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病とともに生きる  作者: Takatan
くも膜下出血編
12/36

4人の両親からの大切な言葉たち

 くも膜下出血自体は回復に向かっていたものの、次から次へと起こってくる他のさまざまな症状に不安でつらい日々を送っていた時、そんな私が命をつなげていけたのは、家族からの大切な言葉の数々のおかげでした。

 手術から半年間、車の運転を禁止されていた私は、移動を全て同居している義父にお願いしていました。自分の都合もあったでしょうに、車を出してもらえるか聞くと決まって、

「よっしゃ!わかった!」

と、笑顔で応えてくれました。そのことがどれだけ私の申し訳ない気持ちを和らげてくれていたことか。

 そんなある日、車の中でふと義父に弱音を吐いてしまいました。

「次から次へと悪いところが出てきて、何かもう良くなっていけない気がする。」

と。すると義父はいつもの調子で、

「なぁに言ってる!良くなるに決まってる!人間の身体は良くなるようにできとる!」

と笑顔で言い切ってくれたのです。その言葉は私の中で大きな希望となりました。

 それでも、不安な気持ちにさいなまれてしまう時もあり、そんな時には義母に「大丈夫って言ってほしい」と頼んで、「大丈夫、大丈夫。良くなる、良くなる。」と、おまじないのように言ってもらってましたっけ。

 手術後、生きている実感がわかず、良くなっていくのも実感できなかった頃、義母がよくしてくれていた話があります。

 それは7時間の手術を終えて、手術室から出てくる私を出迎えてくれた時のことでした。

「長い長い手術の後、ベッドに乗せられて出てきたあなたの頬がぽうっとピンク色で『ああ、ホントに助かったんや!』って、本当に本当に嬉しくて。」

 その話を義母から聞く度に、私はこの世にとどまった私を実感することができました。

 実家の父は、自分も長い入院生活を送ったことがあり、入退院を繰り返してこころが弱ってきている私に、こう言ってくれました。

「こころはな、悪くなるのにかかった分だけ、良くなるにも時間がかかるもんや。お父さんも、入院中きつかったな。でも、絶対良くなる。あせらんでもいいぞ。ゆっくり治っていけばいいんや。」

と。早く前と同じように治らなくちゃ!早く元通りにならなくちゃ!と、自分で自分を追い立てていた私でしたが、この言葉で救われた思いでした。

 また、退院時には歩くこともままならず高次脳機能障害で日常生活にも障害が出ていたころ、実家の母は笑って

「そんなん、当たり前やん!生まれなおして、今まだ0歳なんやで!歩けるなんてまだまだこれから!」

と言ってくれました。今でも、連休最終日と誕生日には、同じように「お誕生日おめでとう」のメッセージを送ってくれます。

 4人の両親の言葉たちに支えられ、今年、無事13歳の二つ目のお誕生日を迎えることができました。ちなみに一つ目のお誕生日は51歳です。

 同じ魂で、二つの違う人生を送っているような、そんな感じがしています。

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