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病とともに生きる  作者: Takatan
1型糖尿病編
25/36

甘いものが無性に食べたい

 くも膜下出血からさかのぼること6年。

 その頃の私は、異常に甘いものが食べたくてしょうがありませんでした。とはいえ、30歳を超えたところで、食と健康のかかわりになど無頓着でしたから、食べたいものを食べたいだけ食べる、そんな毎日を過ごしていました。それでも体重にそれほどの増減もなく、病院に行くことといったら、もっぱら娘たちの風邪や喘息、感染症の時ばかりでした。

 教師の仕事も、がむしゃらにやってきていた頃です。朝早くから夜遅くまで、持ち帰っての仕事も毎日のようにありました。娘たちを勤務先の校庭で遊ばせておいて、自分は教室で仕事なんていう週末も当たり前でした。

 しかしその年の健康診断の結果に、初めて見たことのない記号がありました。

 -が正常のところに、+++の表示。健康診断の結果に興味もなく見方も知らなかった私は「なんじゃこりゃ」と思っただけで、すっかり日々の忙しさにかまけていました。

 しかしあまりにも甘いものを爆食いする私に異常を感じた主人が、

「健康診断で何か異常なかったか?」

と聞いてきてくれ、一緒に結果を確認しなおしたところ主人に一喝されます。

「おい!尿糖が+++って!すぐ病院行って来い!」

そこではじめて私は、この記号がスリープラスという、糖がかなり尿に降りてしまっている意味だと知るのです。ものを知らないって本当に怖いことです。

 

 近くの開業医で糖負荷検査を受け、すぐにインスリン分泌を促す薬を処方されました。専門に糖尿病を見る先生が総合病院にいるからとE病院を紹介され、診察を受けることに。

 そこで、糖尿病であることは間違いないといわれ、教育入院をすることになりました。

 最初の検査でインスリンの分泌量がかなり少ないことは指摘されていたのですが、教育入院中に詳しく調べてもらったところ、薬を使わなくてもよいくらいのインスリンの分泌が確認され、食事療法を中心に体重(適正体重だったけど)を減らしながら血糖コントロールをしていくことになりました。

 今思うと、膵臓のランゲルハンス島のβ細胞が、力尽きる前に最後の力を振り絞っていたおかげだったのですが、インスリン分泌は十分という結果から、食事療法のみの療養生活が始まりました。1週間の教育入院後は、仕事にも復帰しました。

「糖尿かぁ、、、よく聞くけどまさか自分がねぇ。」

なんてことを思いながら、食べるものには気を付けるようになり、体重も徐々に減って血糖値も落ち着き始めたので、月一回の受診を続けながら以前のようながむしゃらの日常に戻っていきました。

 

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