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第1章:トウキョウ 15

・・・・・・・・・・

セレスティア

ベギン王国






 グアマル・アルサダトは、元軍人らしい屈強な身体を揺らしながら、しかし石造りの廊下を足音もなく歩いていた。浅黒い肌、茶色に近い黒髪。眼光は鋭く、見る者を威圧させるような強さを感じる。そんなものだから――勿論、友人は少ない。

 およそ3000年の歴史を持つと言われるこのベギン城は、旧君主国あるような、所謂『城』という外観の城とは違い、むしろ厳格な規律を持つ宗教の寺院のような、はたまた砂漠に築かれた砦のような――即ち、『城』とはかけ離れた外観を持つ『城』であった。

 一切の装飾を削ぎ落とした四角い箱がいくつも繋ぎ合わさった形をしている城のどの位置に自分がいるかなど、中にいる者には絶対に想像がつかない。建物の中は迷路のように入り組んでおり、慣れた者でも時折迷うほど。それを考えれば、天暦初期の段階でベギン王族が住居としてのこの城の機能を捨て、新たに別の――こちらはフォルムの美しさを徹底的に追求した――王宮を建てた気持ちも、わかるような気がする。

 それでもその中をグアマルは迷いなく進んでいた。そこは、知る人ぞ知る秘密通路、この城で一番高貴なところに続くはずの通路だが、その様子は他の廊下と何も変わらない。穴のような窓と土色の石壁しかない、ランプのような心もとない照明に照らされた薄暗い廊下――建築当初のままの姿を出来る限り残すために、露骨に外に現れる近代科学技術は取り入れていないのだが、それにしてもこだわり過ぎだろう、とグアマルはこの城を訪れる度、思うのであった。

 歩き続けると、次第に窓の数は少なくなり、暗さも一層増して来る。彼は歩きながら壁にかかるランプを手に取り、前を照らした。もう、10mとない先に、重そうな石の扉が見えてくる。

 ランプを扉の横にかけ、彼は扉に手を当てる。探るように手を少し這わせると、ピ、と、この場には酷く似合わない機械音と共に、扉に幾筋もの青い光が走る。そして彼の顔の高さの辺りに亀裂が入ったかと思うと、扉の表面を覆っていた石がスライドする。中から現れたのは人の顔が十分収まるくらいの液晶で、青い画面に幾つもの数字が並び、激しく動き続けている。数秒後、動いていた数秒の羅列がぴた、と止まると、画面は黒色に染まり、正面に立つ彼の顔を写しだした。一瞬、画面に走った青い線が、写った彼の顔を分断する。

 そして。


『――生体認証、確認。国王院特務課属、グアマル・アルサダト。入室を許可します』


 やはりどう考えてもこの場には似合わない機械音がそう告げたかと思うと、液晶は隠され、扉は直ぐ様元の姿に戻った。そして始めのように扉全体に青い光の筋が入り、かち、と何ともレトロなロックの解除音がする。

 そう、露骨に外に出さないだけで、ベギン城は近代科学技術をふんだんに用いた――特に防犯設備についてはセレスティアでも随一の機能を有する城なのである。

 現に城の地下には、あの科学大国の旧君主国にも退けをとらない近代科学設備が整っており、セレスティア最先端の生体科学技術を発進している。

 自動的に横にスライドした扉をくぐると、そこにはまた、城の外観からは想像もつかないような空間が広がっていた。


 白い。


 とにかく白い。


 壁から床から天井から、その部屋を覆い尽くすものは全て白。そして広い部屋の中央に置かれたこの部屋の半分を占めると思われるコの字型の机も白ければ、それに添えられた23の椅子も全て白である。応接用のソファもその間にある背の低い机も、備え付けの流しも棚も、全く汚れのない白一色――いつものことながら、空間的感覚を失いそうになりつつも、グアマルは部屋に一歩入ったところで深々と頭を下げた。


「――グアマル・アルサダト、只今戻りました」


「……ああ、ご苦労。報告書は読んだ――お陰で、我が息子の不逞が明らかになったわけだが」


 グアマルは顔を上げ、不可解そうに部屋の中央――23の椅子の一つに座り、肘をつき、手元に幾つものデータを広げて渋い声で唸る主の姿を見る。

 ベギン王族らしい褐色の肌に、金色の髪。ゆったりとした、一枚の布から出来た着物はベギンの民族衣装で、王しか着ることが許されぬ緑色の上質な布に銀の刺繍が施された、大変美しいものだった。もう50代も後半になるというのに、精悍さは失われず、かといって若く見えるばかりではなく、醸し出す雰囲気は老熟した賢王そのもの。

 真っ白な部屋で何より存在感を見せるこの部屋の主、ベギン国王ラザフォード13世は、溜息をついてグアマルに何かを投げて寄越した。

 反射的に受け取り、手の中に収まった白い物体に目を落とす――立体記憶装置。一辺3cmのその立方体は、セレスティアで最も一般的に使われている外部記憶装置で、保存されたデータをホログラムにして映し出し、何処でも簡単に見られる機能を有する。

 見ろ、と言われ、グアマルは装置のスイッチを入れる。側面の小さなボタンを押すと、頂点の一つに埋め込まれたレンズが光り、ホログラムを映し出す。

 細々とした文字の羅列。それを見ただけでうんざりするが、命令だから仕方がない。彼は内容を目で追う。


「――こねくり回しおって…その分、お前の報告書は良い。簡潔で、分かりやすい」


 ぐさり、と胸に刺さる何かを彼は無視した。何も簡潔にしようとしてしているわけではない。彼だって、格好をつけてかしこまった報告書を書きたいものだ――だが、所詮元軍人。最終的には頭が混乱して、必要最低限の事を書くだけで力尽きてしまうのだ。

