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冥界迷子センター  作者: てっぺい


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第16話 蘇我入鹿くん

『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦六四五年、飛鳥の板蓋宮いたぶきのみやからお越しの、蘇我入鹿そがのいるかくん。享年きょうねん不明。……繰り返します。蘇我入鹿くんをお預かりしております。心当たりのある保護者の方は、至急、冥界めいかい迷子センター第一ターミナルまでお越しください』


 ピンポンパンポーン。

 無機質で事務的な電子チャイムの音が、蛍光灯のチカチカと瞬く殺風景な待合室に響き渡った。


 私、迷子センター受付係のナナシは、インカムの言語設定を「飛鳥時代の古語」に自動翻訳するモードに切り替えながら、盛大なため息をついた。


「痛ぁ……首が、首がスースーする……っ! なんだあの騙し討ちは! 卑怯にもほどがあるだろうが!」


 受付カウンターの向こう側。黄色いプラスチック製パイプ椅子の上で、立派な冠を被り、古代の豪奢ごうしゃな衣装に身を包んだ男が、自分の首元を両手で必死に押さえながらキレ散らかしていた。


 飛鳥時代、天皇をもしのぐ絶大な権力を握り、国政を牛耳っていた大豪族のトップ、蘇我入鹿。


「あー、入鹿さん。とりあえず温かいお茶でも飲みます? 首の傷口から漏れないように気をつけてくださいね。あと、床に血が落ちるとシミになるんで、そっちのブルーシートの上に移動してもらえますか」


 私が業務用ポットから注いだ緑茶の紙コップを差し出すと、入鹿は血走った目で私をギロリとにらみつけた。


「お茶など飲んでる場合か! 俺はな、朝鮮半島からの使者が来るっていうから、超真面目に儀式を受けてやってたんだぞ! そしたら、上表文を読んでた倉山田石川麻呂くらやまだのいしかわまろの野郎が、急にガタガタ震え出すし、滝のように冷や汗を流し始めるし! 俺が『なんでそんなに震えてんの?』って聞いたら、『て、天皇陛下の御前だから緊張してて……』とか見え透いた嘘をつきやがって! あんなの誰が見たって不審者だろうが!」


 日本史の授業で必ず習う古代のクーデター、「大化の改新」。

 その最大の被害者である彼は、天下への未練よりも、「あまりにも理不尽で、かつ計画がガバガバすぎる暗殺」に対するクレームで頭がいっぱいだった。


「だいたい、後ろからいきなり剣で斬りつけてきたの、中大兄皇子なかのおおえのおうじだぞ!? 国のトップ層が白昼堂々、天皇の目の前で宮中に乱入してきて暗殺劇とか、前代未聞の蛮行にもほどがあるわ! セキュリティーどうなってんだよ板蓋宮!」


「まあまあ、歴史の転換点ってのは往々にして物理的ですからねえ」


「極めつけは俺の首だよ! 斬られたあとに宙を飛んで、御簾みすにガブッとみついたらしいじゃないか! どういう物理法則だ! 俺の頭部はまりか何かか! 後世の歴史書で俺をバケモノ扱いするために、どんだけ話を盛ってんだ!」


 入鹿が怒りのあまりパイプ椅子を蹴り飛ばそうとした、その時だった。


 ウィーン。

 センターの自動ドアが開き、ひどく陽気でハイテンションな、まるで渋谷のクラブか六本木のITベンチャー企業から抜け出してきたような声が響いた。


「ウェーーーイ! 鎌足かまたり、見たか俺の剣さばき! 完全に意表突いたっしょ!」


「いやぁ、皇子! マジで最高でしたよ! 歴史がパラダイムシフトする瞬間って、エグいほどアドレナリン出ますね! これで俺たちのイノベーションスタートっすわ!」


 パチンッ!

