『パトロン』が必要でしょ? こいつら、才能はあるかもしれないけど、放っておいたら貧乏で絵の具も買えないし、メンタル病んで耳切ったり橋の上で絶叫したりするだけの陰キャ集団じゃない! 私がキラキラのピンクとしてセンターで華を添えて、莫大な予算で養ってあげてるのよ!」
「いや、あなたが一番目立ちたいだけですよね!? だいたい、ムンクがすでにあなたのドレスの派手な色使いにビビって叫んでますよ!」
「ヒョエエエエ! ピンクが眩しい! 蛍光色のマカロンが私の精神を蝕んでいく! 自然を貫く果てしない叫びが聞こえるゥゥッ! ダメだ、また『病める子』の時のように世間に冷たくされるんだ! 私の魂が黒く染まっていく……!」
ムンクは頭を抱えて崩壊したパイプ椅子の残骸の裏にうずくまり、胎児のような姿勢でガタガタと震え始めた。
「おいムンク! そんな暗い色でキャンバスを汚すな! もっと黄色だ! アルルの強烈な太陽のような黄色を塗るのだ! テオォォッ! テオはどこだ! レッドのスーツを黄色に塗りつぶしてやる!」
ゴッホが狂気の瞳で巨大な黄色い絵の具のチューブを絞り出し、ムンクに迫る。
「やめたまえフィンセント。君のその粗削りな筆致は、私の計算し尽くされた点描と光の調和を乱す。……あ、受付の青年。そこの窓のブラインドをもう少し……そう、あと〇・一ミリ……」
フェルメールが一人だけ時空が歪んだような遅さでマイペースに作業を続ける中、モネは自ら掘り起こした床の水たまりに睡蓮の造花を浮かべ、さらにどこからか持ち込んだ『太鼓橋』を待合室のど真ん中に建設し始めていた。
「うむ、素晴らしい水鏡だ。あとは睡蓮の葉の裏に落ちる青い影を……」
「あーもう、最悪の協調性だ! なんでこんなバラバラの連中で戦隊組んだんですか!? 共通点『絵の具を使う』ことしかないじゃないですか!」
「フフッ。それはもちろん、あの世の保守派画壇をぶっ壊すためよ!」
マリー・アントワネットが扇子で口元を隠し、悪役令嬢のような高笑いを上げた。
「私、現世じゃルブラン夫人に肖像画を描かせてたんだけど、あの世に来たらみんな『伝統が〜』とか『写実性が〜』とかうるさくて! だから、歴史上最高にぶっ飛んだクセ強の画家たちを集めて、私がプロデュースして最高にアヴァンギャルドな肖像画を描かせてやろうと思ったの! さあ、行くわよお前たち! 私のために最高の映える絵を描きなさい! まずは私をモデルにデッサンよ!」
マリー・アントワネットが、モネの作った太鼓橋の上で、マカロンを片手に優雅なポーズを決める。
「王妃様、マカロンの質感をもっと引き出すために、ラピスラズリを追加で輸入しても……?」
「却下よフェルメール! あんた遅いし金かかりすぎ!」
「あああ……王妃の首が飛ぶ幻覚が見える……! 空が血のように赤く染まる……! 私の不安が爆発するゥゥッ!」
「ムンク! 叫んでる暇があったら黄色を塗れ黄色を! ひまわりを持たせろ!」
「うむ、水鏡に映る王妃のドレスのピンク……光の乱反射がいとをかし……」
パトロンの号令のもと、天才画家たちが一斉に巨大なキャンバスに向かって、個性が大渋滞した絵を描き始めた。
ゴッホが狂ったようなストロークで渦巻く夜空とひまわりを叩きつけ、ムンクが不安と恐怖の黒と赤を撒き散らし、モネがモヤモヤとした光の束で全体をぼかし、フェルメールが三時間かけてマカロンのツヤを一滴だけ描き込む。
その結果、キャンバスに現れたのは——。
「ちょっと! なにこれ!?」
マリー・アントワネットがキャンバスを見て絶叫した。
「顔面が歪んで絶叫してるマカロンの横で、ひまわりが渦巻いてて、全体的に水没してて、変な真珠の光沢だけが浮いてるじゃない! 私、一ミリも描かれてないわよ! ただの『精神崩壊した池』じゃないの!!」
「黙れ! これが俺の魂のひまわりだァァッ!」
「ヒィィィ! キャンバスの中から私を見つめるなァァッ!」
「やめてェェェッ!! 待合室の壁と床をこれ以上汚さないでェェッ!!」
私がメガホンを放り投げ、ついにキレてモップを振り回そうとした、その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!
突然、迷子センター全体が激しい地震のように揺れ始めた。
「な、なんだ!? 敵の襲撃か!?」
モネが筆を落として太鼓橋にしがみつく。
「ち、違う……!」
私は、部屋のど真ん中を見て息を呑んだ。
ゴッホの厚塗りされた黄色い油絵の具、ムンクの不安に満ちた赤、モネの大量の睡蓮の水、フェルメールの高価な顔料。それらが床の上で混ざり合い、信じられないことに、ドロドロと意志を持ったように隆起し始めたのだ。
「あ、あれは……!」
四人の天才たちの『強すぎる狂気と執念』が具現化した、全高三メートルに及ぶ巨大な絵の具の怪物。
名付けるならば、『超絶前衛・アヴァンギャルド・顔料ゴーレム』!!
