12 私の気持ち
放課後の教室は、出し物の『レトロ喫茶』の準備で慌ただしい熱気に包まれていた。
「水瀬さん、このモール、壁の上のとこに貼りたくて……届くかな?」
クラスの女子に頼まれ、私はつま先立ちになって背伸びをした。
けれど、壁のフックにはあと少し手が届かない。
「あ、届かないかも。机持ってくるね」
そう言おうとした瞬間、後ろからすっと影が落ちてきた。
「水瀬、貸して」
聞き慣れた低い声。
振り返る間もなく、頭上から伸びた長い腕が、あっけなくモールを壁の高い位置に固定してみせた。
(あ……一ノ瀬くん)
背後から伝わってくる彼の体温と、ほんのり香る汗と石鹸の匂いに、ドクンと胸が跳ねた。
どうしてこんなに緊張するのか、自分でもうまく分からない。
「これで大丈夫か?」
不器用そうにそう言って少し身を引いた一ノ瀬くんの顔を覗き込むと、
彼はどこか気まずそうに視線をそらしていた。
「うん! ありがとう、一ノ瀬くん。背が高いと助かるな」
私が小さくお礼を言うと、一ノ瀬くんは「おう」とだけ短く返した。
「あ、そうだ。明日の本番、買い出し終わったら絶対来てね? 約束だから」
小指を少しだけ立てて見せると、彼は一瞬驚いたように目を見開いたあと、そそくさと視線を落とした。
「……おう。絶対行く」
絞り出すように答えると、彼はどこか慌ただしい足取りで教室を去っていった。
その背中を見送りながら、私は胸の奥がそわそわと落ち着かないのを感じていた。
彼と話すと、どうしてこんなに胸がキュッとするんだろう。
「……あいつ、相変わらず不器用だな」
すぐ横で作業用のダンボールを運んでいた凛ちゃんが、呆れたように小さく息を吐いた。
隣のクラスの凛ちゃんは一ノ瀬くんの幼馴染で、今日はうちのクラスにいる仲の良い友達に呼ばれて、たまたま作業の手伝いに来てくれていたのだ。
実は今まで、二人のかけ合いを遠くから見るたびに胸の奥が少しだけモヤっとしていた。
一ノ瀬くんの知らない昔の顔や一面を、凛ちゃんはたくさん知っているんだろうな……と、密かにうらやましく思っていたのだ。
「あ、凛ちゃん……見られてた?」
照れくさくて顔を背けそうになる私に、凛ちゃんはダンボールを置くと、ぽりぽりと頬をかいて笑った。
「そりゃ見えるよ。あいつ、相変わらず愛想ないでしょ」
「えっ……あ、ううん! すごく助かったよ」
慌てて首を振る私を見て、凛ちゃんはニッと柔らかく笑うと、私の肩をぽんと優しく叩いた。
その手の温もりに、私の密かな引け目みたいなものはすーっと溶けていく。
「まあ、明日はちゃんと来てくれると思うよ。一ノ瀬、ああ見えて約束は絶対破らないやつだし。楽しみにしてなよ」
凛ちゃんのサバサバした温かい雰囲気を見ていたら、胸のモヤモヤなんて一気に吹き飛んでしまった。
一ノ瀬くんの幼馴染という存在に少し構えていたけれど、サバサバして優しい凛ちゃんのことが一気に好きになる。
「……うん! 凛ちゃん、ありがとう」
「へへ、どういたしまして。明日あいつが来たら、案内してあげてね」
凛ちゃんが笑ってウインクしてみせ、私もつられて笑った。




