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冥界迷子センター  作者: てっぺい


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第31話 ノストラダムスくん

『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦一五六六年、フランスのサロン・ド・プロヴァンスからお越しの、ミシェル・ノストラダムスくん。享年六十二歳。……繰り返します。ノストラダムスくんをお預かりしております。心当たりのある保護者の方は、至急、冥界めいかい迷子センター第一ターミナルまでお越しください』


 ピンポンパンポーン。

 無機質で事務的な電子チャイムの音が、蛍光灯のチカチカとまたたく殺風景な待合室に響き渡った。


 私、迷子センター受付係のナナシは、フランス語の通訳機をインカムに同期させながら、深々とため息をついた。


「一九九九の年、七の月……空から恐怖の大王が来る……って、来なかったじゃないかァァァッ!!」


 受付カウンターの向こう側。黄色いプラスチック製パイプ椅子の前で、立派なひげをたくわえたルネサンス期の学者が、頭を抱えて床を転げ回っていた。


 人類滅亡の予言で世界中を震え上がらせた世紀の大預言者、ミシェル・ノストラダムス。


「あのー、ノストラダムスさん。壁に備品のボールペンで四行詩のポエムを書き殴るのやめてもらえます? 清掃業者が消すの大変なんで。ほら、温かいカモミールティーでも飲んで落ち着いて」


 私が紙コップを差し出すと、彼は血走った目で私をにらみつけた。


「落ち着けるか! 私は現世の魂たちから漏れ聞こえてくる声で知ってしまったのだ! 私のあの大予言が見事にハズレて、後世の人間たちから『壮大な肩透かしを食らわせたトンデモおじさん』として嘲笑あざわらわれていることを! あんなに意味深に書いたのに! アンゴルモアの大王ってなんだよ、私にも分からないよ!」


「自分で書いておいて無責任ですね。まあ、世界中のちびっ子たちが『どうせ大人になれないから宿題やらなくていいや』って信じ込んで、あとで痛い目を見たのは事実ですからね」


「ううぅ……っ! 私は元々、ペストと戦う真面目な医者だったのだぞ! それがどうして、オカルト雑誌のレギュラーみたいな扱いに……! ああ、恥ずかしい! 穴があったら入りたい! こんな大恥をかいたまま、あの世のサロンで他の知識人たちに顔向けなどできるものか!」


 享年六十二歳。

 歴史的な大預言者をこの冥界の入り口に縛り付けている未練は、「自分の予言が外れて後世でイジられまくっている」という、あまりにも人間臭く、そして痛切な羞恥心しゅうちしんだった。


 彼が「もう一度予言を書き直させてくれ!」と泣き叫んでいた、その時だった。


 ウィーン。

 センターの自動ドアが開き、パラパラと派手なユーロビートの幻聴が聞こえてきそうな、やたらと軽快な足音が響いた。


「——え、マジ!? ここが迷子センター? チョベリグじゃん!」


 そこに立っていたのは、ルネサンス期の偉人でもなければ、天使でも悪魔でもなかった。


 真っ黒に焼けた肌、目の周りを白く塗ったヤマンバメイク、金髪のメッシュに、ダボダボのルーズソックスを履き、制服のスカートを限界まで短くした少女だった。


「てか、ノスちゃんじゃん! ウケる! マジ会いたかったんだけどー!」


「ヒッ!? な、なんだこの奇抜な色彩の生き物は!? き、貴様が恐怖の大王か!?」


 ノストラダムスは、世紀末の「ギャル」という名の未知のモンスターに遭遇し、パイプ椅子の後ろにカエルのように縮み上がった。


「誰が恐怖の大王だよ、マジでキレる5秒前なんですけど! アタシは一九九九年に現役JKやってた、ただのギャル! ちょっと色々あって若くしてこっち来ちゃったんだけどさ、ノスちゃんが迷子になってるって聞いたから迎えに来たっしょ!」


