第29話 和歌戦隊ゴカセンジャーのみなさん
『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦九世紀頃、日本の平安京からお越しの……ええと? 在原業平くん、僧正遍昭くん、文屋康秀くん、小野小町ちゃん、喜撰法師くん。……繰り返します。和歌戦隊『ゴカセンジャー』の五名様をお預かりしております。心当たりのある保護者の方は、至急、冥界迷子センター第一ターミナルまでお越しください』
ピンポンパンポーン。
無機質で事務的な電子チャイムの音が、蛍光灯のチカチカと瞬く殺風景な待合室に響き渡った。
私、迷子センター受付係のナナシは、インカムから流れてきたツッコミどころしかないアナウンスに、今日一番の盛大なため息をつき、そして両手で顔を覆った。
「……ゴカセンジャー? 和歌戦隊? いやいやいや、平安時代の和歌の天才っていったら『六歌仙』だろ! なんで一人ハブられて五人組の戦隊モノ結成してんだよ! 時代設定もジャンルもめちゃくちゃじゃないか!」
私が全力でツッコミながら受付カウンターから身を乗り出すと、平安装束を動きやすいピチピチのスパンデックス素材に魔改造したような謎のスーツに身を包んだ五人の男女が、キレのあるポーズを決めていた。
「ちはやぶる情熱の赤! 数多の浮名を流し、恋の炎で悪を討つ! 愛と情熱の戦士、ゴカセン・レッド! 業平!」
センターに立つのは、無駄に顔の造作が良い、絵に描いたような平安のプレイボーイ・在原業平である。手にはなぜか、巨大な筆の形をした槍を持っている。
「天つ風吹く青空の青! 煩悩を断ち切り、仏の加護で迷いを晴らす! 神聖なるリフレクター、ゴカセン・ブルー! 遍昭!」
その隣で、袈裟をマントのように翻すのは、ツルツルに剃り上げた頭を蛍光灯の光でピカピカと反射させている僧正遍昭。仏に仕える身でありながら、完全にノリノリで腰を深く落としたポーズをとっている。
「吹くからに秋の風の緑! 木枯らしのごとき疾風を巻き起こす! 懐は寒いが心は熱い、ゴカセン・グリーン! 康秀!」
さらにその横、衣装のあちこちがツギハギだらけで、一人だけスーツの光沢が安っぽい男・文屋康秀が、扇子をブーメランのように構える。
「花の色は移りにけりな桃色! 絶世の美貌も今は昔、されど熟れたる魅力は無限大! 咲き誇る美の女王、ゴカセン・ピンク! 小町!」
紅一点、十二単をミニスカート風にアレンジした小野小町が、色っぽく投げキッスを放つ。手には、トランプのように束ねられた恋文のカードを持っている。
「わが庵は都のたつみ黄色! 謎多き宇治の隠遁者! とりあえずお茶でも飲んで落ち着こうぜ、ゴカセン・イエロー! 喜撰法師!」
最後の一人、喜撰法師に至っては武器すら持たず、湯呑みで宇治茶をズズッとすすりながら、ただニコニコとピースサインをしていた。
「「「「「五つの和歌が交わる時、平安の都に奇跡が起きる! 五人揃って! 和歌戦隊・ゴカセンジャー!!」」」」」
ドッッッバァァァーーン!!!
