08 流れるままに
週末の土曜日。
テスト直前ということもあり、俺は気晴らしと勉強を兼ねて駅前のカフェでノートを開いていた。
「……あ、一ノ瀬くん!」
不意に上から聞こえた声に、俺は肩を跳ねさせた。
「っ……!? び、びっくりした……」
持っていたペンを落としそうになり、慌てて掴み直す。
ドクンと心臓が大きく鳴り、視界の端からすーっと薄いモヤが広がっていった。
息を整えながら顔を上げると、文庫本とノートを抱えた水瀬が立っていた。
学校の制服姿しか知らなかった彼女が、落ち着いた色のニットにスカートという私服姿で立っている。
その大人っぽい雰囲気に、俺の脳内は一瞬でフリーズした。
「水瀬……なんでここに?」
「うわぁ、本当に一ノ瀬くんだ! まさか会えるなんて思わなかった……!」
いつもは落ち着いている水瀬が、パッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「私服の一ノ瀬くん、すごく新鮮! 本当にびっくり……うれしいな。一ノ瀬くんもテスト勉強?」
「あ、うん……家だと集中できなくて。水瀬も?」
「うん! 一人で勉強してても煮詰まっちゃうから、気晴らしに来たの。……ねぇ、隣座ってもいい?」
「えっ……あ、うん。どうぞ」
予想外の展開に視界のモヤが濃くなりそうだったけれど、彼女が嬉しそうに隣の席に座る姿から目が離せなかった。
それから二人で並んでノートを開き、分からないところを教え合ったりしながら時間を過ごした。
一人でやるよりずっと集中できたし、何より隣に彼女がいるというだけで、いつもの勉強が特別な時間に思えた。
外がすっかり夕闇に包まれた頃、水瀬がノートを閉じながら、どこか名残惜しそうに俺を見た。
「今日、一ノ瀬くんと一緒に勉強できてすごく楽しかったな。……ねぇ、明日も暇なら、また一緒に勉強しない?」
「え……明日も?」
「うん。……ダメかな?」
少し上目遣いに尋ねてくる彼女の笑顔に、断れるはずもなかった。
「ううん、全然! 俺も、一緒の方が捗るし……」
「ほんと? 良かった!」
水瀬はパッと表情を明るくすると、カバンからスマホを取り出して画面を俺に向けた。
「じゃあ、明日の連絡取りたいから……LINE、交換しよ?」
画面に表示されたQRコードと、目の前で嬉しそうに微笑む水瀬。
闇の中、眩く光るそれらは、充分過ぎるほど心を強く照らした。