 ギャルは、怯える大預言者の前にズカズカと歩み寄り、デコったアンテナが光るガラケーをパタンと閉じて、しゃがみ込んだ。


「お、迎えだと……? 私を嘲笑いに来たのだろう! 予言を外したペテン師だと!」


「はぁ? 何言ってんの。アタシら、ノスちゃんにはマジ感謝しかねーから!」


「……え?」

 ノストラダムスが、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる。


「てかさ、一九九九年の七月に世界滅亡するってノスちゃんが言ってくれたっしょ? あの空気感、マジ最高だったんだよね! 『どうせ世界終わるし、今楽しまなきゃソンじゃね?』って感じで、アタシら毎日お祭り騒ぎだったわけよ!」


「お、お祭り騒ぎ……?」


「そう! 七月が来る前に絶対彼氏作る!って言って、ずっと好きだった先輩にコクって付き合えたし! どうせ滅亡するからって親に内緒で髪ブリーチして、毎晩パラパラ踊りに行ってさ! 結局世界は終わんなくて『なんだよウケる!』ってなったけど、あの時、後先考えずに全力で青春できたのは、絶対ノスちゃんの予言のおかげなんだよね!」


 ギャルは、ニカッと白い歯を見せて、大預言者の肩をバシバシと叩いた。


「だから、アタシらの最高の夏をプロデュースしてくれて、マジでありがとうな!」


 ノストラダムスは、ぽかんと口を開けたまま、目の前の奇抜な少女を見つめていた。


 自分の残した恐怖の予言が、まさか数百年後の極東の島国で、若者たちに「今この瞬間を全力で生きるための免罪符」として機能していたとは。


「そうか……。私の言葉は、世界を恐怖で縛ったのではなく……ある者たちにとっては、生への活力を与える解放の呪文になっていたのか……っ!」


「そういうこと! だから落ち込んでないで、サクッとあの世行こ! 向こうで一緒にプリ撮ろーぜ!」


 ノストラダムスの目から、羞恥心ではなく、謎の感動の涙が滝のようにこぼれ落ちた。


「おおおっ……! ありがとう、極東の若き乙女よ! 私の予言は、決して無駄ではなかったのだな!」


 私は無言で、壁に書かれたポエムを消すための除光液を片付けながら、タブレットの「引き渡し完了」ボタンをタップした。


 ピロン、という電子音と共に、二人の足元に真っ白な光の道が現れる。


「ほら、ノスちゃん、ウチのルーズソックス引っ張んないでよ! 歩きにくいっしょ!」


「すまん! しかしこの布のたるみ、非常に興味深い! これも世紀末のファッションのイデアか!」


 世紀の大預言者と一九九九年のギャルという、歴史上最も噛み合わないはずの二人は、なぜか息ピッタリの様子で光の道へと歩き出していく。


「受付のお兄さーん! バイビー!」

「感謝する、受付の青年! 一九九九年は、最高の年であった!」


「はいはい、チョベリグなあの世ライフを楽しんでくださいねー」


 私が適当にギャル語で返すと、二人は爆笑しながら光の中へと完全に溶けて消えていった。


「ふぅ……。どんなトンデモ予言も、ギャルのポジティブ思考の前じゃ、ただのイベントの口実にすぎないってことだな」


 私が、ノストラダムスが壁に書き残したポエムの最後の行をモップで擦り消し、大きく伸びをした、その時だった。


 ピンポンパンポーン。

 休む間もなく、無機質なチャイムが響き渡る。


 それに続いて流れてきたアナウンスに、私は思わず持っていたモップの柄を落としそうになった。


『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦一六一六年、駿府城すんぷじょうからお越しの、徳川家康とくがわいえやすくん。享年七十五歳。……繰り返します。家康くんをお預かりしております——』


「……はぁ!? 家康!? って、あの江戸幕府を開いて天下を統一した、戦国時代最大の『勝ち組』じゃないか! しかも七十五歳まで大往生したのに、なんで迷子になってるんだよ!」

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