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冥界迷子センター  作者: てっぺい


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第35話 ザビエルくん

『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦一五五二年、中国の広東カントン上川島じょうせんとうからお越しの、フランシスコ・ザビエルくん。享年四十六歳。……繰り返します。ザビエルくんをお預かりしております。心当たりのある保護者の方は、至急、冥界めいかい迷子センター第一ターミナルまでお越しください』


 ピンポンパンポーン。

 無機質で事務的な電子チャイムの音が、蛍光灯のチカチカとまたたく殺風景な待合室に響き渡った。


 私、迷子センター受付係のナナシは、ポルトガル語の通訳機をセットしながら、待合室の異様な光景に目を疑った。


「オーマイゴッド!! 違う、違うのだ! 私は河童ではない! ただのハゲでもない! これは『トンスラ』という、神に仕える者の神聖な髪型なのだァァァッ!!」


 受付カウンターの向こう側で、黒い宣教師の衣服をまとった男が、自分の頭頂部を両手で必死に隠しながら発狂していた。


 日本に初めてキリスト教を伝えた歴史的偉人にして、日本で最も顔を知られている、そしてイジられている外国人、フランシスコ・ザビエル。


「あー、ザビエルさん。落ち着いてください。とりあえず温かい緑茶でも飲みます? あ、布教活動の時に持ち込んだカステラとか金平糖もありますよ」


 私がカウンター越しに声をかけると、ザビエルは血走った目で私をギロリと睨みつけた。


「菓子などいらん! それより受付の青年、私の頭を見るな! ああ、神よ! 私が命懸けで嵐の海を渡り、未開の島国でボロボロになりながら愛を説いたというのに! 四百年後の日本の歴史教科書で、私が一体どんな扱いを受けているか知っているのか!?」


「ええと……国民的フリー素材、ですかね」


「その通りだ! 私は天国からずっと見ていたぞ! ちょんまげを描き足されたり、サングラスをかけさせられたり、額に『肉』と書かれたり! ひどい時は頭頂部にプロペラを描かれて『空飛ぶザビエル』にされていた! 私の伝道への情熱は、日本の学生たちの落書きキャンバスとして消費されるためだったというのか!」


 ザビエルはパイプ椅子から崩れ落ち、リノリウムの床をバンバンと叩いてむせび泣いた。


 享年四十六歳。日本での布教を終え、中国本土への布教を夢見ながら、無念の病死を遂げた偉大な宣教師。

 しかし、彼を迷子センターに縛り付けている未練は、「志半ばで倒れた無念」よりも、「四百年間、中高生に落書きされ続けた精神的苦痛とアイデンティティの崩壊」という、ひどく現代的で不憫なものだった。


「私は日本を愛していた……! 日本の民は理性的で素晴らしいと本国に手紙まで書いたのに! なぜ彼らは、私の教えではなく、私の頭頂部ばかりを見るのだ……っ!」


 ザビエルが絶望のどん底で嘆いていた、その時だった。


 ウィーン。

 センターの自動ドアが開き、ペタペタというだらしない上履きの足音が響いた。


「——うおっ! ヤベェ! マジで本物のザビエルじゃん!」


 甲高く、底抜けにアホっぽい声だった。


 そこに立っていたのは、現世のどこにでもいるような、絶賛中二病と反抗期をこじらせた現代の中学二年生の男子だった。ブレザーのネクタイは緩み、ズボンは腰パン。手にはなぜか、ボロボロになった『中学歴史』の教科書と、シャーペンを握りしめている。


 私が手元のタブレットでデータベースを確認すると、そこにはこう書かれていた。


『保護者:現世において、最もザビエルの肖像画に魂(落書き)を注ぎ込んだ中学生』


「すげぇ! 教科書のまんまハゲてる! おいおっさん、ちょっとこっち向いて! スマホ持ってくればよかったー!」


 中学生は悪びれる様子もなく、パイプ椅子の前で泣いているザビエルの頭を覗き込もうとウロウロし始めた。


「き、貴様かァァァッ!!」


 ザビエルが、鬼の形相で立ち上がった。


「私の神聖なる肖像画を、モヒカンにしたり、サイボーグ風のメカザビエルにしたり、口からビームを出させたりした冒涜者は!」


「おっ、すげえ! 俺の落書き、天国まで届いてたの!? いやー、でもあれ俺だけの功績じゃないっすよ。クラスの男子全員で『誰が一番ザビエルを面白くできるか選手権』やってるから!」


