10 君と
テスト返却の日。教室に返された答案用紙を手に、俺は呆然と頭を抱えていた。
「一ノ瀬くん、勝負の結果発表〜!」
弾んだ声とともに、水瀬が俺のデスクの前にやってくる。彼女が差し出してきた答案用紙には、見事な高得点が躍っていた。
俺の点数と見比べ……勝者は一目瞭然だった。
「完全に俺の負けだ……」
「ふふ、私の勝ち! 一ノ瀬くんもすごかったけどね」
ガックリと机に伏せる俺の顔を覗き込むようにして、水瀬は楽しそうに目を細めた。
「それじゃあ……約束通り、勝者の命令を聞いてもらおうかな」
「手加減してよ笑」
身構える俺の前で、水瀬は少しだけ顔を赤らめると、上目遣いに俺をじっと見つめた。
「今週の日曜日……私と二人で、お出かけしてほしいな」
予想もしなかった「命令」に、脳内が一瞬で真っ白になった。
「あの日カフェで言ってた『息抜き』、今度は一日かけて二人で遊びに行きたいなって思って……。」
少し照れくさそうに、でも真っ直ぐに想いを伝えてくる水瀬の笑顔。
俺の視界は真っ白なモヤでいっぱい。
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休日の駅前は家族連れやカップルが行き交い、秋の透き通った風が街路樹の葉を揺らしていた。
人混みを抜け、バスに揺られてやってきた水族館の中は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
館内は全体的に薄暗く、壁一面に広がる大水槽から漏れる青い光が、床や天井に揺らゆらと水の模様を映し出している。
巨大なガラスの前に立ち止まり、ふたりで優雅に頭上を泳ぎ去っていく巨大なエイや魚たちの群れを見上げた。
「きれいだね、一ノ瀬くん」
「……うん、すごいな」
横に並んで同じ水槽を見上げているだけなのに、肩が触れそうな距離にいるという事実だけで心が落ち着かない。
妹のおかげで今日の服装に問題はないはずだし、ここまでは男友達と接するときと同じように、自然なポーカーフェイスを保てていたはずだった。
「あ、そういえばさ」
青い光に照らされた水槽を見つめたまま、俺は間を持たせるようにふと思い出した話題を口にした。
「来月、文化祭あるじゃん。水瀬のクラスって何やるかもう決まった?」
「ううん、確か来週のホームルームで決めるんじゃなかったかな。一ノ瀬くんのクラスは?」
「うちもまだだけど……俺は男子の何人かで出し物の買い出し係にでも立候補しようかなって思ってる。裏方の方が楽そうだし」
「ふふ、それって買い出し口実に外出てサボろうとしてない?」
「違うって。重いダンボール運んだり買い出し走り回ったりするのは、バレー部の体力があるやつの仕事だから」
「あ、そっか。一ノ瀬くんバレー部だもんね」
くすっと小さく笑う水瀬の表情に、少しだけ場が和むのを感じた。
部活の話やクラスのくだらない話をしている間は、いつもの学校での延長線上にいられる。
余計な緊張も薄れて、ごく普通の友達同士のような会話ができていた。
だが、水瀬は不意に足を止めると、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「じゃあさ、買い出しから帰ってきたら、私のクラスの出し物にも遊びに来てね」
水族館の青い反射光が、彼女の髪や綺麗な横顔を静かに照らし出していた。
不意に重なった視線。
その瞬間、ドクンと嫌なほど大きな足音が胸の奥で重く響いた。
さっきまで普通にできていたはずの呼吸が、急に喉につっかえる。
緊張して焦っているのとは違う。
体の中心からじわじわと込み上げてくるような、熱を帯びた変な息苦しさだ。
「……うん、絶対行く」




