31
「……で、坊主。ここに来たってこたぁ、ザンブの野郎が戻りやがったんだろ? どうだった?」
「はい。奴隷だろうと、自分が受け入れた罰くらい耐えてやるつもりだったんですけど、結構きついですね。また決闘して、僕が勝ったらやめてやると言われました」
腕を組み、難しい顔で考え始めたパッセの親方とダグラスさん。
この問題は決闘が絡んでるから、なおさらややこしいんだよね。
辛いけど、僕はもう我慢するしかないと思ってる。
「ダグラスよぉ、俺ん中じゃ一択なんだが……お前はどうだ?」
「そうっすねぇ……またスライムをテイムして、レベル上げてって感じかなぁ。今日一日は奴隷として過ごしたんだから、条件はクリアしてる。奴隷ったって色々ありますからね。逃亡奴隷だなんつって誤魔化してやればいい。何か命令されたら、その野朗の腹でもぶん殴って、テイマーのステータス活かして全力で逃げる。教室でオークを召喚なんてすりゃ大問題でしょ?」
「だよなぁ。俺もそれに近いこと考えてたぜ。条件の穴突いて、やり返すってな」
「親方、ほんとっすかぁ? 自分に先に言わせて、後から乗っただけなんじゃ……いや、冗談です。マジでふざけただけ……ぎゃあああああ!」
ダグラスさんの顔が親方の手のひらに包まれて、メリメリと音を立てている。
どんな力を込められたら、あんな悲痛な叫び声が出てしまうのだろう。
「テイム……ですか……。落ち着いてはきましたが、正直なところまだ吹っ切れてはないんですよね。街中でスライムを見かけると、罪悪感が湧いてきます。そんな僕にできるでしょうか?」
今日だって、ザンブの顔を見ただけで、植え付けられたトラウマが蘇ってきた。
スライムとまた仲良くなっても、その関係を壊されるのが恐ろしくてしょうがない。
今度こそ僕が僕でなくなってしまいそうだ。
「今日、ここに来たときの坊主の顔は、もう無理だって言ってたぜ? でもな、お前が思ってるより、お前の心は強い。あんな事があった日に、俺やダグラスと戦って、親と戦って、自分とも戦ってきたんだからな。坊主はよぉ、みんなが欲しいと思ってるけど、手に入らねえもんをいくつも持ってる。なんだと思う?」
「えぇ、何だろう……パパとママとか? あと……ラビちゃんも仲良くしてくれるし、親方やダグラスさんも僕には大切かな」
「お、おう……そうか。ありがとよ。いや、そういうんじゃなくて。まあ、間違ってはねえんだけど」
悩んだ末に僕が出した答えを聞いて、驚いた顔を浮かべたパッセの親方が、トントンと僕の心臓の辺りを叩く。
「坊主にゃ勇気がある。そこらの奴らが尻尾巻いて逃げ出すときに、お前なら立ち向かえるはずだ。スライム二匹とオークに立ち向かうなんざ、聞いたことねえからよ。……あ、俺に言われたからって、僕には勇気があるなんて自分で言い出すんじゃねえぞ? ダセエからな」
「ふふっ、たしかにかっこ悪いかも。……勇気か」
ラビちゃんを救おうとしたこと、ザンブと決闘したこと。親方が言うには、それが僕の勇気らしい。
困難から逃げずに戦うって、普通の人には難しいんだってさ。
パパもママも僕を信じてくれてる。
ダグラスさんも親方も、僕を助けてくれてる。
僕だけが止まったままだ。
変わりたい……いや、変わらなきゃ!
パッセの親方みたいに、男らしいヒーローになるって決めたんだろ!
「パッセの親方、ダグラスさん! 僕、ちょっと用事ができました。そろそろ失礼します。今日は……いや、いつもありがとうございます!」
「そうか、気ぃつけてな。……っと、ちょい待て。ダグラス、あれ持ってこいや」
「へい親方!」
立ち上がろうとしたところで、親方に制止された。
奥の方へと走っていったダグラスさんが持ってきたのは……槍?
「ダグラスの野郎が半端な仕事して悪かったな。あんなもんに自分の名前付けるなんざ二流だってぶん殴ってやったのよ!」
「いやぁ坊ちゃん、嘘ついちゃって申し訳ない。これが正真正銘のダグランス一号だ。何も言わずに受け取って?」
穂先に細かい傷がついているけれど、刃の鋭利さは変わらぬまま。おそらく、前の槍から流用したのだろう。
ママが作ってくれたカバーも取り付けてある。
しかし、この柄は何の素材なのか……。
光を放つほどに磨き込まれた焦茶色の持ち手は、吸い付くように握りやすい。
軽く、真っ直ぐで、高級感がある。きっと、僕なんかの小遣いじゃ手の届かない代物だ。
何も言わずにって、そういうことなんじゃないかな。
……あれ、なんでまた。
「坊主は俺らのお気に入りだ。すぐ泣くから大変だけどよ!」
「はぁ、親方は意地悪だなぁ」
「パッセの親方……ダグラスさん……あ、ありがとう……ございます……うぅ」
槍を背負い、お礼を告げて工房を出る。
涙が乾く頃に、僕は再び森へとやってきた。