彼らがポーズをビシッと決めた瞬間、待合室の背後の何もない空間から、突如としてピンクや赤の極彩色の煙が猛烈な勢いで吹き上がり、謎の爆発エフェクトが発生した。
「うわああああっ! ちょっと待てぇぇぇッ!!」
私は消火器を抱えながらメガホンを握りしめ、最大音量で叫んだ。
「備品の椅子の上でポーズ決めないでください! 重量オーバーで脚が曲がる! あと、勝手に謎の爆発エフェクトを起こさないでください! スプリンクラーが作動したら迷子センターが水浸しになるんです! そもそもあなたたち、なんで『五』なんですか! 教科書じゃ『六歌仙』って習うんですけど!」
私の至極真っ当なツッコミに、ゴカセン・レッドこと業平が、前髪をバサッと掻き上げながら、無駄にイケボで答えた。
「おお、すまない受付の青年! だが我らは、現世にはびこる『和歌の心を忘れた無粋な反和歌帝国』を倒す前に、志半ばでこの世を去ってしまった無念があるのだ! この魂が燃え尽きる前に、我らの名乗りの美学を完成させねばならん!」
「いや、美学の前にメンバーが一人足りない理由を聞いてるんですけど」
「私たちは五人揃ってこそ完璧な五・七・五・七・七のリズムを刻めるの! 六人じゃ字余りになってしまって美しくないじゃないの!」
ピンクの小野小町が、持っていた恋文カードを扇のように広げてドヤ顔で言い放つ。
「字余りって……そんな、俳句や短歌のルールみたいな理由で、歴史的偉人を一人リストラしたんですか!? ひどすぎない!?」
「仕方ないだろう。俺たちはみんな、紀貫之というプロデューサーが編纂した『古今和歌集』の仮名序において、絶賛されたり、あるいは特徴をイジられたりして名を残したエリート集団だ。だが、あいつだけは……」
グリーン康秀が、気まずそうに視線を泳がせた、その瞬間だった。
ウィィィィィン……。
センターの自動ドアが、なぜかひどく重々しい、地を這うような機械音を立てて開いた。
ジジッ……ジジジジッ……!
同時に、待合室の蛍光灯が一斉に点滅を始め、空調の風が急激に冷たくなり、空間全体が底知れぬ暗闇に包まれた。
「な、なんだ!? 敵の気配か!?」
ブルー遍昭が、ピカピカの頭を警戒モードで光らせる。
「——よくぞ聞いてくれた、受付の者よ……」
ズンッ……! ズンッ……!
暗闇の中から、重い足音と共に姿を現したのは、漆黒の狩衣を身にまとい、顔の半分を黒い烏帽子で深く隠した男だった。
その背中には、なぜか大量の「薪」が背負われている。
歩くたびに、薪がギシギシと悲鳴のような音を立てる。その男の全身からは、ドス黒い、どろどろとした怨念のオーラが立ち上っていた。見るからに「闇堕ちした復讐の戦士」である。
「お、大友黒主!?」
ゴカセンジャーの五人が、一斉に悲鳴を上げて後ずさる。
「フフフ……ハハハハハッ!!」
男——大友黒主は、腹の底から響くような不気味な笑い声を上げ、ギラリと光る目でかつての同僚たちを睨みつけた。
「貴様ら、よくも私をハブって『ゴカセンジャー』などというふざけたチームを結成してくれたな……。私が『六歌仙』の一人であることを、よもや忘れたとは言わせんぞ」
「く、黒主! お前、その背中の大量の薪はどうしたんだ!? それにその禍々しい気配は……!」
レッド業平が、巨大な筆の槍を構えながら叫ぶ。
「黙れッ!!」
黒主は、ギリリと歯を食いしばり、床のリノリウムが割れんばかりの地団駄を踏んだ。
「だいたい、お前らはいつもそうだ! 平安エリート顔をして、いつも私を見下している! 紀貫之が『古今和歌集』の序文で私を評価した時、なんと言ったか覚えているか!?」
黒主は、背中の薪を指差し、血の涙を流さんばかりの形相で叫んだ。
「『大友黒主の歌は、そのさま卑し。いわば、薪を背負って休んでいる田舎者のようだ』だぞ!! お前らは『情熱がすごい』とか『言葉が美しい』とか、多少の批判はあっても基本的には『天才』として持ち上げられているのに、私一人だけ! 私一人だけ『薪背負ったおっさん』扱いじゃないか! ボロクソにもほどがあるわ!!」
「い、いや、あれは貫之の個人的なレビューというか、俺たちのせいじゃないっていうか……それに、お前の歌は力強くて野趣に溢れているっていう褒め言葉の裏返しで……」
レッド業平が必死に冷や汗を流しながらフォローしようとするが、黒主の怒りの炎に油を注ぐだけだった。
「綺麗事を抜かすなァァッ! 『大友カッター』!!」
シュババババッ!!
