↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥界迷子センター  作者: てっぺい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/55

第43話 真田十勇士のみなさん

『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦一六一五年、大坂夏の陣からお越しの……猿飛佐助《さるとびさすけ》くん、霧隠才蔵《きりがくれさいぞう》くん、ほか八名。……繰り返します。真田十勇士《さなだじゅうゆうし》の十名様をお預かりしております。心当たりのある保護者の方は、至急、冥界《めいかい》迷子センター第一ターミナルまでお越しください』


 ピンポンパンポーン。

 無機質で事務的な電子チャイムの音が、蛍光灯のチカチカと瞬く殺風景な待合室に響き渡った。


 私、迷子センター受付係のナナシは、インカムから流れてきたアナウンスに、盛大なため息をついて頭を抱えた。


「……十名様!? 赤穂浪士の四十七人に比べればマシだけど、また団体客かよ! しかも真田幸村に仕えた、日本一有名な忍者と豪傑のチームじゃないか! 絶対に待合室がむさ苦しいことになってるぞ!」


 私が恐る恐る受付カウンターから顔を出すと、待合室の床にはおびただしい数の撒菱《まきびし》と手裏剣が散乱し、謎の煙幕がもうもうと立ち込めていた。


 そして、その煙の中で。


「俺の火遁《かとん》の術が湿気で不発だったせいだ!」「違う、俺が影分身を出すタイミングがコンマ一秒遅れたからだ!」「うるせえ! そもそも腹が減って戦の途中で力が出なかったんだよ!」「幸村様はご無事か!?」「俺の火縄銃の弾が尽きたのが敗因だ!」「拙僧《せっそう》の祈祷《きとう》が足りなかったのか!?」「才蔵、お前戦の最中も前髪気にしてただろ!」「俺たちの存在って歴史上半分フィクションじゃねえか!」「家康の首はどこだ!」「とりあえず団子食いてえ!」


 忍者、僧兵、武芸者。バラバラの個性を持つ十人の屈強な男たちが、誰一人として他人の話を聞かず、一〇〇パーセントの音量で同時にギャーギャーと自己主張を激突させていた。


 一歩間違えれば乱闘騒ぎである。

 待合室の空気は、彼らの熱気と未練と自己顕示欲で酸欠状態に陥っていた。


「あ、あのー! 真田十勇士のみなさん! ちょっと静かにしてもらえます!? 十人同時に喋られても何言ってるか全く聞き取れないんですけど!」


 私がメガホンで叫んだ、その時だった。


 ウィーン。

 センターの自動ドアが開き、パタパタという優雅な足音と共に、場違いなほど高貴で、そして『ひどく疲れ切った』ため息が響いた。


「——はぁ。また十人のクレーム処理ですか。閻魔大王も、私のスキルを便利使いしすぎじゃないですかね」


 そこに立っていたのは、立派な冠を被り、手には笏を持ち、古代の豪奢な礼服に身を包んだ男性だった。


 その顔立ちには深い知性と慈悲が宿っているが、目の下には現代のコールセンターの管理職のような真っ黒なクマが刻まれている。


 飛鳥時代の超大物政治家にして、十七条の憲法や冠位十二階を制定した日本のレジェンド、聖徳太子。その人である。


「えっ!? し、聖徳太子!? なんで飛鳥時代の皇族が、戦国時代の忍者たちを迎えに来るんですか!? 時代が千年もズレてますよ!」


 私が驚いて叫ぶと、聖徳太子は手にした笏で自分の肩をトントンと叩きながら、死んだ魚の目で私を見た。


「ええ、時代も接点もまったくありません。ですがね、受付の青年。あの世のデータベースで『十人組』『クレーム対応』『同時発声』というタグで検索すると、自動的に『十人の話を同時に聞き分けた』という伝説を持つ私のアカウントに、強制的に保護者要請の通知が飛んでくるんですよ! いい迷惑です! 先週なんて、現世の地下アイドルの十人組の愚痴を聞かされたんですよ!?」


「あー……神話や伝説のスキルが、あの世のカスタマーサポートとしてシステムに組み込まれちゃってるんですね。ご愁傷様です」


 太子が愚痴をこぼしている間にも、真田十勇士たちは「誰だこのヒゲの偉そうなおっさんは!」「幸村様の迎えじゃないのか!」「とりあえず俺の火縄銃を見ろ!」と、さらにボリュームを上げて十人同時に怒鳴り始めた。


「うるさーーーーーい!!」


 聖徳太子のブチギレた一喝が、待合室の空気をビリビリと震わせた。

 十勇士たちが一瞬だけビクッと黙った隙を突き、太子は目をギュッと閉じ、手にした笏を指揮棒のように振るった。


「……システム起動。音声同時解析処理、開始します」


 ブツブツと呟いた次の瞬間。

 聖徳太子の口から、信じられないスピードで、十個の的確なアンサーがマシンガンのように撃ち出された。


「猿飛佐助、火遁の術の不発は湿気ではなくお前の火薬の調合ミスだ、反省しろ! 霧隠才蔵、お前の前髪は死んでも完璧にキマっているから安心しろ! 三好清海入道、団子と腹ごしらえなら三途の川の茶屋にある! 三好伊三入道、兄の悪口を言うな! 筧十蔵、火縄銃の弾はあの世の売店で買える! 由利鎌之助、槍の刃こぼれは後で私が砥石を貸してやる! 根津甚八、船酔いはもう死んでるから治る! 望月六郎、爆薬の作り方は向こうでノーベルに聞け! 海野六郎、幸村公は無事に向こうで酒を飲んでおられる! そして穴山小助、幸村公の影武者としての見事な散り際、見事であった!」