 国王の言う通り、論理をこねくりまわして難解な言葉を使った報告書と眉をひそめながら睨み合い、グアマルは必死で頭を働かせる――そして、少々長い時間をかけて、彼が読み取ったことは。


「……『調査対象のニホン国内での活動を確認』…『断定に至らず』……『観察の余地あり。滞在期間の無期限延長を求む。尚、コードウェルの許可はアピス・ユピテル・コードウェルより取得済み』――?」


 最後に、ラザフォード・ルウ・ベギンのサイン。

 グアマルは顔を上げ、戸惑ったように言う。


「――確かに対象は最近までニホンで活動していましたが、今はイギリスの自宅に戻っています……私が確認した限りではありますが…」


 グアマル、そしてラズの所属する国王院特務課は、国王の勅令を受け、政治の監査活動から暗殺活動まで、幅広い任務を請け負う超エリート課なのだが、彼等は現在、総力を挙げて一つの案件にかかりきりになっている。

 それも、人探し。

 今のところ、実際に対象を追う役割はグアマルとラズだけに任せられており、実質的にはラズが行なっている。グアマルの仕事は、あまり詳細も知らないまま、ただ対象の容姿だけを教えられ、それを監視し続けることだ――本当に、それだけだった。

 だからこそ、抜かりのないよう、徹底的に後を追い、本国に情報を送り続けたつもりだったが。

 第一王子たるラズを疑う気持ちなど欠片も持たず、グアマルは動揺する。

 だがラザフォードは首を横に振り、立ち上がる。


「ラズが嘘をついてるんだろうよ――全く、あの娘にも困ったものだ」


「……アピス殿下のことでございますか?」


 応接用のソファに座り直したラザフォードはグアマルの指摘に苦笑して答えた。


「あれはカリスマだな。流石、クラウスの娘だ。私も迂濶に手が出せん。今はまだ彼方の立場が弱く、こちらを恐れている状態だからまだ良いが――今後はどうなることやら」


 グアマルは目を丸くした。もう5年ほどの付き合いになるが、この王がこれほど弱い言葉を吐くところを彼は始めて聞いた。世間では狡猾だと言われ、非難の声も多いラザフォードだが、彼が賢王であることは間違いない。地方領主に権限の一部を移した彼の政策は地方都市の活性化を促進し、その結果、地方と王都エルゲニアの、1000年かかっても埋まらないだろうと言われていた貧富の差を、たった4年で3分の1にまで解消したのだ。

 そのラザフォードも唸らせる、コードウェルの若き姫君――会ったこともなければ顔を見たこともないグアマルの頭の中に、狐に似た顔をした女性の姿が浮かび上がる。

 その横に、彼の上司たるラザフォードが狸の耳を生やして現れて、彼は慌てて頭を振って妄想を振り払った。


「……では、ラズ殿下は」


「あの娘につき従って、おそらくあのまま戦争に巻き込まれるだろうな――まあ、それはそれで良い。ニホンの戦争と、リオールの件…どうも引っ掛かる」


 何事もなかったかのように取り繕うグアマルに、目を細め、何かを睨むように視線を鋭くするラザフォード。彼が見えない何を睨んでいるのかわからず、グアマルは首を傾げるばかりだ。

 そこで、はたと気が付いた。


「……それで、私は何をすれば」


 彼は別に好きでここに来たわけではない。

 ラザフォードに、用があると呼ばれて、わざわざ第8世界から一度帰ってきたのだ。


「ああ――いや、任務自体は変わらず、引き続き『彼』を見ていてくれれば良い。呼んだのは、今、人手不足でな」


 そう言って、彼が差し出したのは、一枚の紙。


「『先世見(さきよみ)』を、ラズのところに送ってやってくれ。あいつに死なれたらたまらん。まあ、そんなに役に立つとも思えないが」


「!!」


 驚きつつ、差し出された紙を彼は見る。そこにはラザフォードの直筆で、『先世見』を解放するよう書かれている。これを彼女の保護責任者に渡せば、彼女を受け取れる仕組みなのは知っていたが――彼女がベギンに『保護』されてから、こんなことは始めてではなかろうか?


「戦争が始まるまでに頼むぞ。ラズには連絡してある。お前は『先世見』がラズと合流したら、『彼』の監視に戻ること――『逃げも隠れもしないから、少しくらい目を放しても大丈夫ですよ』だそうだ」


 ラザフォードらしくない口調が誰かの言葉の引用だとわかるまでに数秒、更にそれから、その口調が『彼』のものだとわかるのに数秒要し、最後にグアマルはぽかん、と口を開けた。

 ――監視が、『彼』にバレていた!?


「あの男も一筋縄ではいかんな。ご丁寧にロシアのイヴァーノフを通じてそんなメールを送ってきたぞ。それでいてシラを切るんだ。思った以上に歪んでる――おい、落ち込むな。まあ、相手が相手だ」


 ラザフォードの言葉に励まされるわけもなく、肩を叩かれると、その分重くなった気がする。あの飄々として、見ているだけでグアマルには疲れとなる『彼』の姿が頭に浮かび、深く溜息をつく。

 だが、仕事は仕事。ぐ、と力を入れ直して背筋を伸ばし、命令受諾の礼の形をとる――しかし、スパイ活動もする特務課の人間とは思えないほど馬鹿正直なこの部下は、顔に書かれた『げんなり』の文字を隠しきれず、ラザフォードに笑われ、顔を真っ赤にして、一層気を落とすのだった。


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