黒主が背負っていた薪を無作為に引き抜き、凄まじいスピードで投擲した。薪は空中で鋭い刃のように回転し、ゴカセンジャーたちを強襲する。
「うわぁっ!? あぶねえ!」
「キャアッ! 私の美しい肌に傷がついたらどうするの!」
五人は慌てて待合室を逃げ惑い、パイプ椅子の裏や観葉植物の陰に隠れた。
「ふん、逃げるしか能のない腰抜け共め。だがな、私が一番許せないのは、貫之のレビューじゃない……」
黒主の攻撃の手が止まり、彼は突如としてその場にガクンと膝をついた。
そして、黒い烏帽子を押さえながら、肩を震わせて咽び泣き始めたのだ。
「なぜ……なぜ私だけが、『百人一首』に選ばれなかったのだァァァァッ!!」
ズドォォォォン……。
その悲痛すぎる絶叫に、待合室の空気がビリビリと震え、共鳴した。
「……え? 百人一首?」
私は、カウンターの陰から恐る恐る顔を出した。
「そうだ!! お前たち五人は! お正月になれば現代の子供たちから『ちはやぶる〜』だの『花の色は〜』だのとキャッキャ言いながら、綺麗なカルタの絵札で取ってもらっているだろう! テレビの特番でも『競技かるた』とかで大々的に扱われているじゃないか!」
黒主は、床をドンドンと叩きながら、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
「とくにイエロー! 喜撰法師! お前なんて現存する和歌が『わが庵は〜』のたった一首しかない、いわば一発屋のくせに、なぜか百人一首のレギュラーメンバーにちゃっかり入っているじゃないか! それに引き換え、私は! 私は六歌仙の中で唯一、たった一人だけ! 百人一首の選考から漏れたんだぞ!!」
「あー……」
私を含め、ゴカセンジャーの五人も、あまりの哀れさに言葉を失った。
「『あ、六歌仙の一人だ!』って紹介されるたびに、『でもこの人だけ百人一首には入ってないんですよね(笑)』って歴史マニアに鼻で笑われる私の気持ちが分かるか! 藤原定家のバカヤロー! 選者特権の乱用だ! 私だってカルタになりたかった! 可愛いイラスト付きで詠まれたかった! 正月に、親戚の集まりで子供たちにバンバン顔を叩かれたかったぁぁぁっ!!」
平安の天才歌人による、あまりにもスケールの小さい、しかし当人にとってはアイデンティティ崩壊レベルの強烈なトラウマと怨念。
仲間外れにされた寂しさと、後世の理不尽な評価への絶望が、彼を「暗黒の第六戦士」へと変貌させてしまったのだ。
「……あのー」
私は無言で、カウンターから業務用ボックスのティッシュ箱を丸ごと持って歩み寄り、泣き崩れる黒主の前にそっと置いた。
「お辛かったですね。何百年も遊ばれる国民的カードゲームで、自分だけレギュラー落ちするのはキツいっすよね。でも、あなたが能の演目で『志賀』の神様として描かれたり、歌舞伎でちょっと悪役っぽく脚色されたりしてるの、裏を返せばそれだけインパクトがあるってことですよ。記憶に残るダークヒーロー枠なんじゃないですか?」
ズビッ、と音を立てて鼻をかむ黒主。
すると、隠れていたゴカセンジャーの五人も、気まずそうに、しかし申し訳なさそうな顔で歩み寄ってきた。
「く、黒主……。すまなかった」
レッド業平が、巨大な筆を置き、そっと黒主の肩に手を置いた。
「俺たち、お前がいつも背中に薪を背負ってブツブツ言ってるから、『戦隊モノのノリとかダサい、俺は孤高の存在だ』って言うかと思って、誘うのを遠慮してたんだ。ハブったわけじゃないんだぞ」
「そうよ! 百人一首に入ってなくたって、私たちは六人で一つの『六歌仙』じゃないの。……それにね」
ピンク小町が、色っぽくウインクをする。
「ブラックの追加戦士って、物語の中盤でピンチの時に駆けつける、一番おいしくてカッコいいポジションじゃないの。レッドより人気出ちゃうこともあるのよ?」
「お、おいしい……?」
黒主が、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。
「そうじゃそうじゃ! レッドが敵にやられそうになった時、『待たせたな!』と高所から飛び降りてきて、圧倒的な力で敵を蹴散らす奴じゃ! 子供たちの人気は不動のものになるぞ!」
