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冥界迷子センター  作者: てっぺい


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第37話 アーサー王くん

『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦……ええと、年代不明。場所不明。お名前、アーサー王くん。享年不明。……繰り返します。円卓の騎士を率いるアーサー王くんをお預かりしております。心当たりのある保護者の方は、至急、冥界めいかい迷子センター第一ターミナルまでお越しください』


 ピンポンパンポーン。

 無機質で事務的な電子チャイムの音が、蛍光灯のチカチカとまたたく殺風景な待合室に響き渡った。


 私、迷子センター受付係のナナシは、英語の通訳機をインカムにセットしながら、受付カウンターの裏で身構えていた。


「架空の人物、神話の存在まで来るなんて聞いてないぞ……! 絶対に聖剣エクスカリバーで待合室を両断して、『我が理想の城はどこだ!』って暴れ回るに決まってる!」


 私は、飛んでくる斬撃を防ぐために、分厚いカタログ雑誌を胸に抱えてそっと顔を出した。


 ……しかし。


「どうして……どうしてこうなったんだ……。私の人生、設定が盛られすぎじゃないか……?」


 プラスチック製パイプ椅子の上で。

 まぶしいほどに輝く白銀の甲冑かっちゅうに身を包んだ金髪の美男子が、両手で顔をおおい、深く、深く絶望していた。


 彼の手元からは、あの有名な聖剣エクスカリバーが滑り落ち、リノリウムの床に深々と突き刺さっている。


 ケルト神話や中世の騎士道物語が複雑に絡み合って生まれた、ブリテンの伝説の君主、アーサー王その人である。


「あのー、アーサー王さん。とりあえず床に聖剣刺すのやめてもらえます? 抜けなくなったら困るんで。温かいミルクティーでも飲みますか?」


 私が紙コップを差し出すと、伝説の王は血走った目で私を見上げた。


「ミルクティー……ああ、ありがとう。……聞いてくれ、受付の者。私は元々、五世紀頃にサクソン人と戦った、泥臭いブリトン人の部隊長にすぎなかったはずなんだ」


「まあ、歴史的なモデルはその辺りだと言われてますね」


「それが、吟遊詩人ぎんゆうしじんたちが面白おかしく語り継ぐうちに、石に刺さった剣を抜くわ、湖の妖精から聖剣をもらうわ、魔法使いのジジイ(マーリン)に振り回されるわで、どんどん設定がインフレしていってだな!」


 アーサー王は、ミルクティーを握りしめながら、限界を迎えたクリエイターのように頭を掻きむしった。


「極めつけはフランスの連中だ! あいつら、自分たちの国のウケを良くするために『ランスロット』とかいうフランス出身の最強無敵イケメン騎士を勝手に公式設定に組み込みやがって! おまけに私の妻グィネヴィアと不倫するドロドロの愛憎劇まで追加しおった! なんで私が、自分の物語の中で寝取られの悲劇の夫を演じなきゃならんのだ!」


「あー……二次創作が公式に逆輸入されて、正史になっちゃったパターンですね。辛い」


「さらにキリスト教圏の連中が『聖杯探索』なんてオカルト要素を足すから、優秀な騎士たちが次々と国を空けて過労死していくし! 最後は隠し子のモルドレッドに反逆されて国が滅ぶって、私の人生、脚本家の悪意が強すぎないか!?」


 年代も享年も不明。

 伝説の王を縛り付けている未練は、理想郷キャメロットの崩壊への悲しみなどではなく、「何百年にもわたる後世の『同人活動』によって、自分の人生が悲劇の昼ドラに魔改造されてしまった」という、理不尽すぎる設定過多への疲労だった。


「おまけに極東の国では、私が美少女に女体化されてスマホゲームでガチャから排出されていると聞いたぞ! 私のアイデンティティはどこにあるのだ!」


「まあ、著作権切れの宿命ですね。ドンマイです」


 彼が「もう一度、ただの泥臭い戦士に戻してくれ!」と泣き叫んでいた、その時だった。


 ウィーン。

 センターの自動ドアが開き、チャキチャキとした、どこか柄の悪い足音が響いた。


「——ハッハッハッ! 相変わらず湿っぽい顔をしておられるな、我が王よ!」


 そこに立っていたのは、円卓の騎士でも、魔法使いマーリンでもなかった。


 立派な騎士の格好はしているが、無精髭ぶしょうひげを生やし、どこか山賊や詐欺師のような胡散臭うさんくさい空気を漂わせた男だった。その小脇には、分厚い羊皮紙の束が抱えられている。


「き、貴様は……トマス・マロリー!」


 アーサー王が、聖剣を抜くのも忘れて立ち上がった。


 サー・トマス・マロリー。

 一五世紀のイギリスの騎士でありながら、強盗や恐喝、暴行などの罪で何度も投獄され——その獄中生活の暇つぶしとして、散らばっていたアーサー王伝説を一つにまとめ上げ、決定版である『アーサー王の死』を書き上げた「最悪の無法者にして、最高の編纂者へんさんしゃ」である。


