03 優しさを浴びて
翌日、俺はいつものように遠くから彼女の姿を探してしまう自分に呆れていた。
一度まっすぐ言葉を交わしたくらいで、自分の中の惨めな臆病さが消えたわけではない。それでも、昨日聞いた彼女の言葉が頭から離れてくれなかった。
「一ノ瀬くん、これ……」
昼休み、教室の入り口に立っていた水瀬が、一冊の文庫本を手に歩み寄ってきた。
それはあの日、図書室で俺たちが同時に手を伸ばした、あの本だった。
「この前、私に譲ってくれたでしょう? すごく面白くて、すぐに読み終わっちゃったから……一ノ瀬くんも読みたかったなら、と思って」
差し出された文庫本。
彼女の気遣いに触れた瞬間、胸の奥で息を潜めていた芽が、また激しく跳ね跳びた。
(だめだ、また——)
ドクン、ドクンと鼓動が早くなり、周囲の雑音が遠のいていく。
視界の端からすーっと色が失われ、目の前の彼女の顔が眩しい光の中に溶けていく。
「……ありがと。でも、今日は図書委員のカードを忘れちゃってて」
俺は必死で呼吸を整え、ノートを強く握りしめながら耐えた。
視界は半分以上真っ白に染まり、彼女の輪郭すら怪しい。けれど、足を引くことだけは必死で耐える。
「あ、それなら返却の手続きだけ私が代わりに済ませておくよ。放課後、返却カウンターの横に置いておくから、一ノ瀬くんはそこから借りていけばカードがなくても読めると思う」
「え……」
「私、放課後に図書室の貸出作業の手伝いがあるの。だから、放課後に図書室まで取りに来てくれたら渡すよ」
白く眩しい視界の向こうから、落ち着いた声が届く。
わざわざそこまで考えて提案してくれた彼女の優しさと、自分のために時間を割いてくれようとしている事実に、心臓がさらに大きく脈打つ。
「……わかった。じゃあ、放課後に行く」
白い光に向かって答え直すと、視界の向こうで彼女の気配が少しだけ和らいだ気がした。
「うん、待ってるね」
足音が遠ざかるにつれて脈拍は徐々に落ち着き、真っ白だった世界に教室の景色が戻ってきた。