イエロー喜撰法師が、宇治茶をすすりながら無責任に煽り立てる。
「ほ、本当か……? 私でも、お前たちと一緒に並んで……ポーズを決めていいのか……?」
「もちろんだ! さあ、立て黒主! いや、大友黒主! 我らが六歌仙、いや……『六歌戦隊・ロッカセンジャー』の真の姿を、この受付の青年に見せてやろうではないか!」
業平が手を差し伸べ、黒主が涙を拭いながら力強くその手を握り返した。
熱い。熱いぞ。平安貴族の和歌を超えた、むさ苦しくも熱い友情劇が、いま冥界の待合室で完結しようとしている。
「おおおおっ!! 私の魂が、今再び燃え上がってきたぞ! 百人一首がなんだ! 私には、この五人の仲間がいる!!」
黒主は、背中の薪をバサリと投げ捨て、立ち上がった。
六人の天才歌人たちが、待合室の中央に横一列に並び、かつてないほど巨大な気迫を放ちながら、構えを取る。
「いくぞ皆の者! 古今和歌集の真髄、見せてやる!!」
「「「「「おう!!」」」」」
「ちはやぶる情熱の赤! ロッカセン・レッド!」
「天つ風吹く青空の青! ロッカセン・ブルー!」
「吹くからに秋の風の緑! ロッカセン・グリーン!」
「花の色は移りにけりな桃色! ロッカセン・ピンク!」
「わが庵は都のたつみ黄色! ロッカセン・イエロー!」
そして、黒主が一歩前に飛び出し、マントをバサァッと翻して、右手を天に突き上げた。
「薪を背負いし孤高の影! 反逆のダークヒーロー、 ロッカセン・ブラック!!」
「「「「「「六人揃って! 六歌戦隊・ロッカセンジャー!!」」」」」」
ドッッッッッカァァァァァァァーーン!!!
(※本日二度目の、さらに強烈な極彩色と真っ黒な煙が混じり合った大爆発エフェクトが待合室を包み込む)
「だから室内で火薬使わないでって言ってるでしょォォォッ!! スプリンクラー作動する前に早く光の向こうへ行ってくれ!!」
私は完全にパニックになりながら、タブレットの「引き渡し完了」ボタンを連打した。
ピロンッ! と電子音が鳴り、六人の足元に真っ白な光の道が現れる。
「皆の者! 必殺技のフォーメーションだ! 『古今和歌集バズーカ』の準備をしろ! ターゲットはあの世に巣食う反和歌帝国だ!」
「了解! ブラック、お前の怨念の力を砲弾に込めろ!」
「任せておけ! 私の千年のハブられ恨みパワー、とくと味わうがいい!!」
私の悲鳴とメガホンのサイレンが鳴り響く中、六人の天才歌人たちは、見事なV字フォーメーションを組んだまま、巨大な筆と扇と恋文を合体させた謎のバズーカを抱え、満足げな高笑いと共に光の彼方へと消えていった。
「ふぅ……。結局、歴史に名が残るかどうかなんて選者のさじ加減一つだけど、持つべきものは一緒にバカやれる悪友ってことだな。……っていうか、バズーカってなんだよ平安時代に!」
私が、待合室に充満した火薬と焦げた薪の匂いを換気扇で全開にして追い出し、床にこびりついた謎の煙の跡をモップで必死に擦り落とし、今度こそ本当に定時で帰れると確信した、その時だった。
ピンポンパンポーン。
休む間もなく、無機質なチャイムが響き渡る。
『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦一九三五年、オーストリアのウィーンからお越しの、お名前のない猫ちゃん。享年不明。……繰り返します。現在、生死が重なり合った状態の猫ちゃんをお預かりしております——』
「……はぁ!? 今度は猫!? しかも『生死が重なり合った状態』って何事だよ!」
私は、かつてない物理法則のバグの予感に冷や汗を流しながら、慌てて備品のキャットフードを探し始めた。
「オーストリアで生死が重なってる猫って、絶対にあの『猫』じゃないか! 物理学の思考実験の存在が、なんで実体化して迷子センターに来るんだよ! ていうか、半分生きてて半分死んでるって、どうやってちゅ〜るをあげればいいんだよ!」
どうやら今日の冥界迷子センターも、私を平和な定時退社へと導いてくれる気は毛頭ないらしい。私は深い絶望と量子力学的な胃痛とともに、次なる「前代未聞のバグを抱えた迷子」を迎える覚悟を決めた。