「「「「「…………え?」」」」」


 十勇士たちの声が、ピタリと止まった。


「……以上、十件のクレームに対する個別アンサーです。何か質問は? なければさっさとあの世のゲートをくぐりなさい。私はこれから、小野妹子《おののいもこ》と隋への外交文書の打ち合わせがあるんです」


 太子が乱れた襟元を正してため息をつくと、十勇士たちは互いの顔を見合わせ——次の瞬間、パイプ椅子から転げ落ちる勢いで一斉に土下座した。


「す、すげえぇぇぇッ!!」


「俺たちのバラバラの言葉を、一瞬で聞き分けて完璧な指示を出しやがった!」


「なんという情報処理能力! なんという聖人君主の器!」


「幸村様以外に、俺たち十人をここまで完璧にまとめ上げる御方がいたとは!」


「一生ついていきます、太子様ァァァッ!!」


 忍者と豪傑たちが、感動のあまり涙を流し、聖徳太子の足元にすがりついた。


「ひっ!? ちょっと、やめなさい! 私は飛鳥時代の皇族ですよ! 戦国時代の泥臭い忍者なんて必要ありません! 冠位十二階に忍者の枠なんてないんですから!」


「いいえ! 今日から俺たちは『太子十勇士』です! 推古天皇の警護でも、蘇我氏の暗殺でも、なんでもやりますぜ!」


「物騒なことを言うな! お前たちみたいな連中を引き連れて歩いたら、私がクーデターを起こすみたいじゃないか! 離れなさい!」


 超有能なコールセンターのクレーム対応が完璧すぎたせいで、逆にヤバいクレーマーにガチ恋されてしまった担当者のような悲劇である。


 私は無言で、撒菱をホウキで掃き集めながら、タブレットの「引き渡し完了」ボタンをタップした。


 ピロン、という電子音と共に、彼らの足元に真っ白な光の道が現れる。


「さあ、太子様! 俺たちが護衛しますんで、あの世の隋《ずい》の皇帝、煬帝《ようだい》にも強気で外交しましょうぜ!」


「やめろ! 『日出づる処の天子〜』の手紙だけで向こうはブチギレてるのに、お前らみたいな戦闘集団を連れて行ったら国際問題になる! 受付の青年、助けてくれ! カスタマーハラスメントだ!」


「あー、お疲れ様です。マルチタスクの伝説も考えものですね。気をつけて行ってらっしゃいませー」


 私が笑顔で見送ると、真田十勇士たちは、聖徳太子を神輿のように担ぎ上げ、「エイエイオー!」というやかましい雄叫びと共に、光の中へと猛スピードで駆け抜けていった。


「やめろォォォ! 十七条の憲法に『人を担ぐな』と書き足してやるゥゥッ!」


 日本の歴史を動かした天才政治家の情けない悲鳴は、忍者たちの熱苦しい笑い声と共に、完全に光の中へと溶けて消えていった。


「ふぅ……。結局、神話級のスキルを持っていても、エゴの強い十人の体育会系に好かれたら、胃薬がいくつあっても足りないってことだな……」


 私が、十勇士が残していった煙幕の匂いを換気扇で追い出し、今日こそは静かな定時退社を迎えられると確信した、その時だった。


 ピンポンパンポーン。

 休む間もなく、無機質なチャイムが響き渡る。


 それに続いて流れてきたアナウンスに、私は思わず手元のホウキを床に落としそうになった。


『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦一六四五年、肥後国、霊巌洞からお越しの、新免武蔵藤原玄信くん——宮本武蔵くん。享年六十二歳。……繰り返します。宮本武蔵くんをお預かりしております——』


「……はぁ!? 今度は天下無双の剣豪、宮本武蔵!? 六十回以上の決闘で一度も負けなかった、あの超絶戦闘狂の大天才じゃないか!」


 私は、慌てて待合室の壊れやすい備品を安全な場所へ隠しながら、彼が『五輪書』の極意だとか言って受付カウンターを木刀で真っ二つに叩き割った時のための、損害賠償マニュアルと始末書を探し始めた。


「生涯無敗のまま死んだ剣豪だぞ! あの世で自分より強い奴と戦わせろってブチギレてるとか、待合室のハエを木刀で撃ち落とそうとして暴れ出すパターンに決まってる……!」


 どうやら今日の冥界迷子センターも、私を平和な定時退社へと導いてくれる気は毛頭ないらしい。私は深い絶望とともに、次なる「天下無双の剣客」を迎える覚悟を決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。