 古代の衣装を着た二人の男が、待合室のど真ん中で満面の笑みを浮かべ、現世の大学生かスタートアップ企業の起業家のようなノリでハイタッチを交わした。


 中大兄皇子(のちの天智天皇)と、中臣鎌足なかとみのかまたり(のちの藤原鎌足)。

 入鹿を暗殺した、歴史の実行犯コンビである。


「お、お前らァァァァァッ!!!」


 入鹿の目玉がこぼれ落ちそうなほどに見開かれた。両手で押さえていた首がズレて、少し隙間が空いている。


「なんで俺を殺した張本人が、よりによって『保護者』として迎えに来るんだよ! サイコパスか! 地獄のデータベースはバグってんのか!!」


「おっ、入鹿じゃん! お疲れお疲れ!」

 中大兄皇子は、暗殺のターゲットだった男に向かって、まるでサークルの先輩のような軽いノリで手を挙げた。


「いやー、お前が死にきれずに『迷子センター』でぐずってるって聞いたからさ。俺たち、とうの昔に寿命で死んであの世で悠々自適に暮らしてたんだけど、わざわざ迎えに来てやったんだぜ?」


「そうだぞ入鹿。お前、権力持ちすぎて周りに親しい友達とかいなかっただろ? しかも俺たちが暗殺の直後に、お前の親父も自害に追い込んで、蘇我氏の戸籍や財産を全部差し押さえちゃったからさ。法的に、緊急連絡先が俺たちしか登録されてなかったんだよ」


 鎌足がポンポンと入鹿の肩を叩く。入鹿は「ヒィッ」と悲鳴を上げて後ずさった。


「触るな! サイコパスの手で俺の肩を叩くな! お前ら、法興寺ほうこうじの『蹴鞠けまりの会』で出会った時からなんかノリがウェーイ系で合わないと思ってたんだよ! だいたい暗殺の理由が『蘇我氏の権力が強すぎるから』って、ただの嫉妬しっとと逆恨みじゃないか!」


「嫉妬じゃないって。これは必要な『破壊的創造ディスラプション』だよ」

 中大兄皇子が、やたらと流暢りゅうちょうなカタカナ語を交えてドヤ顔で言い放った。


「俺たち、天皇を中心とした『中央集権国家』っていう新しいエコシステムを構築したかったわけ。お前みたいな、豪族が土地と民を私物化する古いトップダウン型の経営モデルは、もう時代遅れだったの。唐や新羅のグローバルスタンダードに遅れをとっちゃうからさ」


「そうそう。だから、物理的にトップをダウンさせてもらったのさ! いわゆる、究極の敵対的買収ホステル・テイクオーバーってやつ?」

 鎌足がウインクしながら指を鳴らす。


「上手いこと言うな! ただの暴力と殺人だろうが! そんな綺麗事並べたって、やってることはヤクザのカチコミと一緒だぞ!」


「人聞きの悪いこと言うなよー。あの蹴鞠の会で、俺の足袋がポロって脱げた時、鎌足がサッと拾ってくれただろ? あれが俺たちの運命の出会いにして、極秘プロジェクト発足のキックオフだったんだから」


「俺たち、あの後めっちゃ飲みに行って意気投合したんすよ。『蘇我氏、最近調子乗ってウザいっすよねー』『わかるー、一回暗殺リセットしちゃう?』みたいなノリで」


「お前らの飲み会のノリで、俺の首は飛んだのかァァァッ!!」


 入鹿は頭を抱え、絶望の叫びを上げた。


「おまけに、実行犯役の予定だった石川麻呂があんまりにもビビりすぎてて、全然計画通りにいかないから、俺が直接飛び出して斬る羽目になったんだぞ! 俺の皇子としてのブランディングに傷がついたんだから、少しは申し訳なく思えよな!」


