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冥界迷子センター  作者: てっぺい


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第11話 豊臣秀吉くん

『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦一五九八年、日本の伏見城ふしみじょうからお越しの、豊臣秀吉とよとみひでよしくん。享年きょうねん六十二歳。……繰り返します。豊臣秀吉くんをお預かりしております。心当たりのある保護者の方は、至急、冥界めいかい迷子センター第一ターミナルまでお越しください』


 ピンポンパンポーン。

 無機質で事務的な電子チャイムの音が、蛍光灯のチカチカとまたたく殺風景な待合室に響き渡った。


 私、迷子センター受付係のナナシは、先ほどの義経が残していった紙コップをゴミ箱に捨てながら、新しい迷子へと視線を向けた。


「わしの……わしの天下はどうなるんじゃ……。秀頼ひでよりは、まだあんなに幼いというのに……」


 幼児用の黄色いプラスチック製パイプ椅子の上で、一人の老人がガタガタと震えていた。


 これまでの血気盛んな若き英傑えいけつたちとは違い、彼の姿はあまりにも痛々しい。真っ白な寝巻きのような薄い着物姿で、骨と皮だけになったかのようにせこけている。シミだらけの震える手で一本のつえを力なく握りしめ、虚空こくうを見つめてブツブツとつぶやいていた。


 農民のどん底からい上がり、日本を統一した天下人てんかびと、豊臣秀吉。

 そんな彼の未練みれんは、これまでの誰よりも生々しく、そしてみじめだった。


家康いえやすめ……あのたぬきジジイ、わしが死んだら絶対に裏切るに決まっとる……! 前田の犬千代いぬちよも、いつまで生きておるか分からん……。茶々《ちゃちゃ》のことも心配じゃ……ああ、死にとうない。わしが築いた黄金の国を、手放したくない……っ!」


「あのー、秀吉さん。とりあえず温かいお茶でも飲みます?」


私が業務用ポットのお湯で適当にれた緑茶を差し出すと、秀吉はビクンと肩を震わせ、にごった目で私をにらみつけた。


「無礼者ッ! わしを誰だと思っとる! 関白太政大臣かんぱくだいじょうだいじんなるぞ! そんなペラペラの紙の器で茶を出すとは何事じゃ! 黄金じゃ! 黄金の茶室を用意せい! 金箔きんぱくを入れた茶を持てい!」


「はいはい。ここはあの世なんで、金箔なんて経費で落ちないんですよ」


 私は全く動じることなく、緑茶を彼のそばに置いた。

 老いへの恐怖と、のこしていく者たちへの不安。それらを誤魔化ごまかすために過去の栄光にすがりつく、絵に描いたような「老害ムーブ」である。権力の頂点を極めた男ほど、何も持たずに死後の世界へ旅立つことを恐れるのだ。


「ええい、役立たずの平民め! 誰かおらんのか! 三成みつなり! 三成はおらんか! 誰か、早うわしを迎えに来い……!」


 秀吉がパイプ椅子の上で杖を振り回して駄々《だだ》をこねていた、その時だった。


 スーッ……。

 センターの自動ドアが、足音一つ立てずに、ひどく静かに開いた。


「おお! 迎えが来たか!」


 秀吉はパッと顔を輝かせた。


「誰じゃ! 三成か? それとも、ねねか? 早うわしを……」


 振り返った秀吉の言葉が、途中でピタリと止まった。


 そこに立っていたのは、真っ黒な、ひどく地味で質素な茶服ちゃふくを身にまとった、大柄な老人だった。その顔には一切の感情が浮かんでおらず、ただ静かに、底知れぬ漆黒しっこくの瞳で秀吉を見下ろしている。


