11 重なりあう中で
文化祭まであと二週間。放課後の校内は、どこからか聞こえる吹奏楽部の合奏と、ベニヤ板を切る鋸の音、そしてペンキの匂いで満ちていた。
予定通りクラスの買い出し係になった俺は、バレー部の同期である相良と一緒に近くのホームセンターへと向かった。
大きな段ボールや大量の養生テープ、ペンキ缶などをカートに積め込めみ、レジへと向かう。
「一ノ瀬ー、この量の荷物、二人で一気に運ぶのしんどくないか?」
「まあ、部活のトレーニングだと思えば余裕だろ。それよりテープの数足りてるか?」
「あ、マジだ。ちょっと見てくるわ」
相良が奥の棚へ走っていったので、俺はカートの横で待機することになった。
ふと店内の通路に目をやると、見覚えのある制服姿が視界に入る。
装飾用の文具が並ぶ棚の前で、小さなメモ帳を片手にう~んと頭を悩ませている女子生徒
——水瀬だった。
「……水瀬?」
声をかけると、彼女は驚いたように肩を跳ねさせ、こちらを振り返った。
「あ、一ノ瀬くん! どうしてここに?」
「うちのクラスの買い出し。水瀬も?」
「うん。私のクラス、喫茶店やるんだけど、テーブルに敷くクロスの色で迷ってて……一ノ瀬くん的には、どっちがいいと思う?」
そう言って、水瀬は赤と薄青の布サンプルを見せてきた。
「え、俺? ……んー、まあ、水瀬のクラスの雰囲気なら、こっちの薄い青の方が落ち着くんじゃないか?」
「ふふ、やっぱり? 私もそう思ってたんだ。一ノ瀬くんに聞けてよかった」
水瀬がパッと嬉しそうな笑顔を見せる。
それだけのやり取りなのに、胸の奥がキュッと締め付けられた。
周りには買い物客もいるのに、二人で話しているこの空間だけが急に浮世離れしたように感じられる。
「一ノ瀬ー! テープあったぞー!」
遠くから相良のぶしつけな声が響き、俺は我に返った。
「あ、じゃあ俺、もう行くね。アドバイスありがとう!」
水瀬は小さく手を振ると、嬉しそうに棚へと戻っていった。
「お前、さっき誰と話してたんだ?」
戻ってきた相良がニヤニヤしながら聞いてくる。
俺はなるべく表情を変えないように注意しながらカートを押し引きした。
「別に。知り合い」
「ふーん? 顔、ちょっと赤くね?」
「気のせいだろ。ほら、早く戻るぞ」
作業も終盤に入った数日後の放課後。
俺たちのクラスは展示の枠組みがほぼ完成し、あとは細かい装飾を残すのみとなっていた。
汗をかいたTシャツを着替え、廊下の水道で顔を洗う。冷たい水が火照った顔に心地いい。
タオルで顔を拭きながら廊下を歩いていると、隣の棟にある水瀬のクラスの前に差し掛かった。
教室の中では女子たちが集まって看板や飾り付けを作っている。
ふと覗き込むと、エプロン姿の水瀬が一人で高い位置にモールを貼り付けようと、背伸びをして苦戦していた。
「……届いてないな」
足が勝手に動き、俺は教室の入口へと足を踏み入れていた。
「水瀬、貸して」
「え? あ、一ノ瀬くん!」
驚く水瀬の手から静かにセロハンテープを受け取り、俺は背後から手を伸ばしてモールの端を壁の高い位置にしっかりと貼り付けた。
ふわりと、水瀬の髪から甘いシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。
近すぎる。
かぐわしい匂いと距離感に脳がバグを起こし、ドクンと心臓が跳ね上がった。
それと同時に、視界の端からすーっと白いモヤが立ち込め始める。
(あ、やばい……ッ)
倒れるわけにはいかない一心で歯を食いしばり、ポーカーフェイスを必死に維持しながら慌てて一歩身を引いた。
「これで大丈夫か?」
「うん! ありがとう、一ノ瀬くん。背が高いと助かるな」
水瀬は振り返り、見上げるように俺の顔を見つめた。
視界の一部が白くかすむ中、彼女の笑顔だけが不自然なほど鮮明に見える。
「作業、順調?」
「うん、一ノ瀬くんのおかげでバッチリ。あ、そうだ。明日の本番、買い出し終わったら絶対来てね? 約束だから」
水瀬はそう言うと、小指を少しだけ立てて見せた。
クラスの女子たちの視線がチラチラとこちらに向いているのも加わり、顔の熱と頭の白さがピークに達する。
「……おう。絶対行く」
ポーカーフェイスの限界を迎えた俺は、モヤでかすむ視界を誤魔化すようにそそくさとその場を後にした。




