第10話 赤穂浪士四十七士のみなさん
『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦一七〇三年、江戸の各お預かり屋敷からお越しの、大石内蔵助くん、ほか四十六名。……繰り返します。赤穂浪士四十七名のみなさんをお預かりしております。心当たりのある保護者の方は、至急、冥界迷子センター第一ターミナルまでお越しください』
ピンポンパンポーン。
いつもと変わらぬ無機質で事務的な女性のアナウンスが、蛍光灯の瞬く殺風景な待合室に響き渡った。
私、迷子センター受付係のナナシは、受付カウンターの奥に避難し、目の前に広がる「地獄の満員電車状態」を死んだ魚のような目で見つめていた。
「よぉーし! 討ち入り本懐達成、ならびに見事な切腹、皆の者、大儀であった! 殿の御前に行く前に、まずは我らの忠義に……乾杯ッ!!」
「「「乾杯ァァィーーッ!!」」」
狭い待合室は、黒地に白のダンダラ模様の羽織を着た四十七人の屈強な侍たちで、文字通り足の踏み場もないほどスシ詰め状態になっていた。
幼児用の黄色いパイプ椅子はとっくに定員オーバー(椅子取りゲームの敗者たちが膝の上に座っている)。あふれた者たちはリノリウムの床に車座になって座り込み、どこから持ち込んだのか、干し肉を囓りながらドンチャン騒ぎを始めている。
歴史に名を残す忠義の士、赤穂浪士四十七士。
彼らには、「天下に未練を残した」とか「死を受け入れられない」といった悲壮感は微塵もなかった。主君の仇である吉良の首を取り、武士として最高の名誉である切腹を命じられ、全員がアドレナリン全開の「完全燃焼・超ハイテンション状態」でこの世を去ったのだ。
「あー! お客様! 団体客はお断りなんですけど! 勝手に備品の給湯器でお湯割り作らないで! ここは居酒屋の個室じゃないんですよ!」
私がカウンター越しに注意用のメガホンで叫ぶと、集団の中心にいた恰幅の良い中年男——筆頭家老の大石内蔵助が、陽気に手を振ってきた。
「おお、兄ちゃん! すまんな、四十七人もいっぺんに首を落とされたもんで、あちらの世界への団体入り口が分からんようになってしまってな! 殿がお迎えに来てくださるまで、ここで打ち上げをさせてもらうぞ!」
「打ち上げ会場にしないでください! 酸欠になる! あと、あなたたち全員切腹してきたから、お腹から血が滲んで床がビショビショなんですけど! どうしてくれんですか!」
「ガハハ! 気にするな、武士の誉の証よ! ほれ、堀部安兵衛、お前も兄ちゃんに酌をしてやれ!」
「おう! 兄ちゃん、俺たちの武勇伝、たっぷり聞かせてやるぜ!」
完全にタチの悪い酔っ払いの集団である。
これまでの天下人や天才たちも面倒だったが、「集団心理でハイになっているおっさん四十七人」の破壊力は物理的にも精神的にもトップクラスだった。
私が暴動鎮圧用の放水ホースに手をかけようとした、その時だった。
ウィーン。
センターの自動ドアが開き、パタパタと慌ただしい足音が響いた。
「お、お前たちィィィッ!!」
そこに立っていたのは、立派な大名の装束に身を包んだ、まだ三十代半ばの若い男だった。しかし、その顔は怒りと、それ以上の「胃痛」に耐えるような悲壮な色に染まっていた。
「おおっ! 殿!!」
大石内蔵助をはじめとする四十七人が、一斉に酒盛りを中断し、ザザーッ!と見事な動きでリノリウムの床に土下座した。四十七人の土下座の波は圧巻の一言である。
赤穂藩主、浅野内匠頭。
江戸城の松の廊下で刃傷沙汰を起こし、この大事件のすべての発端となった張本人である。
「殿! ご覧ください、我ら四十七名、吉良の首を打ち取り、見事武士の本懐を遂げて参りました! これで殿の無念も晴れ……」
「バカヤロォォォォォォッ!!」
浅野の悲痛な絶叫が、四十七人のドヤ顔を粉砕した。
「バカバカバカ! お前ら全員大バカ者だ! 何を勝手に四十七人も巻き込んで集団自決みたいなことしてんだよ!!」
「えっ……? と、殿? 喜んでくださらないので……?」
大石がぽかんと口を開けると、浅野は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