「選手権にするな! なんという罰当たりな! 私は歴史を変えた偉人なのだぞ!」


 ザビエルが顔を真っ赤にして怒鳴りつけるが、中学生は全くこたえていない。むしろ、目をキラキラさせて自慢げに胸を張った。


「偉人っていうか、あんたもう、俺たちの学校じゃ『神』だぜ?」


「……神、だと?」


「そうだよ! 歴史の授業ってさ、年号とか名前とか漢字ばっかりで超眠いじゃん。午後の5時間目なんか地獄だよ。でもさ、教科書ペラってめくって、あんたのページが来た瞬間、絶対みんな目が覚めるんだぜ!」


 中学生は、ボロボロの教科書をザビエルの前に突き出した。

 そこには、七色の蛍光ペンでデコレーションされ、サングラスとヘッドホンを装着した『DJザビエル』が描かれていた。


「みんなで落書き見せ合って、必死に笑いこらえてさ。あんたのおかげで、退屈な授業がめっちゃ楽しくなるんだ! それに……俺、勉強とか超苦手で、歴史のテストいっつも一桁なんだけどさ」


 中学生は、ニカッと笑ってシャーペンでザビエルを指差した。


「『1549年(以後よく)広まるキリスト教・フランシスコ=ザビエル』。これだけは、絶対に間違えねえんだ! あんたのおかげで、俺、この前の小テストで初めて10点以上取れたんだぜ! マジで感謝してる! あんたは俺たちの救世主ヒーローだよ!」


「きゅ……救世主……」


 ザビエルは、ポカンと口を開けたまま硬直した。


 キリスト教の教義とはまったく関係ない。ただの授業中の暇潰し。

 しかし、四百年後の異国の若者たちが、日々の退屈やテストの重圧という『苦しみ』から、自分の存在によって笑顔になり、救われているというまぎれもない事実。


(……おお、主よ。これもまた、あなたがお与えになった一つの『伝道』の形なのでしょうか……!)


 ザビエルの瞳から、先ほどまでの怒りとは違う、熱い涙がボロボロとこぼれ落ちた。


「……フッ。よかろう」


 ザビエルは、涙を拭い、大げさな身振りで宣教師としての威厳を取り戻した。


「私のこの頭頂部が、悩める若羊たちの光となるのであれば! いくらでも描くがよい! ただし、次はもっと上手く描けよ! 口からビームはやめろ!」


「マジで!? よっしゃ、おっさん公認ゲットー! じゃあ次は、超絶イケメンの『七色に光るザビエル』にしてやるよ!」


「七色に光らせるなと言っているだろうが!!」


 なんだかんだで息の合ったコントを繰り広げる宣教師と中学生を前に、私は無言でタブレットの「引き渡し完了」ボタンをタップした。


 ピロン、という電子音と共に、二人の足元に真っ白な光の道が現れる。


「ほら、ザビエルさん。現代の信仰リスペクトの形も悪くないでしょ。気をつけて行ってくださいね。君も、早く現世に戻って勉強しなさい」


「おう! サンキュー受付のお兄さん! 行くぜおっさん!」


「おっさんではない! フランシスコだ! ああもう、引っ張るな!」


 中学生に腕を引っ張られながら、ザビエルは満更でもない様子で光の道へと歩き出す。そして最後に、私に向かってビシッと親指を立ててみせた。


「受付の青年! アーメン!」

「はいはい、アーメン」


 アホな中学生の笑い声と、それにツッコミを入れる偉大な宣教師の背中は、光の中へと賑やかに溶けて消えていった。


「ふぅ……。後世に名を残す偉人ってのは、いじられてナンボってことだな」


 私が、ザビエルが座っていたパイプ椅子を定位置に戻し、大きく伸びをした、その時だった。


 ピンポンパンポーン。

 休む間もなく、無機質なチャイムが響き渡る。


 それに続いて流れてきたアナウンスに、私は思わず右耳の翻訳機を叩いて故障を疑った。


『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦一七二七年、グレートブリテン王国のケンブリッジ、トリニティ・カレッジからお越しの、アイザック・ニュートンくん。享年八十四歳。……繰り返します。ニュートンくんをお預かりしております——』


「……はぁ!? 今度は近代物理学の父、ニュートン!? あの『リンゴが落ちた』の逸話で世界一有名な天才じゃないか!」


 私は、慌てて英語の通訳機をセットしながら、さらに次のデータを見て絶望した。


「……ちょ、待て。お名前は『アイザック』だけど、登録されてる未練の内容が……『万有引力』じゃなくて、『なぜ後世の人間は、私の業績をリンゴ一つで片付けるのか』になってるぞ! 」


 どうやら今日の冥界迷子センターも、私に平和な定時退社を許すつもりは毛頭ないらしい。私は深い絶望とともに、次なる「物理法則そのもののような天才」を迎える覚悟を決めた。

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