「お前が俺にキレるのおかしいだろ! 被害者は俺だ!」


 古代の絶対権力者と、それをひっくり返した歴史的革命家たちが、まるでシェアハウスのリビングで揉める大学生のように低レベルな言い争いを繰り広げている。


「……あのー、お取り込み中のところ本当にすみません」


 私は完全に死んだ魚の目で、手元のメガホンを握りしめ、最大音量で待合室に声を響かせた。


「ここはあの世の公共施設なんで、勝手にベンチャーマインドで改新リノベーションしないでください。あと、暗殺の加害者が被害者をマウント取りながら迎えに来るというカオスな状況はもう十分理解したので、とっとと引き取ってもらえます? これ以上長引くと、お茶の経費がかさむんで」


「おっ、さすが受付の兄ちゃん、話が早い! ほら鎌足、あの世の中央集権化の企画書、ついでに受付の人に見せてあげて。この施設、もっと効率化できるっしょ」


「はいよ皇子! えーと受付のお兄さん、この迷子センターなんですけどぉ、無駄な書類手続き多すぎません? 俺たちの『大化の改新ルール』を適用すれば、この施設も俺たちの管轄なんで、もっとアジャイルに……」


「お断りします。私は公務員気質なので、イノベーションは求めていません。はい、引き渡し完了っと」


 私は鎌足の企画書を華麗にスルーし、タブレットの「引き渡し完了」ボタンを、親指がへし折れるほどの勢いで力強くタップした。


 ピロン、という場違いに軽快な電子音と共に、三人の足元に真っ白な光の道が現れる。


「よーし、じゃあ行くか入鹿! 向こうの世界は身分も権力もないから、みんな平等だぜ! 三人で仲良く蹴鞠でもしようや!」


「そうだぞ入鹿。俺、あの世の蹴鞠サークルの幹事やってるから、お前も特別に入れてやるよ。あ、ボール忘れた時はお前の首な。毬みたいに飛ぶんだろ?」


「嫌だァァァッ!! サイコパス共から離せェェッ! 受付の兄ちゃん、お願いだから俺の保護者を代えてくれ! 聖徳太子呼んできて! せめて親父を呼んでくれェェ!」


 入鹿は必死にパイプ椅子にしがみつこうとしたが、中大兄皇子と鎌足という古代の最強陽キャ・イノベーターコンビに両脇をガッチリと固められ、文字通りズルズルと光の中へ引きずり込まれていった。


「やめろォォォ! 俺の専制政治はまだ終わってなァァァい……っ!! あと首引っ張るな! 取れる! マジで取れるから!」


 入鹿の悲痛な絶叫と、二人の「ウェーーイ! パラダイムシフート!」という陽気な笑い声は、やがて光の奥へと溶けて完全に消え去った。


「ふぅ……。古代の政治改革ってのは、緻密な計画よりも、ノリと勢いと圧倒的なサイコパス気質がないと成し遂げられないんだな」


 私が、蹴り飛ばされたパイプ椅子を定位置に戻し、ブルーシートにこぼれたお茶と古代の血の跡をモップで拭き取りながら、カオスな古代劇の余韻を振り払うために大きくため息をついた、その時だった。


 ピンポンパンポーン。

 休む間もなく、無機質なチャイムが響き渡る。


 それに続いて流れてきたアナウンスに、私は思わず持っていた紙コップをゴミ箱の縁にぶつけて落としそうになった。


『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦一四三一年、フランスのルーアンからお越しの、ジャンヌ・ダルクちゃん。享年十九歳。……繰り返します。ジャンヌ・ダルクちゃんをお預かりしております——』


「……十九歳。フランスを救った救世主にして、魔女として火刑かけいに処された悲劇の少女かよ」


 私は、古代の底抜けにカオスで陽気な暗殺劇から一転、あまりにも重すぎる歴史の結末に胃を痛めながら、フランス語の通訳機と、せめてもの慰めになるような甘いホットチョコレートの準備を始めた。


 どうやら今日の冥界迷子センターも、まだまだ私を平和な定時退社へと解放してくれる気はないらしい。私は次なる迷子の、あまりにも若すぎる無念に、真摯に向き合う覚悟を決めた。

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