スーサイド・カンパニーへようこそ(5)
「眠るように死ぬといえば、こんなのがありますわ」
アリスは毒の小瓶が陳列されている棚の、一番仰々しく飾られている林檎の形をした小瓶を取り出した。
「スノーホワイトという商品です。この『ペルスネージュ通り店』の一番の目玉商品ですわ。御伽話『スノーホワイト』の毒林檎をイメージした硝子容器に、弊社の農業部が腕によりをかけて育てた毒林檎をふんだんに使った毒薬ですわ。この硝子容器、美しい輝きでしょう? ネックレスなどの装飾に使用されるクリスタルガラスを使用しています。毒薬は、もう毒とは思えないほどの豊満な香りがします。この毒林檎が育ったのは我が社の『ラパチーニの花園』で、様々な毒草が育てられるまさに死の花園なのですが、そこで育ったジャスミン、それからキュウリを加えることでただ甘いだけでなく爽やかで華やかな味わいにしています」
客人は恐る恐る小瓶を手にして、手首を返して小瓶を小さく振った。店内の光が反射してギラリと彼女を照らす。思わず目を細めた。
「綺麗……」
心からの感嘆だった。少女は世界に一つしかない芸術品を扱うように両手を添え、丁重にアリスに返した。アリスの手に戻った後も目を奪われ続け、名残惜しそうに小瓶を追う。その視線にアリスは応えた。
「ご購入されますか……?」
「……はい」
「そうですか。では別の商品はいかが……って、はい?」
アリスは驚嘆の声を上げた。「本当に?」
少女はゆっくりと頷いた。夢に囚われているかのような朧げで惚けた表情だった。まるでまるで、何かの魔法にかけられているかのような。
ーー初めて売れた。
アリスの心臓は急激に跳ね上がった。ポンプの馬力が上がって、これ以上力強くなれば血液が血管と皮膚を破って身体が内側から破けてしまうのではないかとアリスは思った。脈打つ音が頭蓋骨の内側で反響している。目玉がぶるぶると震えてこぼれ落ちそうだ。
落ち着きなさい。落ち着いて……しっかり深呼吸……。
「この商品、実はライン商品でして、他の商品もご紹介させてもよろしいでしょうか?」
「……? はい」
「カタログを持ってきますので少々お待ちください」
アリスは頭を下げて、キャッシャーの横にある大きな黒い雑誌を取りに行った。少女の様子が、『スノーホワイト』を見た直後からおかしい。何かにとりつかれているかのように表情に自我がなくなった。
なんだろう、この感覚に覚えがあるような……。
「こちら、『スノーホワイト』のライン商品の、ドレスと硝子の棺でございます。このドレスに身を包み、棺の中で『スノーホワイト』を飲んでいただければ、まるであのプリンセスのように眠りにつくことが可能です。ただ、愛する人のキスで目覚めることはできませんのでご注意ください。遺言書に書いていただければそのまま埋葬することも可能ですわ。とても映える、他の人とは一線を画した葬式を行うことができます」
少女はじっとアリスの指先を見つめていた。この人に今の説明が聞こえているだろうかとアリスは不安になった。目が、おかしいのだ。入店した直後は死を懇す願していても生の灯火が両目にしっかりと宿っていた。絶望の理由を聞いたときも、明確な死を渇望する意思がそこにはあった。でも今は、何もない。虚空だった。
「……『スノーホワイト』のみでお願いします」
彼女はかくりと頭を下げた。
アリスは氏名、住所、年齢等の個人情報を帳簿に記入させ、支払いをさせたあと丁寧にラッピングした商品と軽く香水を吹きかけた商品の紹介が書かれたリーフレットと、死ぬ前にやるべきことが書かれた冊子を漆黒の美しい紙袋に入れた。紐の部分に『スーサイドカンパニー』の文字が金色で印字された漆黒のリボンをかける。研修で学んだときぶりの動作だったが、するすると行うことができた。少女はそれを受け取って店を後にした。
「よい死を」
見送った後、暫く頭を下げていた。始終心臓の音が煩かった。
すこしして客人のために用意した椅子に座る。暖炉の炎がゆらゆらと穏やかにゆらめくのを意味もなく見つめた。
ついに売ってしまった。ついに。
本当はずっと、この職に着いたときからずっと、売れなければいいのにと思っていた。
なんなら、売る気なんてさらさら無かったのだ。
古びた大時計が真夜中の訪れを悲しく知らせる。今ではすっかり聞きなれた音楽だったが、今日はやけに不気味に聞こえた。幼少のころ、突然前触れもなく真夜中に目が覚めて、なかなか寝付けず幽霊に怯えながらベッドにもぐりこんで過ごした時のことを突然思い出す。そのときの、得体のしれない漠然とした悪戯な恐怖心が今ここにもあった。
店長はついに帰ってこなかった。アリスは本日の売り上げを帳簿にカリカリとまとめ上げた。今日の売り上げは一点だけだった。それでも十分過ぎる成果だ。彼女の名前と住所を書き写すときは手が震えた。
ーーアニー・マグワイア、18歳、ペルスネージュ通り4番地。
仕事で大きなミスをしたと言っていた。
初めてのミスだろうか? それとも数回め? どんな規模の? 取り返しがつかないくらい?
自分の命を断とうとするくらいの?
それほどの忠誠心で仕事に臨んでいたのだろうか。いや、彼女はたまたまこの仕事をしていると言っていた。好きでやっているわけではないと。
それなのに”死”を選ぼうとするのは馬鹿らしくないか?
分厚い帳簿には百人以上の購入者の名前が載っている。この人たちは全員、本当に”死”にたかったのだろうか。
……そういえば、商品が売れたら即本社に電話をしなければいけないのを忘れていた。アリスは急いでキャッシャー奥に行き、金色の冷たい受話器をあげて売り上げを報告した。報告を受けた本社の人間は、いつものように淡々と情報を反復して電話を切った。
店じまいをした後は、吹雪の中を歩いて帰った。靴の中に雪が入っても、フードが風で落ちて頭に雪がつもっても、アリスは気にならなかった。
ただ深淵の中を黙々と歩いていた。
翌日出勤すると、キャッシャーの奥にいる曇った表情のフローラがアリスを出迎えた。アリスは、これは何かのっぴきならないことが起こったんだなと察した。てっきり出勤一番フローラが初売り上げを大袈裟に祝福してくれるのだろうと予測していたので、この対応にはかなり驚いた。
「昨日、『スノーホワイト』を売ったでしょう?」
<つづく>