「グオォォォォォ……!!(※批評家ハ皆殺シダァァァッ!)」
ゴーレムが咆哮を上げると、絵の具の飛沫が機関銃のように飛び散り、待合室の窓ガラスを一斉に粉砕した。
「キャアアアッ! 私のドレスに油絵の具が! クリーニング代請求するわよ!」
「あああっ! 私の不安が実体化した! 世界が終わるゥゥッ!」
ムンクが完全に白目を剥いてパイプ椅子の残骸と共に気絶する。
「おのれ! 俺の黄色を勝手に濁らせるな! 許せん! 食らえ、『アルルの跳ね橋アタック』!」
ゴッホが絵筆を構えて突撃するが、ゴーレムの巨大な泥の腕で虫ケラのように弾き飛ばされた。
「ダメだ! パレットレンジャーの物理攻撃じゃ、あの絵の具の塊には勝てない!」
私が絶望し、非常ベルを押そうとした時だった。
「……フッ。仕方ないわね。パトロンの私自らが出るしかないようね」
マリー・アントワネットが、扇子をパチンと閉じ、ロココ調のドレスの裾を優雅に持ち上げた。
「いくわよ、お前たち! 私に続け! パレットレンジャー、究極奥義よ!」
「オオオォォォッ! 俺の耳がちぎれるほどのパッションを込めるぞ!」
「……光の、収束を……今、ここに……」
「睡蓮の……ええと、とりあえず水バシャーッ!!」
「(※ムンクは気絶したまま白目で叫んでいる)」
パトロンの号令の下、天才画家たちの狂気が一つに収束していく。
「食らいなさい! 『ベルサイユ・インパスト・スクリーム・ウォーターリリー・真珠の耳飾りのマカロン・ギロチン・バスター』!!!」
ズドォォォォォォォォンッ!!!
四人の天才の絵の具エネルギーと、マリー・アントワネットの莫大な予算が融合した、極彩色の超特大ビームが、ゴーレムのど真ん中に直撃した。
「グギャアアァァァッ!?」
ゴーレムは断末魔の叫びを上げ、光の束に飲み込まれ、最後は美しい一幅の『静物画』となって床にパタンと倒れ込んだ。
「……ふぅ。どう? これが私のプロデュース力よ」
マリー・アントワネットが、汗一つかかずにドヤ顔で振り返る。
「す、すげえ……! けど、待合室が完全に崩壊してるゥゥッ!!」
私は、四方の壁が吹き飛び、床が水没し、天井から油絵の具がポタポタと落ちてくる惨状を見て、ついに涙腺が崩壊した。
「もう帰ってください! 早くあの世のルーヴルに行って暴れてきてください!」
私はタブレットの「引き渡し完了」ボタンを、親指がへし折れる勢いで連打した。
ピロンッ! という場違いなほど軽快な電子音が鳴り、五人の足元に真っ白な光の道が現れる。
「あら、もうお時間? 仕方ないわね。さあお前たち、あの世のアカデミーに殴り込みよ! 私の美貌とあんたたちの狂気で、審査員どもの度肝を抜いてやりなさい!」
「オオオォォォッ!!(※ゴッホのみ)」
「ヒョエエエエエ!!(※ムンク、気絶から復帰して悲鳴)」
マリー・アントワネットを先頭に、黄色い絵の具を振り回すゴッホ、耳を塞いで絶叫するムンク、水たまりを歩きながらスケッチするモネ、そして一人だけものすごく遅い歩みでついていくフェルメール。
美術史を彩る天才と王妃たちは、凄まじい色彩のオーラとカオスな不協和音を撒き散らしながら、光の彼方へと消えていった。
「ふぅ……。結局、天才画家ってのは誰一人として他人の話を聞かないし、それをまとめ上げるには王妃クラスの圧倒的な自己チューと権力が必要ってことだな……」
私が、待合室の壁に塗りたくられた「絶叫するひまわりとマカロン」という名状しがたい前衛アートを見上げ、除光液とモップで泣きながら清掃を始めた、その時だった。
ピンポンパンポーン。
休む間もなく、無機質なチャイムが響き渡る。
それに続いて流れてきたアナウンスに、私はシンナーの缶を落としそうになった。
『——お客様のお呼び出しを申し上げます。システムエラーから復旧しました。西暦一八二七年、オーストリアのウィーンからお越しの、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンくん。享年五十六歳。……繰り返します。ベートーヴェンくんをお預かりしております——』
「……来やがった! 度重なるバグとカオスな乱入者たちのせいで順番を飛ばされまくっていた『楽聖』、ベートーヴェン!!」
私は、慌ててドイツ語の通訳機をセットし、絵の具と水でメチャクチャになった待合室の惨状を見渡しつつ、急いで分厚い耳栓と防音マニュアルを探し始めた。
「終わった……! クラシック音楽の歴史を変えた超絶気難しい大天才だぞ! 迷子センターのアナウンスが聞こえなくてブチギレてるとか、このメチャクチャな待合室を見て、デスクをピアノ代わりに叩きながら怒りの爆音交響曲を作曲し始めるパターンに決まってる……!」
どうやら今日の冥界迷子センターも、私を平和な定時退社へと導いてくれる気は毛頭ないらしい。私は深い絶望と、鼓膜が破れる恐怖とともに、次なる「人類最高峰にして最恐の音楽家」を迎える覚悟を決めた。




