スーサイド・カンパニーへようこそ(10)
シャルロットの豊かな黄金の髪がアリスの頬に優しく触れる。アリスはこそばゆさに身をすくめた。
「ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません」
「本当よ、全く」シャルロットはアリスから身を剥がすと、アリスの手を握った。
「ユリア、お茶の準備を」
「承知いたしました、お嬢様」
部屋の隅で黙っていたメイドが深々とお辞儀をする。
「私も準備いたします」
アリスが慌てて握られた手を引くと、シャルロットが「いいのよ。今日は。貴女のために色々お菓子を準備したのよ。給仕は明日からして頂戴」
「いいえ、メイドという身分からしてもてなされるわけには」
「いいんじゃない。お姉様の好意に甘えさせてもらおう」
ブランシュは羽織っていたコートをシャルロットのメイド――ユリアに預ける。
シャルロットに連れられて案内された温室は、暖炉の熱でよく温められていた。薪の焦げる匂いとぱちぱちと火の粉の飛び散る音が、美しく響いていた。
「どうぞ座って」
シャルロットがアリスのために椅子を引く。アリスは恐縮してブランシュの顔色を一瞬伺ったが、ブランシュは特に気にしていないようだった。
「外はまだまだ寒いでしょう。暖かい紅茶で温まってね。マカロンに、マドレーヌ、フィナンシェ、カヌレにガレット・ブルトンヌ、ラングドシャに……タルトタタンにエクレア……」
「こんなに食べられませんよ」
ブランシュが思わず吹き出す。
「食べられるわよ。ねえアリス?」
「ど、どうでしょうか……」
アリスは何と答えるのが正解かわからず、逡巡して曖昧な返事をした。暖炉の匂いに焼き菓子の甘い香りが重なる。ユリアが紅茶を運び込むと、瑞々しいフルーツと柔らかな花の香が加わり、アリスの食欲を刺激した。シャルロットに促されて、切り分けられたタルトタタンに手をつける。アリスが口にする様子を見て、シャルロットは嬉しそうに笑った。
「少し痩せたかしら? 労働は大変だったでしょう。髪もこんなに短くなってしまって」
「いいえ、そんなことありませんわ。シャルロット様は、相変わらずお綺麗ですわ」
「あら、ありがとう」
このような賞賛の言葉等もうとうの昔に聞き飽きているであろうに、シャルロットは嬉しそうに顔を輝かせる。もともと発光しているかのような美しい顔立ちをしているのに、笑うと更に磨きがかかって思わず目を細めずにはいられない、この世のものとは思えないほどに美麗な人であった。髪と目の色はブランシュと同じ、顔立ちもブランシュに良く似ているが、それに加えて女性らしい豊満さと艶やかさが彼女にはあった。流石、この国一番の美女と評されていた母親の血を引くだけある。なんとも贅沢な空間だとアリスは思った。今は冬なので花々は咲いていないが、もし咲いていても余りの肩身の狭さに萎れてしまうかも知れない。ブランシュとシャルロットが並び談笑する様子は、まるで神々の戯れを描いた絵画のように荘厳であった。アリスは、この素晴らしさを独り占めをするには忍びなく、世間に触れて回りたいと思うと同時に、心の奥にひっそりとしまって自分だけの秘密にしてしまいたいとも願った。
まさに楽園と呼ぶにふさわしい、こんな幸せな日々が永遠に続いてほしいと懇願せずにはいられない。
約1年前「スーサイド・カンパニー」の高級幹部、キースに刺された腿の傷が疼く。自分もブランシュも、命を落としていてもおかしくはなかった。生きていたのが不思議なくらいで、キースは命を奪うこともできたのにわざと致命傷は与えなかったのではと疑っているほどだ。あの組織は得体が知れなくて気味が悪い。何を考えているかわからない人間の集団だ。実際に働いてみて、それがわかった。
「こんなこと訊いていいかわからないんだけど……好奇心がどうしても抑えきれないから訊くわね、ええと」
シャルロットが勿体ぶって身体を揺らしながら、ブランシュとアリスをそわそわと交互に見た。
「アリスが潜入した『敵組織』っていうのは、どうだったの? やっぱり、悪い人たちの集まりだったの?」
<つづく>