「喜ぶわけないだろ! いいか、あの松の廊下の事件、俺が百パーセント悪かったんだよ! 吉良のジジイにちょっと嫌味言われて、カーッとなって『ええい、斬ってやる!』って短気起こしただけなんだよ! 切腹させられた時も『うわー、俺のアンガーマネジメント不足で藩を取り潰しちゃった、みんなごめん! 転職活動がんばって!』って思ってたんだぞ!」
「そ、そんな……」
「それなのに、あの世で肩身狭く暮らしてたら、二年後に『浅野くんとこの元部下、四十七人で吉良邸にカチコミかけて全員死刑になったよ』って閻魔大王から連絡が来るんだぞ!? 先祖からは『お前のせいで家臣を四十七人も道連れにしおって!』って毎日ボコボコに説教されるし、俺、もう胃に穴が空きそうで……っ!」
浅野はボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。
主君の無念を晴らしたと信じて疑わなかった四十七士は、自分たちの「究極のサプライズ復讐劇」が、まさかの大迷惑だったと知って完全にフリーズしている。
「殿……我々は、ただ殿への忠義を示すために……」
「忠義ってなんだよ! 四十七人もいたら、どっかの大名に再就職して、美味しいご飯食べて、長生きして孫の顔とか見れただろ! なんで俺みたいな短気なバカ殿のために、たった一度の命を投げ打つんだよ……! お前らの命のほうが、俺のちっぽけなプライドよりずっと重かったのに……っ!」
浅野の言葉は、怒りではなく、家臣たちへの痛切な愛と、己の不甲斐なさに対する激しい後悔だった。
待合室は、水を打ったように静まり返った。
先ほどまでドンチャン騒ぎをしていた四十七人の荒くれ者たちの目から、次々とポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「……殿っ!」
大石が、顔をくしゃくしゃにして叫んだ。
「殿がなんと言おうと、我らにとって、殿は最高の主君でございました! 殿のために命を懸けたこと、四十七名、誰一人として後悔はしておりませぬ!……ご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでしたァァァッ!」
「うおおおおん! 殿ォォォ!」
「殿にお会いしとうございましたァァ!」
四十七人の屈強な侍たちが、一斉に大号泣しながら浅野内匠頭に群がり、もみくちゃにして抱きつき始めた。
「うわぁぁ! 暑苦しい! お前らお腹の傷が開いてるから血がつく! でも……ありがとう……ありがとうなお前ら……っ!」
もう何が何だか分からない、むさ苦しさ1000%の大号泣ハグ大会が待合室のど真ん中で繰り広げられていた。
私は無言でメガホンを置き、タブレットの「引き渡し完了」ボタンを連打した。
ピロン、という電子音と共に、四十七人分の幅を持つ、横断歩道のように巨大な真っ白な光の道が現れる。
「はい、感動のところすみませんね! 打ち上げの続きは三途の川の向こうでやってください! 次の迷子が来ちゃうんで!」
「おおっ! 兄ちゃん、騒がせてすまなかったな! さあ皆の者、殿をあちらの世界へご案内するぞ! エイエイオー!」
「「「オーーーッ!!」」」
浅野を神輿のように担ぎ上げた四十七士は、地鳴りのような足音と共に、光の道へと大行進を始めた。
「ちょっと! 担ぐな! 胃が揺れる! 降ろせー!」
浅野の情けない悲鳴と、四十七士の豪快な笑い声は、やがて光の奥へと吸い込まれ、完全に消え去った。
「ふぅ……。忠誠心も行き過ぎると、ただの迷惑なストーカー集団だな」
私は、四十七人分の血の跡と干し肉の匂いが充満する待合室を見渡し、今日一番の深いため息をついて、モップを手に取った、その時だった。
ピンポンパンポーン。
休む間もなく、無機質なチャイムが響き渡る。
それに続いて流れてきたアナウンスに、私は始末書を書く手をピタリと止めた。
『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦一五九八年、日本の伏見城からお越しの、豊臣秀吉くん。享年六十二歳。……繰り返します。豊臣秀吉くんをお預かりしております——』
「……六十二歳。今度は天下人の爺さんか。しかも絶対、一番厄介な死に方してるパターンだぞ」
私は額に嫌な汗をかきながら、とりあえず「お茶」の準備を始めることにした。




