スーサイド・カンパニーへようこそ(5)
「売りました」
「……それがね、返品されたのよ」
極力アリスを落胆させないように、なんでもないことのように話そうとしているのが伝わる。この人は流石他人に配慮ができて優しいなと思った。しかしフローラの気遣いは杞憂で、アリスは心の底から安堵していた。心臓が温かな血液を身体中に送り出しているのを感じる。
――ということは、あの子は自殺せずに済んだんだ。
「返品自体はよくあることなのよ! 気を落とさないで」
フローラはアリスが応えないのを、彼女が落胆しているのだと思い慌てて励ましの言葉を続けた。
「いえ、大丈夫です。次頑張ります」
「そ、そう?」
フローラが心配そうにアリスを見る。
「ええ」
「う、うん。ええ、次、頑張りましょう。貴女偉いわ」
フローラが大袈裟に拳を掲げ、その数秒後口を固く結んで上げた拳をゆっくりと下した。
「……それで、返品自体は問題があまりないのだけれど……返品された商品に問題があって……ほら、昔、目が合っただけで人を自死に追い込む人の話をしたのを覚えていない?」
「覚えています」
「『スノーホワイト』は、その方の監修商品らしいの。つまりその方の能力が憑依しているというか」
「大仰じゃありません? 私は毎日見ていますし、実際に商品を手に取っても自殺したいと思ったことはありませんわ」
アリスは首を傾げて異を唱えた。
「それはこの制服のお陰らしいわ」フローラが黒く重いスカートを持ち上げる。「……信じられないと思うけど、この制服には希死念慮を断つ性質があるらしいの。いきなり何を言っているのかと思うかも知れないけれど……」
「そういう”多様性”があるのは理解しますわ。私は……あの、そもそも命を断とうと思った経験が皆無ですので」
アリスは申し訳なく発言した。
「そんな気はしたわ」フローラは苦笑いをした。「寧ろこの仕事に向いているじゃあないの。まあ、それで、その希死概念を酷く同調させる商品が返品されたことで、ちょっと問題になって……商品を売った時と返品の際の状況を確認したいらしいの」
「状況ですか……確かに、『スノーホワイト』を見た瞬間に何かに憑りつかれたかのような朦朧とした様子にはなっていましたね。でも受け答えはできていましたし、自らの個人情報を違わずに記入できるだけのはっきりとした意思能力はありましたわ。因みに、返品されたときの様子はどうでした? そもそも、返品してきた方はアニー・マグワイア本人でしたか? 私が昨日見たアニー・マグワイアは、赤毛でくせ毛、目は緑色、右目の下に黒子がありましたが」
「そうね。間違いなく返品してきた子はアニー・マグワイアだと思うわ。特徴が一致している」
フローラは大きく頷いた。
「返品してきたときの様子はどうでしたか?」アリスは尋ねる。
「自殺する気が失せたので返品したいと言われたわ。これはこれはまあ大変なことだわ、あとから上司に取り調べを受けるだろうなと思って、自殺を辞めた経緯をできるだけ詳細に聞きだそうと、尋ねたの。そうしたら……」
「そうしたら?」アリスが詰め寄る。
「天使に出会ったと」
「天使? 天使ってあの羽の生えた?」
「天使のような……人ってことだと思うのだけれど。購入して家に帰る途中、天使にあって、自殺するのを考え直したそうよ。透き通るような黄金の髪に、熟れた桃のような頬、女性とも男性とも子供とも大人とも区別のつかない、まるで神が精巧に作り上げた芸術品のように美しく整った顔立ちの人だった……と言っていたわ」
「特徴を聞くとまさに天使ですわ」
アリスは困惑した表情で唸った。
<つづく>