「貴様ァァァッ! 貴様が、私のバラバラだった伝説を、あんなドロドロの悲劇として綺麗に一つにまとめやがったせいで! 私の『寝取られ・裏切られ・国滅亡』の悲劇の王ルートが世界中で確定してしまったではないか!」


「人聞きの悪いことを言わないでいただきたい! 私はただの牢獄ろうごくでの暇つぶし……いや、偉大なる王のロマンを後世に残すために、少しばかり『読者のウケがいいように』編集してやっただけですぞ!」


 マロリーは悪びれる様子もなく、分厚い原稿の束をバンバンと叩いた。


「だいたい、王よ! ただサクソン人をボコボコにしただけの泥臭いおっさんの話なんて、誰が読みたがりますか! そこに『愛』と『裏切り』と『魔法』と『悲劇の結末』という極上のエンターテインメントのスパイスを振りかけたからこそ、あなたの物語は不朽の名作になったのでしょうが!」


「ス、スパイスが強すぎるのだ! 私の胃はボロボロだぞ!」


「受付の青年! 彼に現在の『アーサー王ブランド』の経済効果を教えてやってくれ!」


 マロリーにウインクされ、私は無言でタブレットを操作した。


「ええと、アーサー王さん。あなたの伝説をモチーフにした映画、小説、アニメ、ゲーム……すべて合わせると、世界中で天文学的な経済効果を生み出してますね。現代のファンタジーというジャンルそのものが、あなたという『概念』の上に成り立っていると言っても過言じゃありません。女体化も、愛ゆえですよ」


「なっ……私という概念が、現代の……?」


 アーサー王は、大きく目を見開いた。


「お分かりかな、我が王よ」

 マロリーはニヤリと笑い、アーサー王の前に歩み寄って、その白銀の肩甲をポンと叩いた。


「あなたはもう、一人の人間ではない。時代を超え、国境を越え、何百億もの人々の心に『騎士道』と『夢』を抱かせる、永遠の器になったのだ。私がその枠組みを作ったのだから、少しは感謝してほしいものですな」


 詐欺師スレスレの無法者な騎士が語る、あまりにも壮大な真実。

 しかし、その言葉には、彼自身がアーサー王という伝説に誰よりも魅了され、愛していたという確かな熱が込められていた。


「永遠の器……。私の悲劇が、誰かの夢や創作のいしずえになっているというのか……」


 アーサー王は、深く息を吐き出し、床に刺さっていたエクスカリバーをスッと引き抜いた。そして、諦めと、少しの誇りが混じったような、王らしい柔らかな微笑みを浮かべた。


「……ふん。悪党の編纂者め。口が達者なのは相変わらずだな」


「これはお褒めの言葉と受け取っておきましょう」


 私は無言で、タブレットの「引き渡し完了」ボタンをタップした。


 ピロン、という電子音と共に、二人の足元に真っ白な光の道が現れる。


「さあ、行きましょうぞ、我が王。あの世の図書館には、あなたが女体化された極東のゲームの画集も取り揃えてあるとか。一緒にレビューを書きましょう!」


「やめろ! それ以上私の設定をこじらせるな! せめてあの世では、ただの静かな隠居生活を送らせてくれ!」


 伝説の王と、その伝説を作り上げた無法者の騎士は、漫才のようなやり取りを響かせながら、光の道へと楽しげに歩き出していく。


「受付の者、ミルクティー感謝する! あの世の私の設定に『紅茶好き』が追加されるかもしれないな!」


「ええ。向こうでは、二次創作に振り回されない平和な日々を送ってくださいね」


 私が深く会釈えしゃくをすると、幾千もの物語の呪縛から解放された伝説の君主は、光の中へと完全に溶けて消えていった。


「ふぅ……。結局、神話や伝説の英雄も、ファンの熱量と編集者のゴリ押しで作られてるってことだな」


私が、エクスカリバーによって開けられたリノリウムの床の穴をガムテープでふさぎ、今日こそは本当に平和な気持ちで帰れそうだと、大きく伸びをした、その時だった。


 ピンポンパンポーン。

 休む間もなく、無機質なチャイムが響き渡る。


 それに続いて流れてきたアナウンスに、私は金庫のダイヤルを回す手をピタリと止めた。


『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦一九三一年、日本の東京からお越しの、渋沢栄一しぶさわえいいちくん。享年九十一歳。……繰り返します。渋沢栄一くんをお預かりしております——』


「……はぁ!? 今度は日本資本主義の父、渋沢栄一!? あの『新一万円札の顔』に大抜擢された大実業家じゃないか! しかも九十一歳で大往生したのに、なんで迷子になってるんだよ!」


 私は、彼が待合室を勝手に株式会社化して株式上場し始めた時のための定款ていかんストップマニュアルを慌てて探し始めた。


「五百もの会社を創った経済のバケモノだぞ! 絶対に『俺が新しい顔だ!』っていう、とんでもないスケールの承認欲求を持ち込んでくるに決まってる……!」


 どうやら今日の冥界迷子センターも、私を平和な定時退社へと導いてくれる気は毛頭ないらしい。私は深い絶望とともに、次なる「日本経済のドン」を迎える覚悟を決めた。

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