 日本の茶聖ちゃせい千利休せんのりきゅう


「……お迎えにあがりました、太閤殿下たいこうでんか


 低く、地を這うような静かな声だった。

 その顔を見た瞬間、秀吉の顔からスゥッとすべての血の気が引いた。パイプ椅子に座る彼の両足が、ガクガク、ブルブルと尋常じんじょうではない速度で震え始める。


「り、利休……!? な、なんで、お前なんじゃ……っ!?」


 秀吉の声は、完全に裏返っていた。

 無理もない。かつて自分の側近として重用しながらも、最後は自らの命で切腹へと追いやった男なのだ。


 天下人として数え切れないほどの人間を死に追いやった彼にとって、一番あの世で顔を合わせたくない、気まずさ極まりない相手が、ピンポイントで迎えに来てしまったのである。


「お、おお……り、利休、か。ひ、久しぶり……じゃな。えーと、あの時はその、わしもちょっと虫の居所が悪くてな! ほら、お前も頑固がんこじゃから! 謝れば許してやるつもりじゃったのに、お前が勝手に腹を切るから……ハハハ……」


「…………」


 必死に取りつくろおうとする秀吉の額から、滝のような冷や汗が流れ落ちる。


 しかし、利休は秀吉の苦しい言い訳に一切反論せず、ただ無言のまま、ふところから一つの茶碗を取り出した。


 それは、一切の装飾を持たない、ゆがんだ『真っ黒な茶碗』だった。生前、黄金を愛した秀吉が最も嫌い、利休が最も愛した「び」の極致きょくち


「……殿下、一服いかがかな」


 シャカ、シャカ、シャカ。

 利休が静かに茶筅ちゃせんを振るう音だけが、不気味なほど静まり返った待合室に響く。


 そして、差し出された黒茶碗。

 秀吉の顔は完全に青ざめていた。その目は「これ絶対に毒が入っとる! 復讐ふくしゅうされる!」と語っていた。


 しかし、利休の底知れぬ無言のプレッシャーを前に、秀吉は震える両手でその黒茶碗を受け取るしかなかった。


「い、いただくぞ……ズズッ……ヒィッ……あ、甘露かんろ、甘露……!」


 半泣きになりながら茶をすする天下人に、私は容赦ようしゃなくタブレットの「引き渡し完了」ボタンをタップした。


 ピロン、と電子音が鳴り、二人の足元に真っ白な光の道が現れる。


「殿下」


 利休は、ここで初めて、ほんのわずかに口角を上げた。


「あちらの世界には、領地も権力も、黄金の茶室もございませぬ。ただ、永遠の静寂と、侘び寂びがあるのみ。さあ、今度こそ、誰の邪魔も入らぬ所で、ゆっくりと心ゆくまでお茶を楽しみましょうぞ」


「嫌じゃぁぁぁぁっ!! 誰か助けてくれェェッ!! 家康ゥゥ! 三成ィィ!」


 利休の言葉は別に恨み言でもなんでもないはずなのだが、秀吉にとっては「永遠にこの気まずい無言のお茶会が続く」という無間地獄むげんじごくの宣告にしか聞こえなかったらしい。


 老いた天下人は情けない悲鳴を上げながら、利休の無言の圧力にズルズルと引きずられるようにして、光の中へと消えていった。


「ふぅ……。現世で好き勝手に権力を振るったツケは、あの世で一番気まずい相手に払うことになるんだな」


 私が深くため息をつき、受付カウンターに残された真っ黒な茶碗を洗いながら、天下人のホラーな末路に少しだけ同情した、その時だった。


 ピンポンパンポーン。

 休む間もなく、無機質なチャイムが響き渡る。

 それに続いて流れてきたアナウンスに、私は洗っていた茶碗を取り落としそうになった。


『——お客様のお呼び出しを申し上げます。西暦一八六九年、日本の蝦夷地えぞち箱館はこだて一本木関門いっぽんぎかんもんからお越しの、土方歳三ひじかたとしぞうくん。享年三十五歳。……繰り返します。土方歳三くんをお預かりしております——』


「……三十五歳。また幕末か。しかも一番血の気の多い組織の『鬼の副長』じゃねえか」


 私は濡れた手をタオルできながら、今度は「局中法度きょくちゅうはっと」で斬り捨てられないよう、慌てて受付係の身だしなみを整え直した。


 どうやら今日の冥界迷子センターも、平和な静寂とは程遠いらしい。

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